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第9章
花の咲く音 1
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月影寺の古い庭。
まだ夜が明けてすぐの淡い朝もやのかかる時間帯。
俺は一人庭に出て夜露に濡れた草が足元を濡らす中、真っすぐ歩いていた。白い塗り壁の小さな扉の向こうへ行きたくて。
そう……そこにあるのは母の墓。そしてその隣には夕顔さんの墓が並んでいる。数日前、丈のお父さんが率先して行ってくれた改装が無事に終わり、母の墓がこの月影寺にやってきた。更に、丘の上の父の墓も一緒にこちらへ移していただいた。
父の墓まで考えていなかったのに、本当に有難いことだ。あのまま、の丘の上でも良かったのに、俺が毎日でも会えるようにという優しい計らいだった。
改めてこの寺の墓地に、二人の墓石が並んでいる様子に胸を打たれる。
父さん母さん……おはよう。俺はいよいよ明日、この家の……張矢家の籍に入るよ。父さんや母さんが俺に望んだ人生ではなかったかもしれないが、不思議なんだ。こんな人生を送るとは思ってもみなかったのに、この青空のように何処までも心が澄んでいる。
「おはよう」
穏かな明るい声がしてたので振り返ると、流さんが立っていた。
「あっ!おはようございます」
「ふーん、やっぱりここか」
「はい。なんだかまだ信じられなくて、ここに両親の墓があるってことが」
「そうか……そうだな。でも良かったな。明日の準備は出来た?」
「準備っていっても……俺は男だし、何もすることなんてないですよ」
「そんなつまらないこというなって。俺たちも身内で初めての結婚式だから、張り切っているんだよ」
「結婚式って、そんなんじゃなくて」
恥ずかしくなる。
最初は丈と暮らしていくにあたりパートナー契約を結ぼうと思っていて、入籍なんて関係ないと思っていた。なのに丈がそれでは気が済まないらしく、法律上、俺ときちんと関係を結び、俺にも同じ姓を名乗って欲しいと言ってきた。
それから最初は丈と養子縁組をして、丈の籍に入ること、つまり戸籍上は親子になることを予定していたが、丈のお父さんやお兄さんたちの希望で、俺は丈の両親と養子縁組をすることになった。つまり戸籍上丈とは兄弟扱いになるのだ。
もしも今後日本で同性婚が認められた場合、丈のお父さんの養子になっていた方が、離縁をしてもしなくても、同性婚が認められれば正式に結婚ができて、丈の養子になった場合、離縁に関係なく、結婚は認められない可能性があるということからの配慮もあった。
日本の現状の法律では、養子縁組により親子関係になると、たとえ離縁をして他人になったとしても、結婚はできないというルールがあるなんて、丈のお父さんに指摘されなかったら知らなかった。まぁいつになるか分からない法律だが……そんな細かいことまで弁護士さんに聞いて調べてくれた気持ちが嬉しかった。
「でも皆、明日のために来てくれるんだろう?洋くんの大切な人たちが」
「ええ、安志と涼、Kaiと松本さん、陸さんと空さんも……皆、集まってくれるそうです」
「それに俺達も加わると賑やかだな。大宴会が出来そうだ。ははっそうだ、あの着物が仕立て上がっているから、試着してみてくれないか」
「あっはい!」
「じゃあ、おいで」
足早に草むらを踏み分けて歩む流さんを追いかけるように、今来た道を戻っていく。
「洋……」
ふとそう呼ばれた気がして振り返ると、両親が見守ってくれるような温かい視線を感じた。もうとうの昔に亡くなっていて、そこには二人の墓しかないのに……とても不思議な気持ちだった。
洋……
幸せになれ。
幸せになってね。
私たちは、ただそれだけをずっと願っているわ。
ごめんな。幼いお前を残して先に逝って……
ごめんなさい。洋に私が残したものがあなたを苦しめることになるなんて……許して。
両親のそんな声が聞こえたような気がした。
「どうした、洋くん?」
「すいません、今行きます」
小さく頷いて、俺は小走りで流さんの後を追った。
明日のこと……流さんの言う通り結婚式と呼んでもいいかもしれない。両親の声に励まされ、そんな前向きで明るい気持ちになっていた。
俺にとって人生の節目となる日は、もう明日だ!
