重なる月

志生帆 海

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完結後の甘い話の章

完結後の甘い物語 『流れる星 3』

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「あっあの……」
「改めまして、はじめましてね。洋くん」

 にっこりと微笑む和装姿の中年の女性は、丈のお母さんだ。写真では見たことはあったが、直接会うのは今日が初めてなので緊張が走る。丈とは全く似ていないが、長兄の翠さんとはよく似ていた。涼やかな目元なんて特に美しい。静かで大人しい印象の翠さんと違うのは、変な表現かもしれないが、凛々しくも少し勇ましくもある雰囲気。

 俺の母や安志のお母さんとは、また全然違う雰囲気だ。何事にも負けないような「強さ」を持っている方だ。

「丈のお母さん」

「そうよ。今日まで会えなくて許してね」

「いえ、とんでもないです」

「ふっ、それにしても写真で見るよりも更に美青年ね。あなたみたいな子が丈と連れ添ってくれるのなら安心だわ」

「そんな風に言ってくださって……俺の方こそ有難いです。俺には産んでくれた両親がもういないので、あの…おこがましいのですが、新しい家族が出来て、凄く嬉しいです」

 精一杯の素直な気持ちを伝えた。

「ええ、私も洋くんみたいな息子が出来て嬉しいわ。丈はね、私が産んだ子なのに小さい時から掴みどころがなくて、この子は将来どうなるのかしらと不安が過ることもあったのよ。それがねぇ、まさかこんな風に母を助けるようなことを仕出かしてくれるとはね。ふふふっ」

「えっ?どういう意味ですか」

「洋くんいろいろ私に教えて頂戴ね。特に貴方たちの新婚生活が楽しみよ」

「?」

 頭の中が『?』マークで一杯になったが、歓迎されていることは分かったので、よしとしよう。

「さぁさぁ洋くん、早く着替えてみて。これなのよ~そのスーツ」

「おばさん…」

 荷物を持たされ、急かされるように着替えて来るように言われた。

「ふぅ」

 離れに戻り、安志のお母さんから手渡された、デパートの包みを開けてみると、ピンクといっても本当に薄い色で、グレーの縦縞のストライプが入った上品なスーツだったので、ほっとした。着ていた着物を脱ぎ、スーツを着てみた。ワイシャツやネクタイは用いず、一緒に入っていた白い丸首のシャツを着た。

 もしかしてお店でコーディネイトしてもらったのかな?少しラフで、洒落た着こなしになった。よかった。これなら着られる。でも、いやまてよ。俺だけスーツだなんて変だろ。丈も着替えさせないと。そう思っていると、実にいいタイミングで丈が部屋にやってきた。

「洋、どうした?急に離れに行ったって聞いて、また具合でも悪くなったのか」

「あっ丈っいい所に来たな」

「ん?なんでスーツに?」

「ん、丈のお母さんと安志のお母さんからのリクエスト」

「ぷっ」

 丈が噴き出すように笑った。

「なんだよ。何が可笑しいんだよ」

「洋は早速、餌食になっているな」

「なんの?」

「わからないならいいが。私の母には気を付けろ」

「ん?一体何を?」

「話のモデルにされないようにだよ」

「何の話だよ。俺にも分かるようにちゃんと話せよ」

「いや……洋は知らなくていい。もう黙ってろ」

 そう言うが早いか…唇を塞がれた。

腰にその大きな手を回され、ぎゅっと持ち上げられるように抱かれると、お互いの胸が密着するのでドキッとする。

「んっ」

 丈から降り注ぐ蕩けるような甘いキスは、少しだけさっきまで飲んでいた赤ワインの味がした。丈の口づけが首筋を辿る前に、そっと顔を反らせた。これ以上は、いつもの経験上まずい。

「丈、まだ終わってない。みんな待っているから」

「くそ…駄目だな。夜が待てなくなるな」

「俺もだ。でもまずは丈もスーツを着てくれ」

 俺もだよ。丈。

 こんなにも皆に祝福されて迎えることができたハレの日は、信じられない位、平穏な時間だった。こんなに心が幸せ色に満ちた状態で夜になれば君に抱かれると思うと、今から胸が高鳴ってしまう。

 本当にこれで間違ってない。
 俺はこの道を進んでいい。

 そう確信できる確かな満ち足りた心をしっかりと感じていた。

 夜が待遠しい。
 こんな風に思うのは、変だろうか。



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