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完結後の甘い話の章
完結後の甘い物語 『蜜月旅行 32』
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ロビーに降りると、そこは随分と混雑していた。フロントの前の空間は、小さな子供が走り回る姿や赤ちゃんの泣き声で賑やかだった。
「わぁ昼間は気付かなかったけど、小さなお子さんが多いですね」
「夏休みだからね。洋くんも小さい時こんな風に旅行に連れて来てもらった?」
「……そうかもしれませんね」
夏休みの旅行なんて、随分と懐かしい響きだ。幼稚園の時、家族で沖縄へ行ったという話は母から聞いたことはあるが、残念ながら記憶には何も残っていなかった。
「翠さんも家族旅行とかしました?」
「いや……夏は普段サラリーマンの父が月影寺の手伝いをしないといけないから、いつも北鎌倉に家族で籠っていたよ。だから僕もこんなに開放的な、夏休みらしい旅はしたことがないよ。……洋くん少しだけ向こうで夜風にあたらないか」
「あっはい」
美しい浴衣姿の翠さんは、ロビーでも注目の的だった。チラチラと不躾な視線が集まり出していた。翠さんにとってその視線が少し居心地悪かったのかもしれない。
ロビーの奥の扉を開ければ、目の前に海が開けていた。ちょうどテラスになっていたので、そこで涼むことにした。
手すりにもたれて夜風にあたると、俺を優しく包みこんでくれる自然が愛おしかった。
海の匂い。
波の音。
空には満天の星。
ゆったりと浮かぶ大きな月。
そうか……俺にとっても、こんなにも心穏やかに、旅に出るということ自体が初めてなんだ。
「あれ?」
その時、テラスから階段を下りた砂浜に動く物体を見つけた。
よく見ると人影だ。しかもまだ小さい男の子じゃないか。なんでこんな時間に、あんな場所に?俺は慌てて翠さんに知らせた。
「翠さん、あんな所に子供が」
「本当だ。洋くんっ行ってみよう」
目を凝らすと小さな男の子が、泣きながら砂浜を歩いているのが分かった。だが、慌ててその男の子の前に駆け寄ったものの、俺はどう話かけたらいいのか分からなくて立ち尽くしてしまった。だって……俺には兄弟も親戚もいないから……分からないんだ。
男の子は暗闇でも、頭から足まで泥と砂まみれなことが分かった。
「えっと……」
うっ、言葉が出てこない。
こんな時なんて言えばいい?
「ひっくひっく……」
すると翠さんが横からやってきて、泣きべそをかく子供をふわりと優しく抱きしめた。慣れた様子で、その子が安心するように背中を撫でて落ち着かせていく。
「どうした?お父さんとお母さんは」
「分かんないよぉ、転んじゃって痛いよぉ」
「あぁ泣かないで、大丈夫だよ。心配しないで。僕が一緒に探してあげよう」
「うん……ぐすっぐすっ」
俺は小さな子供の扱いに慣れていなくて、何の役にも立たなかった。一方、翠さんの方は、すごく慣れているので驚いてしまった。
「洋くん、とりあえずこの子を連れてロビーに戻ろう」
「あっはい」
翠さんは浴衣が汚れることなんて全く気にせず、汚れた男の子をしっかりと抱き上げて歩き出した。
翠さんって、こういう所が素敵だ。
いつだって凛として、迷わず行動できるところが凄い。
****
「お客様ありがとうございます。早速この坊ちゃんの親御さんを探しますので、少々お待ちください」
「お願いします」
ロビーで事情を話すと、すぐに協力してもらえた。明るい所で見ると、もっと小さな子供かと思ったが、実際は小学生位のようだった。 すっかり翠さんに心を許した男の子は、翠さんの浴衣の袂を掴んで離さなかった。
翠さんもそんな様子を目を細めて見つめ、持っていたタオルで、その子の汚れた顔を優しく拭いてあげていた。
「もう大丈夫だよ。お父さんとお母さんも、すぐに君を見つけてくれるよ」
温かい光景だった。こんなにも自然に見ず知らずの男の子に優しく接することが出来るのが、すごいと感心してしまった。
「翠さん……」
「何?」
「いや、あの……まるで親子みたいですね。こうやって男の子と並んでいると」
「そう?あぁ僕にも息子がいるからね」
「はっ?ええっ?翠さんに息子さんが?」
えっと……翠さんって、結婚していたのか。
それって寝耳に水だ。丈から聞いてないし!