まだ夜が明けてすぐの淡い朝もやのかかる時間帯。
俺は一人庭に出て夜露に濡れた草が足元を濡らす中、真っすぐ歩いていた。白い塗り壁の小さな扉の向こうへ行きたくて。
そう……そこにあるのは母の墓。そしてその隣には夕顔さんの墓が並んでいる。数日前、丈のお父さんが率先して行ってくれた改装が無事に終わり、母の墓がこの月影寺にやってきた。更に、丘の上の父の墓も一緒にこちらへ移していただいた。
父の墓まで考えていなかったのに、本当に有難いことだ。あのまま、の丘の上でも良かったのに、俺が毎日でも会えるようにという優しい計らいだった。
改めてこの寺の墓地に、二人の墓石が並んでいる様子に胸を打たれる。
父さん母さん……おはよう。俺はいよいよ明日、この家の……張矢家の籍に入るよ。父さんや母さんが俺に望んだ人生ではなかったかもしれないが、不思議なんだ。こんな人生を送るとは思ってもみなかったのに、この青空のように何処までも心が澄んでいる。
「おはよう」
穏かな明るい声がしてたので振り返ると、流さんが立っていた。
「あっ!おはようございます」
「ふーん、やっぱりここか」
「はい。なんだかまだ信じられなくて、ここに両親の墓があるってことが」
「そうか……そうだな。でも良かったな。明日の準備は出来た?」
「準備っていっても……俺は男だし、何もすることなんてないですよ」
「そんなつまらないこというなって。俺たちも身内で初めての結婚式だから、張り切っているんだよ」
「結婚式って、そんなんじゃなくて」
恥ずかしくなる。
最初は丈と暮らしていくにあたりパートナー契約を結ぼうと思っていて、入籍なんて関係ないと思っていた。なのに丈がそれでは気が済まないらしく、法律上、俺ときちんと関係を結び、俺にも同じ姓を名乗って欲しいと言ってきた。
それから最初は丈と養子縁組をして、丈の籍に入ること、つまり戸籍上は親子になることを予定していたが、丈のお父さんやお兄さんたちの希望で、俺は丈の両親と養子縁組をすることになった。つまり戸籍上丈とは兄弟扱いになるのだ。
もしも今後日本で同性婚が認められた場合、丈のお父さんの養子になっていた方が、離縁をしてもしなくても、同性婚が認められれば正式に結婚ができて、丈の養子になった場合、離縁に関係なく、結婚は認められない可能性があるということからの配慮もあった。
日本の現状の法律では、養子縁組により親子関係になると、たとえ離縁をして他人になったとしても、結婚はできないというルールがあるなんて、丈のお父さんに指摘されなかったら知らなかった。まぁいつになるか分からない法律だが……そんな細かいことまで弁護士さんに聞いて調べてくれた気持ちが嬉しかった。
「でも皆、明日のために来てくれるんだろう?洋くんの大切な人たちが」
「ええ、安志と涼、Kaiと松本さん、陸さんと空さんも……皆、集まってくれるそうです」
「それに俺達も加わると賑やかだな。大宴会が出来そうだ。ははっそうだ、あの着物が仕立て上がっているから、試着してみてくれないか」
「あっはい!」
「じゃあ、おいで」
足早に草むらを踏み分けて歩む流さんを追いかけるように、今来た道を戻っていく。
「洋……」
ふとそう呼ばれた気がして振り返ると、両親が見守ってくれるような温かい視線を感じた。もうとうの昔に亡くなっていて、そこには二人の墓しかないのに……とても不思議な気持ちだった。
洋……
幸せになれ。
幸せになってね。
私たちは、ただそれだけをずっと願っているわ。
ごめんな。幼いお前を残して先に逝って……
ごめんなさい。洋に私が残したものがあなたを苦しめることになるなんて……許して。
両親のそんな声が聞こえたような気がした。
「どうした、洋くん?」
「すいません、今行きます」
小さく頷いて、俺は小走りで流さんの後を追った。
明日のこと……流さんの言う通り結婚式と呼んでもいいかもしれない。両親の声に励まされ、そんな前向きで明るい気持ちになっていた。
俺にとって人生の節目となる日は、もう明日だ!
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