重なる月

志生帆 海

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第9章

花の咲く音 4

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 リフォーム工事にあたり部屋の片づけをしていると、流さんに声をかけられた。

「洋くん、買い出しに行くの手伝ってくれる?」
「あっはい!」

 鎌倉の大きなスーパーまで、車で買い出しに行った。ポンポンと選んだものをカートに入れてスタスタと歩く流さんの慣れた手つきに、呆気にとられてしまう。この人は本当にすごい。

「明日はローストビーフを焼こうと思ってね、さぁ次は肉売り場だ」
「すごい!そんなものまで作れるんですか」
「ははは、まぁ作れないものなんて、ほとんどないな」
「そうだ。あの……聞いてもいいですか」
「ん?」
「丈のお母さんって明日は来られますか」
「あぁ来るよ。もしかして心配?」
「ええ……それはまぁ」
「そっか、そういえばまだ会ってないもんな。でも心配するなよ。ちょっと変わりもんだけど、仲いいんだぜ。父さんなんて寺の住職の仕事はもう翠兄さんにまかせっきりで、ほとんど母さんと別荘に入り浸っているしな」
「そうなんですね。それを聞いてほっとしました。あの……前に具合が悪いって聞いていたのですが」
「あぁまぁ北鎌倉の古寺の湿気が肌に合わないとかなんとか言い訳つけているが、本当は元気なんだぜ」
「そうなんですね!よかった」

 流さんの返事にほっとした。きっと理解がある人なのだろう。俺に会わずに養子になることを認めてくれるなんて。

「実はね、ちょっとした作家なんだよ。母は」
「ええっ?」

 驚いた、そんな話は丈からは一言も聞いてない。

「驚いたか。だからいつも別荘に籠って執筆中ってわけさ。まぁいろんな意味で理解があるいい人だよ。俺にすべての家事を任せなければなっ!ははっ」
「はぁ」
「明日は流石に父と一緒に来るらしいぞ、楽しみだな!」
「あっはい。それは…すごく緊張します」
「大丈夫。母は洋くんみたいな華奢で可憐な息子が欲しかったって喜んでいたぞ。俺達三兄弟は図体ばかりでかくて、可愛げないだろ?あっでも翠兄さんは別だぞ!」
「はは……」

 確かに翠さんは透明感のある凛とした雰囲気を持っていて静かで美しい人だが、流さんときたら、豪快で快活で、それでいてとても頼もしい。

 そして丈は、俺を抱く。

 なんだかおかしくなって、思い出し笑いをしてしまった。

「洋くん、良かったな」
「えっ」
「ここに来た時よりも、ずっと明るくなった」
「そうですか」
「そうだよ。君はもっと明るく笑った方がいいよ。今まで出来なかった分これからはさ。明日からは俺の弟としてもよろしくな。可愛がりまくるぞ!」
「ええ!?」
「風呂も一緒に入ろう?なっ」
「なっ何言ってるんですか」
「男同士だろ~なぁ温泉にも行こうぜ、家族旅行ってやつだ!家族風呂も楽しもうな」
「はは……」

 今日は流さんといろんな話が出来た。知らなかったこと、知りたかったこと。どれも興味深い話だった。そして明るくなったと言われたことが一番嬉しかった。

 今の俺がそう見えるのなら、こんなに嬉しいことはない。
 明日へ続く未来は、なんと明るいのだろう。

 その未来を創っていくのは、結局は自分の気持ち次第なんだと改めて思った。

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