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完結後の甘い話の章
完結後の甘い物語 『雨の悪戯 10』
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「流っ待って」
翠さんの肩にぶつかる勢いで浴室から飛び出て行ってしまった流さんを追いかけようと、翠さんは脱ぎかけていた浴衣を羽織り直した。
「翠さんっ」
思わず呼び止めると、いつも落ち着いている翠さんが少し動揺しているのが分かった。
「あ……洋くん、なんか悪かったね。風呂は後にするから、二人でゆっくり入りなさい。僕は流の様子を見て来るから」
なんだか気まずそうに翠さんは去って行った。
「洋どうした?そんなにポカンとしていると、また逆上せるぞ」
「あ……うん」
「もう夜も遅い。早く風呂から上がって眠らないとな」
「そうだね」
丈と二人きりの生活ではないのだから、いろいろなことがあるとは思っていたが、これは一体……俺は人より敏感なところがあるので、なんとなく察してしまった。
何故、流さんが恥ずかしがったのか。
何故、翠さんが追いかけていったのか。
丈は何も気が付いていないのか。
そして更にもっと昔から……長い間知らないこと、気が付いていないことがあるような気がした。
****
くそっ!翠兄さんは人の気も知らないで!
腰にタオルを巻いたままの状態でドカドカと自分の部屋に戻り、箪笥から新しい下着と作務衣を出して手際よく身に着けると、ようやく一息付けた。
そのまま髪にタオルでひっかけて布団にドサッと横たわった。
目を閉じると……さっきの浴室内での出来事が脳裏に鮮明に浮かび上がって来る。
翠兄さん……
浴衣が肌にぴったり貼り付いて、酷く艶めかしかった。しかも……あんな明るい場所で腰紐を解くとは、翠兄さんは本当に危なっかしい。
今日は相手が丈と洋くんだったから良いものの、もしや仏門の集まりで泊りで出掛けた時にも、あんな調子なのか。
はぁ……全く兄さんは本当に自分の魅力を分かっていない。
俺が何度となく忠告しても、不思議そうに思い当たらないといった表情を浮かべて聞き流す。
(なんで?流……男同士だろ?恥ずかしがるなんて意識し過ぎだ。修行している人に失礼だよ)
鈍感すぎるんだよ!あーーー心配でたまらなくなるぜ。
あーくそっ。またイライラしてくる。
タオルでかきむしるように大雑把に髪の毛を拭いていると、襖の向こうで翠兄さんの控えめな声がした。
「流……入ってもいいか」
「っつ……どうぞ」
部屋に入って来た翠兄さんは、さっきの姿のままだった。
そんなびしょ濡れの浴衣を着たままじゃ風邪をひくって分かっている癖に。
はぁ…この人は全く……手のかかる。
いつもあれほど喉が弱いから気を付けろと言っているのに……明日も法要があり、お経で喉を使うのに全く無鉄砲な人だ。
「流……お前、急にどうしたんだ?」
「兄さん、話はあとで聞くからまずは着替えましょう」
「あ……うん、そうだね」
俺は立ち上がり、自分の箪笥の横に置いてあるもう一つの箪笥の引き出しを開けた。
中には綺麗に畳んだ浴衣が何着も並んでいる。これは全て翠兄さんの浴衣だ。全部俺がデザインしたもので、翠兄さんに似合うモチーフ……若竹や桔梗……そんな楚々とした柄を散らした翠兄さんのためだけの浴衣。その中から今日は白地に濃紺で月雲の柄を大胆に施した浴衣を選んだ。
「さぁ着替えましょう」
「流……いつもありがとう」
それからさりげなく照明を落とした。薄暗い部屋になれば、もうさっきのような動揺はない。冷静になって、いつものように兄さんの付き人のように、濡れた浴衣の腰ひもを解き、剥いて行く。
肌が近いな。
雨に濡れて匂い立つような成熟した大人の男の躰。
俺とは違ってしなやかで、どこか儚い薄い肉付きの躰。
さりげなく下着は渡し、目を反らす。
「さぁ濡れたものは全部取り換えて」
「ふっ、何もかも……だな」
濡れた裸体を大きなバスタオルで拭いてやると、翠兄さんが甘く微笑んだ。
「兄さんの世話は俺がするから、それでいい」
「……昔は全部僕が流の世話をしてあげたのに」
「兄さんはこの寺の大切な住職という身なんだ。この位のこと当たり前だから気にするな。仏門のことだけを考えていればいい」
バスタオルの下で、兄さんは自らの下着を取り換えていた。
ちらちらと薄暗い中で見え隠れする……ほっそりとした太腿が艶めかしい。
兄さんは年を取るのを忘れたのか。
いつまでも俺の中では、あの日のままの姿。
欲情する……
実の兄なのに、俺はその躰に確実に欲情してしまう。
その気持ちをねじ伏せて、平静を保つのがどんなに大変なことか。
「それにしても酷い雨漏りだったね。夜が明けたら大工を呼ぼう。今日はどうしようか。あの離れでは、丈と洋くんは眠れないね」
「確かに、そうですね」
「うーん」
暫く兄さんは、あれこれと真剣に思案しているようだった。いつも自分のことよりも、まず人のために良かれと思うことをしようと努力する一途な兄さん。
この表情が本当に可愛らしい。
歳なんて関係ない。
可愛い人は永遠に可愛いのだと思う、今日この頃だ。
「じゃあこうしよう。二人には僕の部屋で寝てもらおう」
「はぁ?それじゃ兄さんはどうするのです?」
「そうだな。そうだ!ここに泊らせてもらえるか」
「えっ」
翠さんの肩にぶつかる勢いで浴室から飛び出て行ってしまった流さんを追いかけようと、翠さんは脱ぎかけていた浴衣を羽織り直した。
「翠さんっ」
思わず呼び止めると、いつも落ち着いている翠さんが少し動揺しているのが分かった。
「あ……洋くん、なんか悪かったね。風呂は後にするから、二人でゆっくり入りなさい。僕は流の様子を見て来るから」
なんだか気まずそうに翠さんは去って行った。
「洋どうした?そんなにポカンとしていると、また逆上せるぞ」
「あ……うん」
「もう夜も遅い。早く風呂から上がって眠らないとな」
「そうだね」
丈と二人きりの生活ではないのだから、いろいろなことがあるとは思っていたが、これは一体……俺は人より敏感なところがあるので、なんとなく察してしまった。
何故、流さんが恥ずかしがったのか。
何故、翠さんが追いかけていったのか。
丈は何も気が付いていないのか。
そして更にもっと昔から……長い間知らないこと、気が付いていないことがあるような気がした。
****
くそっ!翠兄さんは人の気も知らないで!
