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完結後の甘い話の章
完結後の甘い物語 『蜜月旅行 2』
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「兄さん、仕度整いましたか」
「うん、もう出られるよ。でも……」
「なんですか」
「なぁ流、なんで僕だけ和装なんだ?せかっく南の国のリゾートへ行くのに」
仕度が整った頃を見計らって兄の部屋へ行くと、きちんと着物を着こなした兄が柔和な笑みで迎えてくれた。可愛い文句を言いながら……
「兄さんにはその姿が一番似合っていますよ。向こうで着る洋服はちゃんと用意したから大丈夫ですよ」
「ふぅん。まぁいいけど。それにしてもすごい荷物だな。プライベートな旅行というのは、こんなに大変なのか。仏門の修行の時とは全然違うんだな」
「ははっ!これは俺の趣味です」
「あっ流は今日は作務衣じゃないのか」
「当たり前だ。兄さんに恥をかかせられない」
「ふふっ、そういうものなのかな。さぁ行こうか」
寺の山門に行くと、もう丈と洋くんが待っていた。駅までは荷物もあるので、母が送ってくれるようで車が横付けされていた。
母は俺を見つけるなり、傍に飛んで来た。
「流、それ全部持って行くの?まさか全部翠の衣装なの?」
「まぁね、兄さんにとってはせっかくのプライベート旅行なんだし」
「ふふっ!確かにそれもそうね。あなたは趣味がいいから母さん楽しみよ。翠にあれこれ着せて写真撮っておいてね。えっと海辺のシーンと温泉と、そうそう、彼……洋くんのもお願いよ」
「くくっ、気の毒だ」
「あら、協力しなさいよ」
今日の洋くんは濃紺のジーンズにラベンダー色のリネンの七分袖のシャツを着ていて、いつになく若々しい姿で可愛らしかった。彼は本当にほっそりとしていて、何を着ても服の中で躰が泳いでしまう。確かについ守ってあげたくなるような気持ち、庇護欲をそそる存在だな。これは丈がメロメロなのも分かるな。
一方、丈は生成り色のパンツに濃紺の麻のジャケットを颯爽と男らしく着こなしていて、なかなかやるな。あいつ背格好がどんどん俺に似て来て、紛らわしいんだよな。俺も負けられないぜ。
そんな二人よりも更に輝いているのが、翠兄さんだ。
今日のために俺が選んだのは、鼠色の涼感のある紗織りの着物。目が開いている織物で、透明感があり薄くて軽いので盛夏の季節でも熱がこもりにくく風通しが良いので、兄さんに余計な負担をかけることがない。本当に爽やかに見えるな。
思わず一歩引いたところから目を細めて魅入ってしまう。
それに透け感を楽しむ紗織りの濃紺の羽織姿も着せてみた。普段から袈裟を着慣れている兄には、やっぱり和装がよく似合う。夏の着物の透け感が艶めいた雰囲気を添えているので、細い首や足首に、つい目が行ってしまうのは悪い癖だ。
「ねねっあの窓際の方、すごい素敵な方ね」
「俳優さん?時代劇に出て来る若旦那みたいよ」
飛行機の中で兄は、客室乗務員や乗客の間でも注目の的だった。リゾートへ向かう夏休みの飛行機の中で、粋に和装を着こなす男性はそう滅多にいないからな。
「それにあの後ろの座席の男の子見た?モデルの涼に凄く似てない?」
「うわぁーなんかあの席付近だけ次元が違うようで眩しいわ」
もちろん洋くんも相当な美人だから、噂の的だったが。
翠兄さんは、日本酒に例えれば口当たりがさっぱりとしていて癖がない、糖度と酸味の低いものにいう「端麗」という言葉が似合う。
そんな優し気な容姿が和装姿に寄り添っていて、本当に俺好みなんだ。
飛行機の窓際で、子供のように目を輝かせて、眼下の富士山にうっとりとした溜息を吐くその唇を、そっと盗み見して胸が高まった。
「流?そんなに僕の顔見て……どうした?」
「っつ…兄さん、そんな子供みたいな顔しないで下さいよ。恥ずかしい」
「ええっそんな変な顔していたか」
「ええ」
「恥ずかしいな。だって流、お前とこうやって仏事でもないのに旅行に行くんだよ。丈も洋くんも一緒だし。年甲斐もなくワクワクしてしまうものだよ。なぁ流は宮崎って行ったことあるのか」
