587 / 1,657
第9章
花の咲く音 16
しおりを挟む
「流さんっ、いつからそこに?」
「んっ?今来たところだよ。何かまずいことでも?」
「いっいえ」
「しかし丈も洋くんも石鹸の匂いプンプンさせて、どんだけどこを洗ったんだか。ははっ」
流さんはわざと丈の体に顔を近づけて、くんくんと嗅ぐような仕草をした。
「流兄さんっ!いい加減にしてくださいよ。洋後でな。早く着付けしてもらえ」
「あっうん」
丈はかなり決まり悪そうな顔で、ぶっきらぼうに出て行った。それもそうだろう、実の兄だもんな。いやいや残された俺の方もかなり気まずい。全く好きなように抱いて、放りだすんだから。丈は大胆な癖に、結構恥ずかしがりやな面があることに、最近気が付いた。
「さてと、邪魔ものは消えたことだし、洋くんと二人きりだな」
「えっ」
「ははっ、それよりさっきは心配したよ。丈がびしょ濡れの君を抱きかかえて戻って来た時には。裏山には行くなって警告しただろう。あそこの岩場は滑りやすいんだよ」
「……ごめんなさい」
「でも何もなくて良かったよ。さぁ着付けしてやるから、これを着て」
最初に長襦袢を手渡された。俺はまったく着物に対する知識なんてないので従うだけだ。肌襦袢の上に、長襦袢を着て、足袋を履いていく。
「うん、いいね。じゃあ、次はこの着物に袖を通して」
「はい」
「そうそう、背縫い部分を中心に合わせるのと、衿元をしっかりと身体に沿わせることがポイントだよ」
手際よく着付けられ、きゅっと腰紐を結ばれる。それから帯も結んでもらった。
「う、きつい」
「ははっ着慣れない?洋くんは着物をあまり着たことないのか」
「着物なんて、きっと七五三の時以来ですよ」
「ははっ五歳の洋くんかぁ、さぞかし愛くるしかったことだろうな」
「記憶にないですよ。ほとんど」
「さてと、やっぱり君にはこんな淡い色が似合うな。ほら出来上がり」
本当にわずかな記憶しか残っていない。五歳の俺の記憶なんて、写真を見てやっと思い出す程度だ。それでも母に手を引かれて、千歳飴を持って立っている写真を見たことがある。
撮ったのは実父だろう。愛情の籠ったその写真は、幸せ色に褪せていた。
着物を着ると、いよいよ今日なんだという緊張感が走った。
「さぁ鏡を見て」
導かれるように鏡の前に立たされると、そこには着物姿の俺が映っていた。本当に控えめにそれでいて凛とした佇まいで描かれた白き花は、夕凪からの贈り物だ。
夕凪と俺がふっと重なるようなそんな不思議な雰囲気が、鏡の中には広がっていた。
夕凪はあれからどうしたのだろう?
夕凪を助けたのは誰なのだろう。
君は確かに助かり、この着物と手紙を俺に残してくれた。
それならば……君もちゃんと幸せになったのだろうか。
「よく似合っているよ。丈の黒羽二重姿と並んだら、本当に夫婦みたいだ」
「夫婦って、男同士なのに」
「まぁね。でもそれくらいしっくり来るよ」
「ありがとうございます」
****
着物を着つけてもらい母屋に戻るや否や、涼が一目散に駆けつけてくれた。
「洋兄さん!もう大丈夫なの?本当に心配したんだよっ」
そう言いながら子犬のように、俺に飛びついて来た。
「涼、ごめんな」
「洋兄さん、ほらっこれ!」
そしてとびっきりに甘い笑顔と共に、後ろ手に隠していたものを、ぱっと眼前に見せられた。
「あっこれは!」
それはあの白い花だった。滝の上の岩場を駆け上がるように咲いていた白き花。夜空に輝く星のように凛とした六枚の乳白色の花弁を持つオーニソガラムだ。
俺の誕生花。
「洋兄さん、今日はおめでとう!」
涼から渡された白い花はブーケのように束ねられていた。本当に小さな星たちが集まるような可憐な花だ。
こうやって幸せはどこまでも重なっていく。
俺のために皆が集まり、皆が祝ってくれる。
今日はハレの日だ。
それを実感した瞬間だった。