呆気にとられてポカンとしていると、俺が動揺しているのを翠さんも悟ったようだ。
「そうか、丈から何も聞いてなかった?」
「あっはい」
「それじゃ驚かせたね。詳しいことは夕食の時にでも話すよ。あっ……よかった。この子の親御さんが見つかったみたいだよ」
翠さんが指さす方向をみると、必死の形相の男性がこちらに向かって走って来るのが見えた。恐らくこの少年の父親だろう。探しまわって心配していた様子が伺える。
「コラっどこ行ってたんだっ!心配かけてっ」
「ごっ……ごめんなさいっ」
男の子がビクッと肩を揺らし、翠さんの後ろに逃げ込んだ。
近づいて来た男性と翠さんの視線が正面でガチっとぶつかった時、同時に驚いた声をあげた。
「あっ!」
「えっ……」
「わぁ昼間は気付かなかったけど、小さなお子さんが多いですね」
「夏休みだからね。洋くんも小さい時こんな風に旅行に連れて来てもらった?」
「……そうかもしれませんね」
夏休みの旅行なんて、随分と懐かしい響きだ。幼稚園の時、家族で沖縄へ行ったという話は母から聞いたことはあるが、残念ながら記憶には何も残っていなかった。
「翠さんも家族旅行とかしました?」
「いや……夏は普段サラリーマンの父が月影寺の手伝いをしないといけないから、いつも北鎌倉に家族で籠っていたよ。だから僕もこんなに開放的な、夏休みらしい旅はしたことがないよ。……洋くん少しだけ向こうで夜風にあたらないか」
「あっはい」
美しい浴衣姿の翠さんは、ロビーでも注目の的だった。チラチラと不躾な視線が集まり出していた。翠さんにとってその視線が少し居心地悪かったのかもしれない。
ロビーの奥の扉を開ければ、目の前に海が開けていた。ちょうどテラスになっていたので、そこで涼むことにした。
手すりにもたれて夜風にあたると、俺を優しく包みこんでくれる自然が愛おしかった。
海の匂い。
波の音。
空には満天の星。
ゆったりと浮かぶ大きな月。
そうか……俺にとっても、こんなにも心穏やかに、旅に出るということ自体が初めてなんだ。
「あれ?」
その時、テラスから階段を下りた砂浜に動く物体を見つけた。
よく見ると人影だ。しかもまだ小さい男の子じゃないか。なんでこんな時間に、あんな場所に?俺は慌てて翠さんに知らせた。
「翠さん、あんな所に子供が」
「本当だ。洋くんっ行ってみよう」
目を凝らすと小さな男の子が、泣きながら砂浜を歩いているのが分かった。だが、慌ててその男の子の前に駆け寄ったものの、俺はどう話かけたらいいのか分からなくて立ち尽くしてしまった。だって……俺には兄弟も親戚もいないから……分からないんだ。
男の子は暗闇でも、頭から足まで泥と砂まみれなことが分かった。
「えっと……」
うっ、言葉が出てこない。
こんな時なんて言えばいい?
「ひっくひっく……」
すると翠さんが横からやってきて、泣きべそをかく子供をふわりと優しく抱きしめた。慣れた様子で、その子が安心するように背中を撫でて落ち着かせていく。
「どうした?お父さんとお母さんは」
「分かんないよぉ、転んじゃって痛いよぉ」
「あぁ泣かないで、大丈夫だよ。心配しないで。僕が一緒に探してあげよう」
「うん……ぐすっぐすっ」
俺は小さな子供の扱いに慣れていなくて、何の役にも立たなかった。一方、翠さんの方は、すごく慣れているので驚いてしまった。
「洋くん、とりあえずこの子を連れてロビーに戻ろう」
「あっはい」
翠さんは浴衣が汚れることなんて全く気にせず、汚れた男の子をしっかりと抱き上げて歩き出した。
翠さんって、こういう所が素敵だ。
いつだって凛として、迷わず行動できるところが凄い。
****
「お客様ありがとうございます。早速この坊ちゃんの親御さんを探しますので、少々お待ちください」
「お願いします」
ロビーで事情を話すと、すぐに協力してもらえた。明るい所で見ると、もっと小さな子供かと思ったが、実際は小学生位のようだった。 すっかり翠さんに心を許した男の子は、翠さんの浴衣の袂を掴んで離さなかった。
翠さんもそんな様子を目を細めて見つめ、持っていたタオルで、その子の汚れた顔を優しく拭いてあげていた。
「もう大丈夫だよ。お父さんとお母さんも、すぐに君を見つけてくれるよ」
温かい光景だった。こんなにも自然に見ず知らずの男の子に優しく接することが出来るのが、すごいと感心してしまった。
「翠さん……」
「何?」
「いや、あの……まるで親子みたいですね。こうやって男の子と並んでいると」
「そう?あぁ僕にも息子がいるからね」
「はっ?ええっ?翠さんに息子さんが?」
えっと……翠さんって、結婚していたのか。
それって寝耳に水だ。丈から聞いてないし!
呆気にとられてポカンとしていると、俺が動揺しているのを翠さんも悟ったようだ。
「そうか、丈から何も聞いてなかった?」
「あっはい」
「それじゃ驚かせたね。詳しいことは夕食の時にでも話すよ。あっ……よかった。この子の親御さんが見つかったみたいだよ」
翠さんが指さす方向をみると、必死の形相の男性がこちらに向かって走って来るのが見えた。恐らくこの少年の父親だろう。探しまわって心配していた様子が伺える。
「コラっどこ行ってたんだっ!心配かけてっ」
「ごっ……ごめんなさいっ」
男の子がビクッと肩を揺らし、翠さんの後ろに逃げ込んだ。
近づいて来た男性と翠さんの視線が正面でガチっとぶつかった時、同時に驚いた声をあげた。
「あっ!」
「えっ……」
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