重なる月

志生帆 海

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完結後の甘い話の章

完結後の甘い物語 『蜜月旅行 39』

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 丈のところに、早く戻りたい。

 俺は一体何をこんなにも焦っているのか。あんなキス、ただの子供の悪戯じゃないか。

 だが、それだけでは済まされない。なんとも言えない憂鬱な気持ちだった。

 足早に廊下を抜け角を曲がったところで、ボンっと誰かにぶつかってしまった。

「わっ!」

 相手は背が高い男性らしく、ちょうど彼の胸板辺りに激突してしまったので、慌てて体を離した。

「すいませんっ」

 見上げると……その男性は丈だった。途端に気が抜けた。

「丈……」

「洋、大丈夫か」

「あ……さっきの、もしかして見たのか」

「あぁ、子供の悪戯にしては度を越しているな。私の大事なお前のここを盗むなんて」

 そう言いながら丈は俺の唇に…トンと指を立てた。

「……ごめん。油断してた。小さな子供があんなことをするなんて驚いた。それで……」

 上手く言葉が続かない。そんな俺の肩を、丈が優しくそっと包み込むように支えてくれた。

「もう部屋に戻るぞ」

「……うん」

 何故だか涙が出そうになった。丈に怒られると思ったが、逆に優しく包み込まれたことに驚いたからなのか。そうか……結婚したというのは、こういうことなのか。丈が俺のことを第一に考え、俺のことを信じてくれていることが伝わってきて、心が解れ温かい気持ちになった。

 丈……早く君にもっと触れたいよ。


****

「これでよし」

 部屋に戻るなり、丈はリビングテーブルにメモ書きを置いた。

「何を書いた?」

「ほら行くぞ」

「えっどこへ?」

「貸し切り露天風呂だ、さっき予約して来た。今から六十分空いているそうだ」

 メモ書きを見ると、翠さんと流さんへ一時間後に戻るという内容だった。

「ほら、早く。兄さんたちに見つかると厄介だぞ。流兄さんが付いてきてしまうから」

「あっうん!分かった」

 慌てて、着替えを持って、バタバタと出かけた。

****

 貸し切り露天風呂がホテルにあるというのは、俺も事前に旅行会社からもらったホテルのパンフレットを読んで知っていた。

 もしかしたら、丈と行くかも。
 そしてそこで……そんな淫らで甘い期待も抱いていた。

 ホテルのパンフレットの言葉が、次々と期待に満ちた俺の頭の中に浮かんで来る。


ーーーーーー
当ホテルは、日本の伝統様式を取り入れ、神話の世界を彷彿させる神秘的な温泉空間を所有しています。大浴場、中浴場、露天風呂、さらに貸し切りの離れ湯までご用意しています。
ーーーーーー
 
 それから、それぞれの風呂には月にちなんだ名前がついているのにも、心惹かれた。

 中浴場は『十三夜』
 大浴場は『満月』

 離れ湯は五棟あって、完全貸切だそうだ。俺達が借りた露天風呂には『新月』という名前がついていた。

 まさに新婚旅行で訪れている俺達にぴったりの名の離れ湯だ。

「さぁここだ」

「わぁ……これは凄いな」

 目の前に広がる松林も、源泉掛け流しの露天風呂も、すべて俺達だけのもの。庭には月を仰ぎ見ることが出来る優雅な「月見台」が設置されていた。そして露天風呂の前には、清々しい空気を湛えた池と広大な松林が広がっている。

 池には空に浮かぶ月が映り幻想的だ。
 松林を抜ける風の音も心地良かった。

 雄大な大自然を目の前にすると、さっきまでの強張っていた気持ちも、ゆっくりとほぐれていくのを感じた。

「おいで、洋、脱がしてやろう」

「んっ」

 丈の前に素直に立った。

 すべて丈の好きなようにしていい。そうしてもらいたい。
 そう思いながら力を抜いて、躰を明け渡した。

「っとその間に、こちらが先だったな」

 顎を掬われ丈の方を向かされると、真っすぐに丈の顔が近づいて来た。

 キスだ。丈がさっきの悪戯なキスを消し去ってくれる。だから俺もそっと目を閉じて、受け止めた。

 思い合っている気持ちを交換させる儀式かのように、丈は俺の唇の輪郭を舐め、そのあとゆっくり舌を忍ばせて来た。

 俺は口を少し開き、それを受け止める。
 何度しても飽き足らない、俺達のキス。

 甘い口づけを何度も何度も落とされ深められているうちに、さっきの不意打ちのキスの名残りを、丈が綺麗に拭ってくれたのを実感でき、やっとほっと出来た。

「丈……俺の唇を奪ってもいいのは丈だけだ」

 さっき心の中で思ったことを、はっきりと口に出した。
 すると丈は目で笑って、口づけを深めて来た。

「それでいい」

 甘い言葉が耳に届く。

 いつの間にか丈の手によって、シャツのボタンは全部外され、それを肩から一気に脱がされ、ストンと床に落とされた。さらに下着ごと下衣も下ろされ、あっという間に裸に剥かれた。

「随分……性急だな」

「六十分しかないからな」

「それもそうだが……ちゃんと風呂にも入りたい」

「あぁそうだったな。湯の中で抱いてやる」

「丈っ」

 翠さんと流さんと一緒の旅行が決して嫌なわけじゃない。むしろ賑やかだし、新しく出来た兄たちと親睦を深めるいい機会で嬉しかった。

 それでもやはり、丈と人目を気にせず、こうやって思う存分抱き合えるのは嬉しいものだ。いつになく俺の方も積極的になってしまいそうだ。さっきの岩場ではどこか人の目を気にしていた。でもここは俺達だけの空間だ。

「早く……」


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