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完結後の甘い話の章
『蜜月旅行 55』もう一つの月
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なんとも不思議な夜だった。
丈の元に一つ残った月輪の空洞部分に、窓辺に落ちていた錫の帯留めの月のモチーフの部分がぴったりとはまるなんて……不思議だった。
それが何を意味するのか、今の俺にはまだ分からないけれども、ただここにいる四人の幸せを願いたかった。
確かに何かが動き、変わったのだ。
その証拠に、月輪はもう丈の元にはなく、今は翠さんの胸元で控えめに輝いている。
「洋、そろそろ、あのワインを持って来てもらえるか」
「あ……そうだね」
丈に促されて、ホテルの売店で購入したワインを取り出した。
「ん?またワインを買ったのか」
流さんが不思議そうにワインを眺めていた。
「あっええ、このワインをその……お……お兄さんたちと飲みたくて」
ふぅ……やっとだ。
勇気を振り絞って『お兄さん』と言えた。
途端に流さんが嬉しそうに顔を綻ばせた。
「へぇ嬉しいもんだなぁ。お兄さんかぁ、いい響きだ。やっと洋くんにそう呼んでもらえたな。なっ翠兄さんも嬉しいでしょう?」
「あぁ洋くん、気軽に僕たちのことをそう呼んで欲しい。そうやって君はどんどんやりたかったこと、言いたかったことを実現させるといいよ」
「ありがとうございます。俺、ずっと憧れていて……兄が欲しかったので嬉しくて、つい」
「うん、いいね。じゃあそのワイン見せてもらえる?」
翠さんに手渡すと、熱心にラベルを見出した。
意外だな。翠さんは本当にワインが好きなようだ。北鎌倉で袈裟を着ている時とはまるで別人のようだ。それに今日の翠さんはなんだか色っぽい。気のせいかな。
「ふぅん、これはボルドーか」
流さんが横から覗き込んで、二人でそのラベルを見出した。
「兄さんはブルゴーニュが好きだから、これは気に入るかな」
「はい知っています、でもこれも飲んで欲しくて」
「洋くんありがとう。ついブルゴーニュを好んでしまうだけなんだよ。ボルドーの特徴を教えてくれる?」
「あの……ブルゴーニュワインとボルドーワインの最大の違いを端的に言うと、ブルゴーニュ地方では一品種のぶどうを用いてワインを造るスタイルが一般的なのに対して、ボルドー地方では複数品種のぶどうをブレンドするスタイルが主だというブレンドの差です」
少ない知識だが、少しは役に立って良かった。
ソウルにいた時、丈とよくワインを飲んだ。二人でワインショップに買いに行っては、店員さんからいろいろ教えてもらった日々を思い出す。
「なるほど、どんな葡萄を使うの?」
「ええっと、赤ワインにはカベルネ・ソーヴィニョン、カベルネ・フラン、メルローなどの品種を用いて、つまり複数の品種を用いることでバランスの良い、調和的な味わいのワインになるそうです」
「なるほど同じ品種を使って個性を出していくブルゴーニュに対して、違う品種をブレンドして複雑で調和のとれた味わいを出していくのがボルドーというわけか」
「ええ、その通りです」
「僕たち三兄弟がブルゴーニュだとしたら、ボルドーは丈と洋くんみたいだね、二人は生れも育ちも違うのに、巡り逢って重なり合ったことにより、調和を生み出している
重なり合うという直接的でもある言葉に赤面してしまう。
深いことを言うんだな。翠さんは流石いつも仏門の世界にいるだけあって、考え方が宇宙のように広い気がする。まさかボルドーのワインから俺達を連想するなんて……でも言われてみればその通りだ。
丈と俺は何一つ似ている所がない。
顔立ちも背格好も、家族構成も、育って来た環境も……そんな俺達が巡り逢って、こうやって仲睦まじく過ごせているって、なんか奇跡みたいだ。
丈のおかげで俺は沢山のものを手に入れることが出来た。精神的にも肉体的にも多くの幸せを感じることが出来ている。
それは丈と俺が、上手く調和出来ているからなのか。躰を繋げ、重ねることの意味とは、もしかしたらお互いが深く混ざり合っていくことなのかもしれない。
何度も抱き合うことを繰り返し、俺達はさらに馴染んで行く。複雑なのに確かに調和しているボルドーのように。
「洋くん難しい顔していないで、まぁ飲もう。ほらグラス空けて」
「えっあぁ、はい!」
流さんに促されるがままにワインを飲んだ。
俺の周りには心許せる翠さんと流さん。そして丈がいる。だからこのまま酔いつぶれても大丈夫だ。安心感はそのまま酩酊へと続いていたようで、段々意識がぼんやりとしてきて、丈の肩にもたれるとそのまま眠りに落ちてしまいそうだ。
「ん……すごく眠い」
「流兄さん、飲ませすぎです!」
「いいんだよ。今日は洋くんは相当疲れている。このまま酔わせて朝までぐっすりと眠らせてあげよう。それから、ついでにお前もだ!」
「はっ?なんで私まで?」
