重なる月

志生帆 海

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完結後の甘い話の章

『蜜月旅行 48』もう一つの月

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 露天風呂の月見台で激しく抱かれた躰を清め、温かい湯に浸かると天国のように心地良かった。岩場に頭をもたれさせ天高く昇る月を見上げると、今宵はいつもより澄んでいるような気がした。

「綺麗だ……何もかも」

 遮るものがない大自然の中だから?
 それとも海の上に浮かんでいるからなのか。
 いつもの月とは別格だ。

 清らかな月光が夏の夜空にすっと伸び、白亜のホテルを優しく包んでいるような気がした。

「洋、そろそろ時間だ。出るぞ」

 丈が一足先に露天風呂から出て、俺に手を差し伸ばしてくれた。その手を取り、岩造りの露天風呂から腰を浮かそうとしたが、躰が重たくふらついてしまった。

 もう……さすがに疲労困憊だ。

「痛っ……躰が」

「どこか痛むのか」

 外科医の医師でもある丈の目が、さっと真剣になる。

「いや、そうじゃなくて。丈があんなに……求めるからだ。今日だけで何度したかと」

「悪かった。洋にばかり躰の負担をかけさせてしまっているのに……私はとめどなく君を求めてしまったな」

「んっ、いや、そうじゃなくて、ほら……岩場とか月見台とかいつもと違う場所だったから、躰がいろんな所にぶつかって痛かったっていうことで」

「あぁそうか。それはまずいな。どこか痣になっていないか」

 裸のまま脱衣場の明るい電灯の下に立たされて、隈なくチェックされてしまった。

「丈……なんか、なんか……これは恥ずかしい」

 もっと恥ずかしいことしたのに、こんな明るい電灯の下で躰をじっと見られるのは居たたまれないよ。

「……ここは無事か」

「えっ」

 何が?と尋ねる間もなく尻たぶに手をかけて奥を開かれてしまった。

「なっ何!?」

そ のままじっと丈の視線を奥まった場所へと感じ、猛烈に恥ずかしくなった。明るい場所でそんな場所を見るなんて、「酷いじゃないか!

「丈っやめろよ」

「うん、大丈夫だ。怪我などしていないな。ここも……ここも」

「丈っ!!!」

 しつこく見られてしまい、恥ずかしさで火が付きそうだよ。
 俺は涙目で訴えた。

「もう見るな!触るな!!」

「ははっ洋、私は医師として観察しただけだ」

「違う!絶対に違う!イヤらしい手つきだった!」

「くくっ酷いな」

 俺を揶揄う丈の胸をドンっと叩こうと思ったら、浴衣を先に羽織っていた丈の胸元にあの月輪のネックレスを見つけた。

「あっ……これ」

「あぁこれか。さっきは海で泳ぐから外したが、もうつけてもいいだろう」

「うん……これ…いつも肌身離さず持っていたのか」

「そうだ」

 そっと手を伸ばし月輪に触れてみる。
 以前、俺もこれと全く同じものを持っていた。

 なのにあの日……義父に犯された時に紐ごと首から引きちぎられ、空を舞い端が欠けてしまった。その欠片は巡り巡って、再び俺のものへと戻って来た。

 ところが最後に……アメリカで義父と本当の意味での和解をした時に、それは光の欠片となって粉々になり、俺に関わった人々へと降り注いで消えて行ってしまったのだ。

「もう、これだけになってしまったな」

「もしかしたら洋と私は共に暮らせるようになったのだから、この月輪はもう不要なのかもしれないと最近思うのだ。洋の持っていた対の月輪がこの世から消えた今となってはな」

 確かに月輪は二つで一つのような存在だった。

 俺達が辛い時、以前は冷たくなったり光ったりして、まるで生きているかのように呼応していた。だが、もうそんな不思議なことは起こらない。

「そうだな。俺達はもう結ばれた。これからはこの指輪が二人を結んでいくのかもしれないね」

 お互いの左手の指をじっと見つめる、それから恋人繋ぎをされた。

「月輪はどこへ行くべきか」

「えっ何を?」

「あぁ実はこの月輪は最近何処かへ行きたがっているような気がするのだ」

「また……そんな不思議なことが起きているのか」

「いや、そうじゃない。この月輪は前のように光ったり冷たくなったりはしていない。私の心にたまにそう訴えかけてくるような気がしてならない」

「そうなのか。まだ行くべきところがあるのなら、そこへ辿り着けるといいな」

「あぁその通りだ」

 話している間に、丈が浴衣を着せてくれていた。

「丈、手慣れているな」

「あぁ寺の息子だったからな。和装には慣れている」

「そうか」

「だが、脱がせるのも好きだ。洋、最後の仕上げはベッドではどうだ?」

「馬鹿!今日はもう終わりだ。新婚旅行は明日もあるだろう」

「ははっ、今日は部屋でワインを飲んで眠ろう。眠るだけだから、沢山飲んで酔いつぶれてもいいぞ」

「そうさせてもらう!」

 お互い笑い合いながら廊下を歩いた。

 今日は長い一日だった。

 後はワインを飲んで眠るだけ……そんな寛いだ時間がまもなくやってくる。


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