「ええ、行きましたよ。高千穂の方を観光したり、ウミガメの産卵なんかを見に海にも行きましたよ」
「へぇウミガメかぁ。それは生で見てみたいな」
「手配しましょうか」
「うん、ぜひ」
「他には行きたい所や、やりたいことはありますか」
「そうだな……」
恋人同士のような甘い会話。甘い時間だった。
そんな会話をしていれば、二時間弱のフライトはあっという間だった。
****
飛行機に乗り慣れている洋は座席に着くなり雑誌を取り出して、音楽を選んでいた。
新婚旅行のはずが、兄二人が付いて来るという異例の旅行となってしまったのに、洋はむしろ楽しんでいるようだった。
私も納得いかない気持ちをいつまでも持ち続けるのは大人げないので、無理矢理ねじ伏せて、洋と二人の時間を楽しむことに決めた。
「丈、これ俺が好きな曲。聴いてみて」
隣にいる洋がイヤホンを片方耳に入れてくれた。それぞれのイヤホンで聴けば良いものを、こんな風に分かちあうのも、いいものだ。
飛行機のエコノミーの席は躰が大きな私には少々手狭だが、こうやって洋に触れ合うほどの距離で座っていられるのは嬉しいものだ。
耳元から静かに洋楽が流れ始めた。どこか切ないようなメロディだ。
あぁこれは確か「Don't Give Up 」という曲か……
それにしても……こんなにも穏やかな気持ちで、飛行機に乗るのはいつ振りだろう。ようやく嵐のような不安な日々は去り、何もかも落ち着いて来ているのだ。
あの日、諦めないで良かった。
だから君との今がある。
二人は肩を寄せ合い、力強いメロディに押されながら空を走っていく。
****
JOSH GROBAN / You Are Loved (Don't Give Up )はこちらから視聴できます。→ https://youtu.be/EGLSk3AVcUU
飛行機の中で丈と洋がふたりで聴いたら盛り上がったでしょうね^^
二人の心境に合っていると思いましたの。
「うん、もう出られるよ。でも……」
「なんですか」
「なぁ流、なんで僕だけ和装なんだ?せかっく南の国のリゾートへ行くのに」
仕度が整った頃を見計らって兄の部屋へ行くと、きちんと着物を着こなした兄が柔和な笑みで迎えてくれた。可愛い文句を言いながら……
「兄さんにはその姿が一番似合っていますよ。向こうで着る洋服はちゃんと用意したから大丈夫ですよ」
「ふぅん。まぁいいけど。それにしてもすごい荷物だな。プライベートな旅行というのは、こんなに大変なのか。仏門の修行の時とは全然違うんだな」
「ははっ!これは俺の趣味です」
「あっ流は今日は作務衣じゃないのか」
「当たり前だ。兄さんに恥をかかせられない」
「ふふっ、そういうものなのかな。さぁ行こうか」
寺の山門に行くと、もう丈と洋くんが待っていた。駅までは荷物もあるので、母が送ってくれるようで車が横付けされていた。
母は俺を見つけるなり、傍に飛んで来た。
「流、それ全部持って行くの?まさか全部翠の衣装なの?」
「まぁね、兄さんにとってはせっかくのプライベート旅行なんだし」
「ふふっ!確かにそれもそうね。あなたは趣味がいいから母さん楽しみよ。翠にあれこれ着せて写真撮っておいてね。えっと海辺のシーンと温泉と、そうそう、彼……洋くんのもお願いよ」
「くくっ、気の毒だ」
「あら、協力しなさいよ」
今日の洋くんは濃紺のジーンズにラベンダー色のリネンの七分袖のシャツを着ていて、いつになく若々しい姿で可愛らしかった。彼は本当にほっそりとしていて、何を着ても服の中で躰が泳いでしまう。確かについ守ってあげたくなるような気持ち、庇護欲をそそる存在だな。これは丈がメロメロなのも分かるな。
一方、丈は生成り色のパンツに濃紺の麻のジャケットを颯爽と男らしく着こなしていて、なかなかやるな。あいつ背格好がどんどん俺に似て来て、紛らわしいんだよな。俺も負けられないぜ。
そんな二人よりも更に輝いているのが、翠兄さんだ。
今日のために俺が選んだのは、鼠色の涼感のある紗織りの着物。目が開いている織物で、透明感があり薄くて軽いので盛夏の季節でも熱がこもりにくく風通しが良いので、兄さんに余計な負担をかけることがない。本当に爽やかに見えるな。
思わず一歩引いたところから目を細めて魅入ってしまう。