「んっ?今来たところだよ。何かまずいことでも?」
「いっいえ」
「しかし丈も洋くんも石鹸の匂いプンプンさせて、どんだけどこを洗ったんだか。ははっ」
流さんはわざと丈の体に顔を近づけて、くんくんと嗅ぐような仕草をした。
「流兄さんっ!いい加減にしてくださいよ。洋後でな。早く着付けしてもらえ」
「あっうん」
丈はかなり決まり悪そうな顔で、ぶっきらぼうに出て行った。それもそうだろう、実の兄だもんな。いやいや残された俺の方もかなり気まずい。全く好きなように抱いて、放りだすんだから。丈は大胆な癖に、結構恥ずかしがりやな面があることに、最近気が付いた。
「さてと、邪魔ものは消えたことだし、洋くんと二人きりだな」
「えっ」
「ははっ、それよりさっきは心配したよ。丈がびしょ濡れの君を抱きかかえて戻って来た時には。裏山には行くなって警告しただろう。あそこの岩場は滑りやすいんだよ」
「……ごめんなさい」
「でも何もなくて良かったよ。さぁ着付けしてやるから、これを着て」
最初に長襦袢を手渡された。俺はまったく着物に対する知識なんてないので従うだけだ。肌襦袢の上に、長襦袢を着て、足袋を履いていく。
「うん、いいね。じゃあ、次はこの着物に袖を通して」
「はい」
「そうそう、背縫い部分を中心に合わせるのと、衿元をしっかりと身体に沿わせることがポイントだよ」
手際よく着付けられ、きゅっと腰紐を結ばれる。それから帯も結んでもらった。
「う、きつい」
「ははっ着慣れない?洋くんは着物をあまり着たことないのか」
「着物なんて、きっと七五三の時以来ですよ」
「ははっ五歳の洋くんかぁ、さぞかし愛くるしかったことだろうな」
「記憶にないですよ。ほとんど」
「さてと、やっぱり君にはこんな淡い色が似合うな。ほら出来上がり」
本当にわずかな記憶しか残っていない。五歳の俺の記憶なんて、写真を見てやっと思い出す程度だ。それでも母に手を引かれて、千歳飴を持って立っている写真を見たことがある。
撮ったのは実父だろう。愛情の籠ったその写真は、幸せ色に褪せていた。
着物を着ると、いよいよ今日なんだという緊張感が走った。
「さぁ鏡を見て」
導かれるように鏡の前に立たされると、そこには着物姿の俺が映っていた。本当に控えめにそれでいて凛とした佇まいで描かれた白き花は、夕凪からの贈り物だ。
夕凪と俺がふっと重なるようなそんな不思議な雰囲気が、鏡の中には広がっていた。
夕凪はあれからどうしたのだろう?
夕凪を助けたのは誰なのだろう。
君は確かに助かり、この着物と手紙を俺に残してくれた。
それならば……君もちゃんと幸せになったのだろうか。
「よく似合っているよ。丈の黒羽二重姿と並んだら、本当に夫婦みたいだ」
「夫婦って、男同士なのに」
「まぁね。でもそれくらいしっくり来るよ」
「ありがとうございます」
****
着物を着つけてもらい母屋に戻るや否や、涼が一目散に駆けつけてくれた。
「洋兄さん!もう大丈夫なの?本当に心配したんだよっ」
そう言いながら子犬のように、俺に飛びついて来た。
「涼、ごめんな」
「洋兄さん、ほらっこれ!」
そしてとびっきりに甘い笑顔と共に、後ろ手に隠していたものを、ぱっと眼前に見せられた。
「あっこれは!」
それはあの白い花だった。滝の上の岩場を駆け上がるように咲いていた白き花。夜空に輝く星のように凛とした六枚の乳白色の花弁を持つオーニソガラムだ。
俺の誕生花。
「洋兄さん、今日はおめでとう!」
涼から渡された白い花はブーケのように束ねられていた。本当に小さな星たちが集まるような可憐な花だ。
こうやって幸せはどこまでも重なっていく。
俺のために皆が集まり、皆が祝ってくれる。
今日はハレの日だ。
それを実感した瞬間だった。
10
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる