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第9章
花の咲く音 11
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まだ夜が明けきらない暁の時だ。興奮してなかなか寝付けず、結局誰よりも早く薄暗い部屋で目覚めてしまった。
丈は隣の布団でよく眠っている。涼もまだぐっすりと眠っているので、起こさないようにそっと布団を抜け出した。
障子を少しだけずらして、次第に明けていく曙の空を仰ぎ見た。そしてその先の緑のにおいが濃く立ち込める深い森を見つめていると、昨夜のことを思い出してしまう。
丈が見せてくれた深い涙のことを……
ずっと胸の奥に抱えていた濃く悲しい涙だった。
丈が俺にあそこまで弱い面をさらけ出してくれたのは、初めてだった。
当時の俺は自分の辛さを抱えるので精一杯で、周りの人の気持ちなんて、これっぽっちも気がつけていなかった。そのことに改めて昨夜は気が付かされた。
いつだって俺はこうだ。
ずっと独りよがりだった。
今までも知らず知らずのうちに、こうやって周りの人を傷つけて来たのだ。
俺はずっと守られていた。
ずっと一人じゃなかった。
そのことに、なかなか気がつけなかった。
でも過去のことへの後悔だけでは、少しも先へは進めない。
後悔から生まれるのは、後悔だけだった。
どうしたらいい。この先どうしたら……
今の自分に出来ることは、これから先のことだけだ。
俺に出来ることは、今日からの未来を悔いのないように生きること。
今まで貰った分を、今度は返していきたい。
今日皆に集まってもらう理由は……その覚悟を見て欲しいから。そして皆の幸せを願いたいから。
ふと衣紋掛けの着物が目に入った。
これは今日俺が着るものだ。
夕凪の描いた想いがこめられた美しい絵柄の白き花。そういえばこの花が咲いていたと流さんが話していたな。この目で見てみたい。そして今日来てくれる俺の大切な人たちに、この花を贈りたい。
自分がこんなロマンティックなことを思いつくなんてとどうしたのだろうと不思議に思いながらも、俺はそっと部屋を抜け出て庭に繰り出した。
****
深き寺の庭。
見上げる空には、雲一つない。
本当に今日は良く晴れている。
こんな風に俺は以前空を見上げたことがある?
もどかしいような過去の記憶が過った。
何か音がするな。
遠くから微かに聴こえる水音に誘われ、まだ足を踏み入れていない竹林の奥へと足を延ばしてみた。足元に生い茂る野草を掻き分け、鬱陶しい程の笹の葉を払ったその先には小さな滝があった。
なるほど、水音はこれだったのか。
その時、視界に入ったのは滝の上の岩場を駆け上がるように咲く白き花。夜空に輝く星のように凛とした六枚の乳白色の花弁は、丈がネットで調べてくれたあの花だ。オーニソガラム。俺の誕生花。
この花だ!夕顔が描いたのは確かにこの花だ。
では夕凪も、ここでこの花を見たのだろうか。
夕凪の足取りを確かに感じた。
俺も手に取ってみたい。
それ以外のことは、もう何も考えられなかった。
何かにとりつかれたように、俺は岩場へ向かい道なき道を歩み出していた。
岩場の上から見上げると、思ったより高さがあったが、手を伸ばせば生い茂る花を掴めそうだった。
そっと手を伸ばしてみる。
しかしもう少しで届きそうなのに、あと少しの距離で空を掴んでしまう。
あと少しだけ。
もう少しだけ。
****
物語は「夕凪の空 京の香り」とどんどんリンクしていきます。
丈は隣の布団でよく眠っている。涼もまだぐっすりと眠っているので、起こさないようにそっと布団を抜け出した。
障子を少しだけずらして、次第に明けていく曙の空を仰ぎ見た。そしてその先の緑のにおいが濃く立ち込める深い森を見つめていると、昨夜のことを思い出してしまう。
丈が見せてくれた深い涙のことを……
ずっと胸の奥に抱えていた濃く悲しい涙だった。
丈が俺にあそこまで弱い面をさらけ出してくれたのは、初めてだった。
当時の俺は自分の辛さを抱えるので精一杯で、周りの人の気持ちなんて、これっぽっちも気がつけていなかった。そのことに改めて昨夜は気が付かされた。
いつだって俺はこうだ。
ずっと独りよがりだった。
今までも知らず知らずのうちに、こうやって周りの人を傷つけて来たのだ。
俺はずっと守られていた。
ずっと一人じゃなかった。
そのことに、なかなか気がつけなかった。
でも過去のことへの後悔だけでは、少しも先へは進めない。
後悔から生まれるのは、後悔だけだった。
どうしたらいい。この先どうしたら……
今の自分に出来ることは、これから先のことだけだ。
俺に出来ることは、今日からの未来を悔いのないように生きること。
今まで貰った分を、今度は返していきたい。
今日皆に集まってもらう理由は……その覚悟を見て欲しいから。そして皆の幸せを願いたいから。
ふと衣紋掛けの着物が目に入った。
これは今日俺が着るものだ。
夕凪の描いた想いがこめられた美しい絵柄の白き花。そういえばこの花が咲いていたと流さんが話していたな。この目で見てみたい。そして今日来てくれる俺の大切な人たちに、この花を贈りたい。
自分がこんなロマンティックなことを思いつくなんてとどうしたのだろうと不思議に思いながらも、俺はそっと部屋を抜け出て庭に繰り出した。
****
深き寺の庭。
見上げる空には、雲一つない。
本当に今日は良く晴れている。
こんな風に俺は以前空を見上げたことがある?
もどかしいような過去の記憶が過った。
何か音がするな。
遠くから微かに聴こえる水音に誘われ、まだ足を踏み入れていない竹林の奥へと足を延ばしてみた。足元に生い茂る野草を掻き分け、鬱陶しい程の笹の葉を払ったその先には小さな滝があった。
なるほど、水音はこれだったのか。
その時、視界に入ったのは滝の上の岩場を駆け上がるように咲く白き花。夜空に輝く星のように凛とした六枚の乳白色の花弁は、丈がネットで調べてくれたあの花だ。オーニソガラム。俺の誕生花。
この花だ!夕顔が描いたのは確かにこの花だ。
では夕凪も、ここでこの花を見たのだろうか。
夕凪の足取りを確かに感じた。
俺も手に取ってみたい。
それ以外のことは、もう何も考えられなかった。
何かにとりつかれたように、俺は岩場へ向かい道なき道を歩み出していた。
岩場の上から見上げると、思ったより高さがあったが、手を伸ばせば生い茂る花を掴めそうだった。
そっと手を伸ばしてみる。
しかしもう少しで届きそうなのに、あと少しの距離で空を掴んでしまう。
あと少しだけ。
もう少しだけ。
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物語は「夕凪の空 京の香り」とどんどんリンクしていきます。
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