それに透け感を楽しむ紗織りの濃紺の羽織姿も着せてみた。普段から袈裟を着慣れている兄には、やっぱり和装がよく似合う。夏の着物の透け感が艶めいた雰囲気を添えているので、細い首や足首に、つい目が行ってしまうのは悪い癖だ。
「ねねっあの窓際の方、すごい素敵な方ね」
「俳優さん?時代劇に出て来る若旦那みたいよ」
飛行機の中で兄は、客室乗務員や乗客の間でも注目の的だった。リゾートへ向かう夏休みの飛行機の中で、粋に和装を着こなす男性はそう滅多にいないからな。
「それにあの後ろの座席の男の子見た?モデルの涼に凄く似てない?」
「うわぁーなんかあの席付近だけ次元が違うようで眩しいわ」
もちろん洋くんも相当な美人だから、噂の的だったが。
翠兄さんは、日本酒に例えれば口当たりがさっぱりとしていて癖がない、糖度と酸味の低いものにいう「端麗」という言葉が似合う。
そんな優し気な容姿が和装姿に寄り添っていて、本当に俺好みなんだ。
飛行機の窓際で、子供のように目を輝かせて、眼下の富士山にうっとりとした溜息を吐くその唇を、そっと盗み見して胸が高まった。
「流?そんなに僕の顔見て……どうした?」
「っつ…兄さん、そんな子供みたいな顔しないで下さいよ。恥ずかしい」
「ええっそんな変な顔していたか」
「ええ」
「恥ずかしいな。だって流、お前とこうやって仏事でもないのに旅行に行くんだよ。丈も洋くんも一緒だし。年甲斐もなくワクワクしてしまうものだよ。なぁ流は宮崎って行ったことあるのか」
「ええ、行きましたよ。高千穂の方を観光したり、ウミガメの産卵なんかを見に海にも行きましたよ」
「へぇウミガメかぁ。それは生で見てみたいな」
「手配しましょうか」
「うん、ぜひ」
「他には行きたい所や、やりたいことはありますか」
「そうだな……」
恋人同士のような甘い会話。甘い時間だった。
そんな会話をしていれば、二時間弱のフライトはあっという間だった。
****
飛行機に乗り慣れている洋は座席に着くなり雑誌を取り出して、音楽を選んでいた。
新婚旅行のはずが、兄二人が付いて来るという異例の旅行となってしまったのに、洋はむしろ楽しんでいるようだった。
私も納得いかない気持ちをいつまでも持ち続けるのは大人げないので、無理矢理ねじ伏せて、洋と二人の時間を楽しむことに決めた。
「丈、これ俺が好きな曲。聴いてみて」
隣にいる洋がイヤホンを片方耳に入れてくれた。それぞれのイヤホンで聴けば良いものを、こんな風に分かちあうのも、いいものだ。
飛行機のエコノミーの席は躰が大きな私には少々手狭だが、こうやって洋に触れ合うほどの距離で座っていられるのは嬉しいものだ。
耳元から静かに洋楽が流れ始めた。どこか切ないようなメロディだ。
あぁこれは確か「Don't Give Up 」という曲か……
それにしても……こんなにも穏やかな気持ちで、飛行機に乗るのはいつ振りだろう。ようやく嵐のような不安な日々は去り、何もかも落ち着いて来ているのだ。
あの日、諦めないで良かった。
だから君との今がある。
二人は肩を寄せ合い、力強いメロディに押されながら空を走っていく。
****
JOSH GROBAN / You Are Loved (Don't Give Up )はこちらから視聴できます。→ https://youtu.be/EGLSk3AVcUU
飛行機の中で丈と洋がふたりで聴いたら盛り上がったでしょうね^^
二人の心境に合っていると思いましたの。
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リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。
⭐︎2023.4.24完結⭐︎
※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。
→2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)


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