591 / 1,657
第9章
花の咲く音 20
しおりを挟む
「もうすぐ着くわね。あー久しぶりに月影寺に戻るわ」
「まったくお前と来たら、丈の相手の子を一度も見ないで戸籍の件を了解するなんてな」
「あら?だってあなたはお会いしたんでしょう?それに翠や流も気に入っているなら間違いないわよ」
「まぁそれはそうだが……」
「しかし驚いたわ。あの子がねぇ」
私は丈の母親。
思い起こせば、あの子は元々不思議な子だった。生まれた時から少し何かが違ったのよね。
翠や流という歳の近い兄に囲まれても、どこか一人でいるのを好む静かな子で、いつもその瞳は遠い世界を見つめていた。
その遠い世界で見つけたのが、洋くんという子だったということになるのかしら。親戚に医者なんて一人もいないのに、突然医師になりたいと言い出した時は驚いたわ。
すぐに家を出て学校の寮に入り、医師にもストレートでなって、順調すぎて手がかからな過ぎて……自分が産んだ子なのに、理解できない部分があった。そんなあの子が突然、寺に美しい男の子を連れて舞い戻って来たと聞いた時は心底驚いた。
でも私はこうなることを知っていたような気がする。代々我が寺に伝わって来た夕凪の話……いよいよそれが成就する日が来たのだと心震えたわ。そして先日はとうとう私が幼い頃から向かいあってきた夕顔さんのお墓の隣に、その男の子の母も眠ることになったそう。
こんな不思議な話があるのかしら。おとぎ話のような不思議な出来事の連続。全ては繋がって、導かれていたのね。
「そうだわ。今日のお式って参列する人、もしかして全員男性なの?」
「ははは……またお前の関心はそこか」
「あら絶好のチャンスですもの!職業柄、血が騒ぐじゃない」
「頼むから大人しくしてくれよ。あ……いや、そういえば一人女性がいたな」
「あら?それはどなた?」
「洋くんの幼馴染の母親だと聞いているよ。洋くんの母親と親友だったそうだ」
「まぁ!そうなの!」
丈の相手の子には、両親がいないと聞いている。
写真で見た限り、美しく穢れを知らない品のよい顔立ちだったわ。でもきっとこの顔立ちのせいで数々の辛い目に遭ったのでは……そう心配するほどの美しい青年だった。
今日はそんな彼のために、両親に代わって彼のことを大事に思う人が集まって来るのね。そんな大事な子を預かることになる我が家……我が月影寺も気を引き締めて行かないと。
ふと前方を見ると、寺へ続く一本道を大きな荷物を重たそうに歩いている同年代の女性を見つけた。
「あなた停まって。きっとその女性よ」
****
やはりその女性は洋くんの親友の母親だったので、車に同乗してもらった。
「まぁ洋くんの相手の丈さんのお母さまなのね。本当に助かりました。荷物が思ったより重くて……それに私、事前にあなたにお会いしたかったので」
「ええ、私が丈の母親ですよ。今は事情があって普段は寺には住んでいませんが、全面的にサポートするつもりなのでご心配なく」
「良かったわ。ご理解のある方で……本当に」
「それにしても凄い荷物ね。一体何が?」
「あっこれ?少しのつもりが選び出したら止まらなくなってしまって。御存じかと思いますが洋くんにはもう両親がいなくて……だから本当に勝手ながら私が……花嫁道具っていうのかしら?洋くんの身の回りのものを整えてあげたくって」
「まぁそれでこの大荷物に」
「ええ、まぁ……洋くんは冬生まれなのに寒さに弱くてよく風邪をひくので、冬支度をと思って。コートにマフラー、手袋に……冬用のパジャマ……洋くんはなんでも似合いそうなので選び出したら止まらなくって。我が家にも息子がいるんですが、こんな繊細なものが到底似合わない体育会系男子でつまらなかったので」
「まぁ!分かるわ。我が家も男3人ですが、ちっとも可愛げがなくて!図体ばかり大きくて……洋服選びに気合いを入れたことなんて、一度もないもの」
「ふふっ分かってもらえます?それに引き換え洋くんはモデルさんみたいに綺麗で可愛くて、つい張り切ってしまったの」
「なるほど」
隣でクスクスと笑う無邪気なこの女性とは、気が合いそうだわ。なんだか同じ匂いがする。そう思ったらとても愉快で楽しい気持ちになっていた。
世間では一般的ではない、男性同士が共に歩む道。
現実には険しいことが、この先多々あることでしょう。
物語のようにはいかないでしょう。
でも彼らの周りにはこんなにも愛で溢れている。
それだけでも心強い。
きっと大丈夫。
我が息子なら、真っすぐに進むでしょう。
「まったくお前と来たら、丈の相手の子を一度も見ないで戸籍の件を了解するなんてな」
