重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
656 / 1,657
完結後の甘い話の章

完結後の甘い物語 『蜜月旅行 38』

しおりを挟む
 チュッ!

 丈に気を取られて固まっているうちに、小さな女の子の唇が俺の頬に触れていった。

「わっ!」

「ふふっ、おにいちゃん好き!」

 ふんわり可愛い笑顔だった。本当に無垢な心なんだ。こんな小さな女の子相手に、丈に気を取られて焦ってしまったのがなんだか恥ずかしい。

 もう一度丈のことを見ると、さっきより柔らかい表情だった。

 そのことに、ほっとした。良かった……流石にこんな小さな女の子に嫉妬したりしないよな。でも、もうそろそろ丈の元に戻った方が良さそうと判断した。

 ずっと前だ。まだ俺達が出逢って間もない頃のことが頭をよぎった。

 あれは安志と五年ぶりに再会した日のことだった。酒に酔ってしまた俺のことを安志が介抱してくれて、そのまま最寄り駅まで一緒に帰ってきたことがあった。駅まで心配して迎えに来てくれた丈と鉢合わせしてしまい、とても気まずかったんだ。

 あの後……丈は乱暴に俺を抱いた。
 止めてくれと懇願する程だった。

 そう……あの頃の俺は、まだ過去の縁の本当の意味を知らずに、ただ強引に奪われることにひどく怯えていた。

 そんな過去の出来事を思い出すと、ブルっと寒気がした。

「あの……俺そろそろ行かないと」

 そう切り出すと、女の子に強く引き留められた。

「駄目よぉ!お兄ちゃんは私と結婚したのに、なんで帰っちゃうの?」

「けっ、結婚って?」

 どうやら……おままごとは、まだ続いているようだった。

「誓いのキスまでしたのに~ひどいわぁ」

「ごっごめんね。でも俺……もう行かないと行けないんだ。君と遊べて楽しかったよ」

「えー行かないでぇ……グスッ」

 泣きべそをかき始めた女の子を、どうなだめたらいいのか、不慣れな俺には対処できず、困ってしまった。女の子の前にしゃがみ込んで目線を合わせ「ごめんね」と謝っていると、兄の玲くんがすぐ横にやってきた。

「ユイ、お前馬鹿だな!誓いのキスなんて効き目ないじゃん。あっそうか!やっぱり頬っぺたなんかじゃダメなんだな」

「えっそうなの?おにいちゃん、どうしたらいいの?ユイに教えて!」

「それは、こうするんだよ!」

 いきなり少年に後頭部に手をまわされ、唇を奪われた。

 ええっ!

 一瞬だったけど、確かに唇が触れてしまった。

 まっ、まさかこんな小さな少年からキスされるなんて思ってなくて、目を大きく見開いたまま固まってしまう。

「こらっ玲!そういうことはしちゃ駄目だって言ったでしょ!」

「なんで?外国じゃこんなの挨拶だってパパが言ってたよ。親しい人なら男同士でもしていいんだよね?パパもしてたし」

「なっ何言ってるの。ごっごめんなさい。この子が変なことして」

 母親によって、男の子は強引に俺の前から引きはがされていった。

「いっいえ、お子さんのしたことですから、大丈夫です。本当に俺、もう行かないと。失礼します」

「本当にごめんなさい!」

気が付くと、慌ただしく……まるで逃げるように、俺はキッズコーナーを飛び出していた。さっきは母親の手前、なんとか取り繕ったものの、実は結構焦っていた。心臓がバクバクしていた。
 
 全く、子どもだからって油断していた。いや、そんなつもりでしたキスじゃないと思うけれども、それでもやっぱり驚いた!

 思わず……そっと手の甲で唇を拭ってしまった。

 俺の唇を奪ってもいいのは、丈だけだ。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

処理中です...