「あーだってさ、洋くんが潰れたら、お前、一人寝は寂しいだろう?だからもっと飲んで酔っ払ってしまえばいい。さぁ飲め飲め!」
丈の元に一つ残った月輪の空洞部分に、窓辺に落ちていた錫の帯留めの月のモチーフの部分がぴったりとはまるなんて……不思議だった。
それが何を意味するのか、今の俺にはまだ分からないけれども、ただここにいる四人の幸せを願いたかった。
確かに何かが動き、変わったのだ。
その証拠に、月輪はもう丈の元にはなく、今は翠さんの胸元で控えめに輝いている。
「洋、そろそろ、あのワインを持って来てもらえるか」
「あ……そうだね」
丈に促されて、ホテルの売店で購入したワインを取り出した。
「ん?またワインを買ったのか」
流さんが不思議そうにワインを眺めていた。
「あっええ、このワインをその……お……お兄さんたちと飲みたくて」
ふぅ……やっとだ。
勇気を振り絞って『お兄さん』と言えた。
途端に流さんが嬉しそうに顔を綻ばせた。
「へぇ嬉しいもんだなぁ。お兄さんかぁ、いい響きだ。やっと洋くんにそう呼んでもらえたな。なっ翠兄さんも嬉しいでしょう?」
「あぁ洋くん、気軽に僕たちのことをそう呼んで欲しい。そうやって君はどんどんやりたかったこと、言いたかったことを実現させるといいよ」
「ありがとうございます。俺、ずっと憧れていて……兄が欲しかったので嬉しくて、つい」
「うん、いいね。じゃあそのワイン見せてもらえる?」
翠さんに手渡すと、熱心にラベルを見出した。
意外だな。翠さんは本当にワインが好きなようだ。北鎌倉で袈裟を着ている時とはまるで別人のようだ。それに今日の翠さんはなんだか色っぽい。気のせいかな。
「ふぅん、これはボルドーか」
流さんが横から覗き込んで、二人でそのラベルを見出した。
「兄さんはブルゴーニュが好きだから、これは気に入るかな」
「はい知っています、でもこれも飲んで欲しくて」
「洋くんありがとう。ついブルゴーニュを好んでしまうだけなんだよ。ボルドーの特徴を教えてくれる?」
「あの……ブルゴーニュワインとボルドーワインの最大の違いを端的に言うと、ブルゴーニュ地方では一品種のぶどうを用いてワインを造るスタイルが一般的なのに対して、ボルドー地方では複数品種のぶどうをブレンドするスタイルが主だというブレンドの差です」
少ない知識だが、少しは役に立って良かった。
ソウルにいた時、丈とよくワインを飲んだ。二人でワインショップに買いに行っては、店員さんからいろいろ教えてもらった日々を思い出す。
「なるほど、どんな葡萄を使うの?」
「ええっと、赤ワインにはカベルネ・ソーヴィニョン、カベルネ・フラン、メルローなどの品種を用いて、つまり複数の品種を用いることでバランスの良い、調和的な味わいのワインになるそうです」
「なるほど同じ品種を使って個性を出していくブルゴーニュに対して、違う品種をブレンドして複雑で調和のとれた味わいを出していくのがボルドーというわけか」
「ええ、その通りです」
「僕たち三兄弟がブルゴーニュだとしたら、ボルドーは丈と洋くんみたいだね、二人は生れも育ちも違うのに、巡り逢って重なり合ったことにより、調和を生み出している
重なり合うという直接的でもある言葉に赤面してしまう。
深いことを言うんだな。翠さんは流石いつも仏門の世界にいるだけあって、考え方が宇宙のように広い気がする。まさかボルドーのワインから俺達を連想するなんて……でも言われてみればその通りだ。
丈と俺は何一つ似ている所がない。
顔立ちも背格好も、家族構成も、育って来た環境も……そんな俺達が巡り逢って、こうやって仲睦まじく過ごせているって、なんか奇跡みたいだ。
丈のおかげで俺は沢山のものを手に入れることが出来た。精神的にも肉体的にも多くの幸せを感じることが出来ている。
それは丈と俺が、上手く調和出来ているからなのか。躰を繋げ、重ねることの意味とは、もしかしたらお互いが深く混ざり合っていくことなのかもしれない。
何度も抱き合うことを繰り返し、俺達はさらに馴染んで行く。複雑なのに確かに調和しているボルドーのように。
「洋くん難しい顔していないで、まぁ飲もう。ほらグラス空けて」
「えっあぁ、はい!」
流さんに促されるがままにワインを飲んだ。
俺の周りには心許せる翠さんと流さん。そして丈がいる。だからこのまま酔いつぶれても大丈夫だ。安心感はそのまま酩酊へと続いていたようで、段々意識がぼんやりとしてきて、丈の肩にもたれるとそのまま眠りに落ちてしまいそうだ。
「ん……すごく眠い」
「流兄さん、飲ませすぎです!」
「いいんだよ。今日は洋くんは相当疲れている。このまま酔わせて朝までぐっすりと眠らせてあげよう。それから、ついでにお前もだ!」
「はっ?なんで私まで?」
「あーだってさ、洋くんが潰れたら、お前、一人寝は寂しいだろう?だからもっと飲んで酔っ払ってしまえばいい。さぁ飲め飲め!」
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