重なる月

志生帆 海

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第9章

花の咲く音 17

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「おい!お前は安志じゃないか」

 北鎌倉の駅で下車した途端、後ろから肩をポンッと叩かれた。聞き覚えのある馴れ馴れしい声に、振り返るとやっぱりKaiが立っていた。

「おー安志、久しぶりだなぁ、会いたかったよ」
「Kai!お前、わざわざソウルから来たのか」
「まぁな」

 その時Kaiの後ろに、誰か立っていることに気が付いた。

 あれ?どこかで見たことがあるぞ。あっこの人は、ソウルで洋と一緒に通訳をしていた人だ。でも何でここに?何故Kaiと一緒に来たんだろう?訝しげにKaiのことを見つめると、Kaiがしたり顔で快活に笑った。

「ははっ。この人のことが気になるか。こちらはだな俺の恋人の優也さんだ。よろしくな」
「えっ……こっ恋人って」

 唐突な告白だ。えっと……Kaiはゲイなのか?それで彼もってことか。

 それにしても何の迷いもなく言い放つのはKaiらしい。

「あっあの、はじめまして、でもないのですが、ソウルではお世話になりました。通訳をしている松本優也です。すいません、急にこんな……」

 頬を赤く染めて、俯きながらたどたどしく彼が口を開いた。

「優也さんってば、こいつにそんな堅苦しい挨拶は不要だよ」
「えっKaiくんそんな言い方は」

 大人しそうな彼は、ソウルで見た時よりもずっと明るい表情で艶めいていた。

 それにしてもこんなに綺麗な人だったろうか。清潔な香りのする彼を、Kaiが宝物のように大事にしている様子が微笑ましい。

 はーっ、まったく驚いた。一体いつの間に、Kaiの奴。

「で、お前はひとりか」
「いや、もう先に行っている」
「へぇ。やっぱりいい人がいるんだな。あとで紹介しろよ」
「ふんっ、驚くなよ」

 俺達は三人で北鎌倉の「月影寺」へ向かった。
 初夏の薫風が駆け抜ける坂道を、一歩一歩昇っていく。

 爽やかなそれでいて厳かな1日の始まりだ。

 幼馴染で初恋の相手だった洋。
 君の新しい門出を祝う日だから。
 ちゃんと見届けてやりたい。

 その気持ちで満ちていた。

****

 花の香りが部屋にふわっと漂った。
 白き花は清らかな香りを放っていた。

「涼、ありがとう、凄く綺麗だね」
「洋兄さん、これを取ろうとして岩場から滑り落ちたんだってね。全くドンくさいんだからっ」
「え……ドンくさいって、涼……」

 いきなりそんなことを、十歳も年下の涼に言われて苦笑してしまった。

「だって、前も川で溺れそうになったし」
「川って、あ……確かに」

 そうだ。あれは父の墓参りをした時に無性に丈が恋しくなって……二人で分かち合った月輪のネックレスに触れた時に、そこに付けていた水色のリボンが風で川の岩場に飛ばされて。取ろうと川に入ったのはいいが、慣れない俺は足を取られて溺れそうになったんだ。

(重なる月 323話『贈り物16』のエピソードより)

「そうだ!洋兄さん、あの時のリボン持っている?あの水色の」
「ああ、もちろん」
「ちょっと借りてもいい?」
「うん?どうぞ」

 机の引き出しから大事にしまっていたリボンを取り出した。前は月輪のネックレスに取り付けていたのだが、あのネックレスはアメリカで粉々になってしまったのだ。

「ありがとう。ここに結んだらいいと思って、ほらっ綺麗だよ」

 涼が手慣れた感じで、白い花をリボンで束ねてくれた。差し出された花も綺麗だったが、涼の抜けるような笑顔はもっと綺麗だった。白い花も涼の笑顔に合わせて可憐に揺れていた。

「涼に似合うよ。その花がとても似合う。涼……あとでもらってくれるか」
「え?いいの…」
「うん、そのリボンも君にあげる」
「……洋兄さん」

 俺達には今日から両親が残してくれた指輪があるから。サイズも無事に直せたし、丈とも話あって、指輪をそのまま引き継ぐことにしたんだ。

 安志と涼。君たちの道は、この先まだ険しいかもしれない。
 でも願わずにはいられない。
 心の底から愛し合っているのなら、性別なんて関係なしに結ばれて欲しい。

 なにかひとつ古いもの、なにかひとつ新しいもの(Something old.something new.)
 なにかひとつ借りたもの、なにかひとつ青いもの(something borrowed.something blue.)

 アメリカの船上でもらった言葉が響いていた。
 厳かな鐘のように、静かに……それでいて力強く。
 目には見えない幸せな気持ちを、こうやって伝えていきたい。



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