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完結後の甘い話の章
『蜜月旅行 46』もう一つの月
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「翠……」
ドクンっ──
躰中の血が沸き立つ感覚を覚えた。
そう呼ばれた途端、目から涙がはらりと零れた。
えっ……なんで僕は泣いている?
走馬燈のように僕の記憶の世界を駆け巡るのは、夕凪の世界に生きた僕の祖先の顔、その名は湖翠。
あぁ……重なっていく。
遠い記憶が、今を生きる僕と重なっていく。
夢の中の君は君だったのか。
君は僕なのか。
遠い昔の日。君が泣きながら引き留めた相手は、流水だったのか。
「湖翠……」
君は彼からそう呼んでもらいたかった。
だが、彼にそう呼んでもらえる日はついに来なかった。
何故? 彼は君を置いて、どこへ行ってしまったのか。
その先のことを考えると、胸を鷲掴みにされたかのように痛んだ。
「駄目だ。この先は決して思い出すな。あんな悲しすぎる結末は一度でいい」
そんな風に諫める声が聴こえた。
そして今……目の前に立っているのは流。
流は僕の大事な弟のはずだ。
なのに、まるで初めて会う男のようにも見えた。
やがてゆっくりとスローモーションのように逞しいその腕が伸びて来た。
僕はその手を避けられない。
避けたくない。だってずっと待っていたから。
その腕は僕の両肩を掴み、そしてもう一度低い声で僕を呼ぶ。
「翠……」
っつ……なんで……弟なのに、なんでこんなにも胸が騒ぐのか。
いや認めよう。僕はいつからか流のことを意識していた。
それは弟に対する、家族としての愛情ではなかった。
最初は兄として守ってやりたくなる可愛いだけの存在だったのに、ある日僕の背を追い抜かし、僕をすっぽりと包み込める程頼もしく成長した流の姿に驚いた。
そして月日は経ち……あの日がやってきた。
奈落の底に落とされた僕を優しく抱きしめてくれたのは君だった。
あの頃から、流のことを僕は意識しだしたのかもしれない。
だが僕は……寺の跡取り、長男としての立場を捨てるわけにはいかず、沸き続ける流への危うい気持ちを封印し、結婚してしまった。
寺に近づかず結婚生活に専念したのもつかの間、離婚という形で再び戻って来た。そんな僕を迎えてくれた流は、前のように気さくには話さなくなった。どこか余所余所しい敬語を交え、僕の付き人のように接して来た。それでもどんな時も片時も離れずに、僕の傍にいてくれた。
今では僕はもう流なしでは生きていけないほど、流を頼ってしまっている。
それは僕が、僕が流のことを……好きだからなのか。
そこまで頭の中で一気に整理した瞬間だった。
突然温かいものが唇にあたったのは……
「えっ」
僕の中の理性とぶつかった音がした。
「あっ……それは……駄目だ。僕たちは兄弟だ」
躰を捩ってその唇から逃げようと思ったのに、逆に顎を固定され、もう一度塞がれた。
「翠……今は忘れろ」
客室の灯りは、すでに消えていた。
窓の外に浮かぶ月明りだけが頼り。
月光に照らされた二人の影がぴたりと重なった。
心臓が震える。手が震える。
握りしめていた月の帯留めが、手から滑り落ちていく。
拾おうとした僕の手を、流が掴んで窓ガラスにぎゅっと押し付けた。
「くっ……ふっ…」
信じられない気持ちで、目を見開いた。
どうして……僕は弟と、こんなに深い口づけを。
「んっ……あ……」
だが同時にずっと探していたものが見つかったような想いも満ちて来た。
その時……流の熱い眼差しと口づけを、僕は確かに受け取った。
ドクンっ──
躰中の血が沸き立つ感覚を覚えた。
そう呼ばれた途端、目から涙がはらりと零れた。
えっ……なんで僕は泣いている?
走馬燈のように僕の記憶の世界を駆け巡るのは、夕凪の世界に生きた僕の祖先の顔、その名は湖翠。
あぁ……重なっていく。
遠い記憶が、今を生きる僕と重なっていく。
夢の中の君は君だったのか。
君は僕なのか。
遠い昔の日。君が泣きながら引き留めた相手は、流水だったのか。
「湖翠……」
君は彼からそう呼んでもらいたかった。
だが、彼にそう呼んでもらえる日はついに来なかった。
何故? 彼は君を置いて、どこへ行ってしまったのか。
その先のことを考えると、胸を鷲掴みにされたかのように痛んだ。
「駄目だ。この先は決して思い出すな。あんな悲しすぎる結末は一度でいい」
そんな風に諫める声が聴こえた。
そして今……目の前に立っているのは流。
流は僕の大事な弟のはずだ。
なのに、まるで初めて会う男のようにも見えた。
やがてゆっくりとスローモーションのように逞しいその腕が伸びて来た。
僕はその手を避けられない。
避けたくない。だってずっと待っていたから。
その腕は僕の両肩を掴み、そしてもう一度低い声で僕を呼ぶ。
「翠……」
っつ……なんで……弟なのに、なんでこんなにも胸が騒ぐのか。
いや認めよう。僕はいつからか流のことを意識していた。
それは弟に対する、家族としての愛情ではなかった。
最初は兄として守ってやりたくなる可愛いだけの存在だったのに、ある日僕の背を追い抜かし、僕をすっぽりと包み込める程頼もしく成長した流の姿に驚いた。
そして月日は経ち……あの日がやってきた。
奈落の底に落とされた僕を優しく抱きしめてくれたのは君だった。
あの頃から、流のことを僕は意識しだしたのかもしれない。
だが僕は……寺の跡取り、長男としての立場を捨てるわけにはいかず、沸き続ける流への危うい気持ちを封印し、結婚してしまった。
寺に近づかず結婚生活に専念したのもつかの間、離婚という形で再び戻って来た。そんな僕を迎えてくれた流は、前のように気さくには話さなくなった。どこか余所余所しい敬語を交え、僕の付き人のように接して来た。それでもどんな時も片時も離れずに、僕の傍にいてくれた。
今では僕はもう流なしでは生きていけないほど、流を頼ってしまっている。
それは僕が、僕が流のことを……好きだからなのか。
そこまで頭の中で一気に整理した瞬間だった。
突然温かいものが唇にあたったのは……
「えっ」
僕の中の理性とぶつかった音がした。
「あっ……それは……駄目だ。僕たちは兄弟だ」
躰を捩ってその唇から逃げようと思ったのに、逆に顎を固定され、もう一度塞がれた。
「翠……今は忘れろ」
客室の灯りは、すでに消えていた。
窓の外に浮かぶ月明りだけが頼り。
月光に照らされた二人の影がぴたりと重なった。
心臓が震える。手が震える。
握りしめていた月の帯留めが、手から滑り落ちていく。
拾おうとした僕の手を、流が掴んで窓ガラスにぎゅっと押し付けた。
「くっ……ふっ…」
信じられない気持ちで、目を見開いた。
どうして……僕は弟と、こんなに深い口づけを。
「んっ……あ……」
だが同時にずっと探していたものが見つかったような想いも満ちて来た。
その時……流の熱い眼差しと口づけを、僕は確かに受け取った。
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