腰にタオルを巻いたままの状態でドカドカと自分の部屋に戻り、箪笥から新しい下着と作務衣を出して手際よく身に着けると、ようやく一息付けた。
そのまま髪にタオルでひっかけて布団にドサッと横たわった。
目を閉じると……さっきの浴室内での出来事が脳裏に鮮明に浮かび上がって来る。
翠兄さん……
浴衣が肌にぴったり貼り付いて、酷く艶めかしかった。しかも……あんな明るい場所で腰紐を解くとは、翠兄さんは本当に危なっかしい。
今日は相手が丈と洋くんだったから良いものの、もしや仏門の集まりで泊りで出掛けた時にも、あんな調子なのか。
はぁ……全く兄さんは本当に自分の魅力を分かっていない。
俺が何度となく忠告しても、不思議そうに思い当たらないといった表情を浮かべて聞き流す。
(なんで?流……男同士だろ?恥ずかしがるなんて意識し過ぎだ。修行している人に失礼だよ)
鈍感すぎるんだよ!あーーー心配でたまらなくなるぜ。
あーくそっ。またイライラしてくる。
タオルでかきむしるように大雑把に髪の毛を拭いていると、襖の向こうで翠兄さんの控えめな声がした。
「流……入ってもいいか」
「っつ……どうぞ」
部屋に入って来た翠兄さんは、さっきの姿のままだった。
そんなびしょ濡れの浴衣を着たままじゃ風邪をひくって分かっている癖に。
はぁ…この人は全く……手のかかる。
いつもあれほど喉が弱いから気を付けろと言っているのに……明日も法要があり、お経で喉を使うのに全く無鉄砲な人だ。
「流……お前、急にどうしたんだ?」
「兄さん、話はあとで聞くからまずは着替えましょう」
「あ……うん、そうだね」
俺は立ち上がり、自分の箪笥の横に置いてあるもう一つの箪笥の引き出しを開けた。
中には綺麗に畳んだ浴衣が何着も並んでいる。これは全て翠兄さんの浴衣だ。全部俺がデザインしたもので、翠兄さんに似合うモチーフ……若竹や桔梗……そんな楚々とした柄を散らした翠兄さんのためだけの浴衣。その中から今日は白地に濃紺で月雲の柄を大胆に施した浴衣を選んだ。
「さぁ着替えましょう」
「流……いつもありがとう」
それからさりげなく照明を落とした。薄暗い部屋になれば、もうさっきのような動揺はない。冷静になって、いつものように兄さんの付き人のように、濡れた浴衣の腰ひもを解き、剥いて行く。
肌が近いな。
雨に濡れて匂い立つような成熟した大人の男の躰。
俺とは違ってしなやかで、どこか儚い薄い肉付きの躰。
さりげなく下着は渡し、目を反らす。
「さぁ濡れたものは全部取り換えて」
「ふっ、何もかも……だな」
濡れた裸体を大きなバスタオルで拭いてやると、翠兄さんが甘く微笑んだ。
「兄さんの世話は俺がするから、それでいい」
「……昔は全部僕が流の世話をしてあげたのに」
「兄さんはこの寺の大切な住職という身なんだ。この位のこと当たり前だから気にするな。仏門のことだけを考えていればいい」
バスタオルの下で、兄さんは自らの下着を取り換えていた。
ちらちらと薄暗い中で見え隠れする……ほっそりとした太腿が艶めかしい。
兄さんは年を取るのを忘れたのか。
いつまでも俺の中では、あの日のままの姿。
欲情する……
実の兄なのに、俺はその躰に確実に欲情してしまう。
その気持ちをねじ伏せて、平静を保つのがどんなに大変なことか。
「それにしても酷い雨漏りだったね。夜が明けたら大工を呼ぼう。今日はどうしようか。あの離れでは、丈と洋くんは眠れないね」
「確かに、そうですね」
「うーん」
暫く兄さんは、あれこれと真剣に思案しているようだった。いつも自分のことよりも、まず人のために良かれと思うことをしようと努力する一途な兄さん。
この表情が本当に可愛らしい。
歳なんて関係ない。
可愛い人は永遠に可愛いのだと思う、今日この頃だ。
「じゃあこうしよう。二人には僕の部屋で寝てもらおう」
「はぁ?それじゃ兄さんはどうするのです?」
「そうだな。そうだ!ここに泊らせてもらえるか」
「えっ」
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