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完結後の甘い話の章
『蜜月旅行 45』もう一つの月
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「流がなんで……その言葉を?」
翠兄さんが目を見開いて、聞いて来る。
「翠兄さんもやはり知っているのですか?そのことを……それが何か教えて下さい!」
「いや……僕も詳しくは分からないんだ。さっき見た夢で、僕が引き留めた相手がそう言ったから。僕は悲しい夢だったから早く忘れたかったのに、目が覚めても一部始終をはっきりと覚えていた。唯一見えなかったのは、相手の顔だ。ぼんやりとして……どんなに目を凝らしても、今の僕には見えなかった」
「っつ」
なんてことだ、俺と翠兄さんが見た夢はまさに表裏一体じゃないか。
二つの夢は、もともと一つのものだった。
ということは……俺の背中に泣きながら抱きついてきたのは、もしかして。
そして、俺はどうしてそんな大事な彼を置いて行こうとしたのか。一体何処へ行くつもりだったのか。くそっ、まだ分からないことだらけじゃないか。
「流……夢から覚めてすぐに僕は、希望に満ちた『重なる月』という言葉だけは、しっかりと覚えておこう。僕の未来を切り開き変えていく言葉だと思ったのだ。だから、もしも知っているなら教えて欲しい。その意味を……」
「月が重なるとは一体……もしかして二つの月のことなのか」
そう呟くと、翠兄さんがはっとした表情を浮かべた。
「月とはもしかして、これのことか」
兄さんが慌てて鞄から出したのは…錫で作った月のモチーフがついた帯留めだった。
「これは」
これは俺が作ってあげたものだ。秋の茶会の時に、兄さんに贈ったものだ。兄さんのためだけに手作りし時間をかけて磨き上げた光沢は、月明りそのものだった。
二人でその月を見つめ、溜息をついた。
こんなにもしっとりと内から輝いていただろうか。
錫からは、まるで月明りのような仄かな輝きすら感じる。
暫しの沈黙の後、兄さんは決心したかのような潔い表情を浮かべ言い放った。
「流……夢の中で僕であって僕ではない人が、必死に求めていた人は……もしかして」
「翠兄さん……」
生まれてからずっと一番近い所にいてくれた人。
いつだって見上げた先に、見つめた先には兄がいた。
兄の優しい笑顔が待っていてくれた。
そんな兄に対して、兄以上の感情を抱くのは思い返せば随分早い時期からだった。
自分でも止められない何かに突き動かされているような強い愛情が芽生え、それは一気に膨らんで、思春期の俺を毎晩のように悩ました。
だが実の兄弟という足枷は重く、俺は結局手出しは出来ず、ただずっと見守るだけだった。
そう……あの時も……そして、兄が結婚した時も……ただ去っていく姿を見送ることしか出来なかった。
だが、もしも夢が本当だったら……
もしや……夢の彼は兄の前世なのか。
『前世』……そう考えると話は一本の糸のように繋がる。
過去でどんなに願っても結ばれなかった縁があったとする。
それが、この世の俺と翠兄さんに受け継がれてきたのか。
まさか……そんな夢みたいな話はあるのだろうか。
だが同じ夢を見て、俺の勘違いじゃなければ今、目の前にいる翠兄さんも同じ気持ちなのでは……
俺達はこの世で結ばれるのか。
結ばれても許されるのか。
結ばれたいのか。
何もかも混沌としている中、分かったことがある。
『重なる月』というものに出逢うのは、今宵だ。
片割れの月は見つけた。
では、もう一つはどこに……
「翠兄さん……」
いや違う、そうじゃない。
「……翠」
ずっと呼びたかった名前を、とうとう口にした。
初めて口にした。
****
彼等の前世ともいえる湖翠と流水兄弟の話は「夕凪の空、京の香り」にて今後深めていきます。また、翠と流の生まれてからの青いエピソードは現在「忍ぶれど…」にて連載中です。
翠兄さんが目を見開いて、聞いて来る。
「翠兄さんもやはり知っているのですか?そのことを……それが何か教えて下さい!」
「いや……僕も詳しくは分からないんだ。さっき見た夢で、僕が引き留めた相手がそう言ったから。僕は悲しい夢だったから早く忘れたかったのに、目が覚めても一部始終をはっきりと覚えていた。唯一見えなかったのは、相手の顔だ。ぼんやりとして……どんなに目を凝らしても、今の僕には見えなかった」
「っつ」
なんてことだ、俺と翠兄さんが見た夢はまさに表裏一体じゃないか。
二つの夢は、もともと一つのものだった。
ということは……俺の背中に泣きながら抱きついてきたのは、もしかして。
そして、俺はどうしてそんな大事な彼を置いて行こうとしたのか。一体何処へ行くつもりだったのか。くそっ、まだ分からないことだらけじゃないか。
「流……夢から覚めてすぐに僕は、希望に満ちた『重なる月』という言葉だけは、しっかりと覚えておこう。僕の未来を切り開き変えていく言葉だと思ったのだ。だから、もしも知っているなら教えて欲しい。その意味を……」
「月が重なるとは一体……もしかして二つの月のことなのか」
そう呟くと、翠兄さんがはっとした表情を浮かべた。
「月とはもしかして、これのことか」
兄さんが慌てて鞄から出したのは…錫で作った月のモチーフがついた帯留めだった。
「これは」
これは俺が作ってあげたものだ。秋の茶会の時に、兄さんに贈ったものだ。兄さんのためだけに手作りし時間をかけて磨き上げた光沢は、月明りそのものだった。
二人でその月を見つめ、溜息をついた。
こんなにもしっとりと内から輝いていただろうか。
錫からは、まるで月明りのような仄かな輝きすら感じる。
暫しの沈黙の後、兄さんは決心したかのような潔い表情を浮かべ言い放った。
「流……夢の中で僕であって僕ではない人が、必死に求めていた人は……もしかして」
「翠兄さん……」
生まれてからずっと一番近い所にいてくれた人。
いつだって見上げた先に、見つめた先には兄がいた。
兄の優しい笑顔が待っていてくれた。
そんな兄に対して、兄以上の感情を抱くのは思い返せば随分早い時期からだった。
自分でも止められない何かに突き動かされているような強い愛情が芽生え、それは一気に膨らんで、思春期の俺を毎晩のように悩ました。
だが実の兄弟という足枷は重く、俺は結局手出しは出来ず、ただずっと見守るだけだった。
そう……あの時も……そして、兄が結婚した時も……ただ去っていく姿を見送ることしか出来なかった。
だが、もしも夢が本当だったら……
もしや……夢の彼は兄の前世なのか。
『前世』……そう考えると話は一本の糸のように繋がる。
過去でどんなに願っても結ばれなかった縁があったとする。
それが、この世の俺と翠兄さんに受け継がれてきたのか。
まさか……そんな夢みたいな話はあるのだろうか。
だが同じ夢を見て、俺の勘違いじゃなければ今、目の前にいる翠兄さんも同じ気持ちなのでは……
俺達はこの世で結ばれるのか。
結ばれても許されるのか。
結ばれたいのか。
何もかも混沌としている中、分かったことがある。
『重なる月』というものに出逢うのは、今宵だ。
片割れの月は見つけた。
では、もう一つはどこに……
「翠兄さん……」
いや違う、そうじゃない。
「……翠」
ずっと呼びたかった名前を、とうとう口にした。
初めて口にした。
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彼等の前世ともいえる湖翠と流水兄弟の話は「夕凪の空、京の香り」にて今後深めていきます。また、翠と流の生まれてからの青いエピソードは現在「忍ぶれど…」にて連載中です。
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