「あら?だってあなたはお会いしたんでしょう?それに翠や流も気に入っているなら間違いないわよ」
「まぁそれはそうだが……」
「しかし驚いたわ。あの子がねぇ」
私は丈の母親。
思い起こせば、あの子は元々不思議な子だった。生まれた時から少し何かが違ったのよね。
翠や流という歳の近い兄に囲まれても、どこか一人でいるのを好む静かな子で、いつもその瞳は遠い世界を見つめていた。
その遠い世界で見つけたのが、洋くんという子だったということになるのかしら。親戚に医者なんて一人もいないのに、突然医師になりたいと言い出した時は驚いたわ。
すぐに家を出て学校の寮に入り、医師にもストレートでなって、順調すぎて手がかからな過ぎて……自分が産んだ子なのに、理解できない部分があった。そんなあの子が突然、寺に美しい男の子を連れて舞い戻って来たと聞いた時は心底驚いた。
でも私はこうなることを知っていたような気がする。代々我が寺に伝わって来た夕凪の話……いよいよそれが成就する日が来たのだと心震えたわ。そして先日はとうとう私が幼い頃から向かいあってきた夕顔さんのお墓の隣に、その男の子の母も眠ることになったそう。
こんな不思議な話があるのかしら。おとぎ話のような不思議な出来事の連続。全ては繋がって、導かれていたのね。
「そうだわ。今日のお式って参列する人、もしかして全員男性なの?」
「ははは……またお前の関心はそこか」
「あら絶好のチャンスですもの!職業柄、血が騒ぐじゃない」
「頼むから大人しくしてくれよ。あ……いや、そういえば一人女性がいたな」
「あら?それはどなた?」
「洋くんの幼馴染の母親だと聞いているよ。洋くんの母親と親友だったそうだ」
「まぁ!そうなの!」
丈の相手の子には、両親がいないと聞いている。
写真で見た限り、美しく穢れを知らない品のよい顔立ちだったわ。でもきっとこの顔立ちのせいで数々の辛い目に遭ったのでは……そう心配するほどの美しい青年だった。
今日はそんな彼のために、両親に代わって彼のことを大事に思う人が集まって来るのね。そんな大事な子を預かることになる我が家……我が月影寺も気を引き締めて行かないと。
ふと前方を見ると、寺へ続く一本道を大きな荷物を重たそうに歩いている同年代の女性を見つけた。
「あなた停まって。きっとその女性よ」
****
やはりその女性は洋くんの親友の母親だったので、車に同乗してもらった。
「まぁ洋くんの相手の丈さんのお母さまなのね。本当に助かりました。荷物が思ったより重くて……それに私、事前にあなたにお会いしたかったので」
「ええ、私が丈の母親ですよ。今は事情があって普段は寺には住んでいませんが、全面的にサポートするつもりなのでご心配なく」
「良かったわ。ご理解のある方で……本当に」
「それにしても凄い荷物ね。一体何が?」
「あっこれ?少しのつもりが選び出したら止まらなくなってしまって。御存じかと思いますが洋くんにはもう両親がいなくて……だから本当に勝手ながら私が……花嫁道具っていうのかしら?洋くんの身の回りのものを整えてあげたくって」
「まぁそれでこの大荷物に」
「ええ、まぁ……洋くんは冬生まれなのに寒さに弱くてよく風邪をひくので、冬支度をと思って。コートにマフラー、手袋に……冬用のパジャマ……洋くんはなんでも似合いそうなので選び出したら止まらなくって。我が家にも息子がいるんですが、こんな繊細なものが到底似合わない体育会系男子でつまらなかったので」
「まぁ!分かるわ。我が家も男3人ですが、ちっとも可愛げがなくて!図体ばかり大きくて……洋服選びに気合いを入れたことなんて、一度もないもの」
「ふふっ分かってもらえます?それに引き換え洋くんはモデルさんみたいに綺麗で可愛くて、つい張り切ってしまったの」
「なるほど」
隣でクスクスと笑う無邪気なこの女性とは、気が合いそうだわ。なんだか同じ匂いがする。そう思ったらとても愉快で楽しい気持ちになっていた。
世間では一般的ではない、男性同士が共に歩む道。
現実には険しいことが、この先多々あることでしょう。
物語のようにはいかないでしょう。
でも彼らの周りにはこんなにも愛で溢れている。
それだけでも心強い。
きっと大丈夫。
我が息子なら、真っすぐに進むでしょう。
10
お気に入りに追加
445
あなたにおすすめの小説
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?


好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる