重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
569 / 1,657
第9章

一心に 4

しおりを挟む
本日の更新は『深海』共に歩む道13の続きになります。

****

 洋の言う通りに駅の改札を出て右手に駐車場の表示があったので、駆けつけた。

「優也さんっどこだ!どこにいる?」

 駐車場には車もまばらで、まだ避暑シーズン前らしく閑散としていた。
だが辺りを見回しても優也さんらしき姿は見当たらない。本当にここで合っているのか…

 ちょうど自販機の横に古びたベンチがあり、そこにキラッと車のライトを受けるたびに光るものを見つけたので近寄ってみた。

「これは!」

 それはいつも優也さんが持っていたマホガニーの木材で出来たボールペンだった。これはホワイトデーに俺があげたものなんだ。これを忘れるなんて余程のことだ。

 不安が一気に胸を駆け上っていく。

 やっぱり優也さんはここに来たんだ。洋の言った通りだ。でもどこへ?車に乗って行かれたんじゃ探しようがない。八方塞がりで立ち尽くしていると、後ろからぽんぽんと肩を叩かれた。

「Kaiごめん。優也さんはいたか」
「洋っ一体どういうことだ?さっき話していたトーヤカケルって誰だ?優也さんの何だよ?正直に話せよっ」

 息を切らして駆けつけてくれた洋に、焦りのあまり詰め寄ってしまった。

「ハァハァ……あっうん、その…」

 少し言い難そうに言葉を詰まらせた様子からして……もしかして優也さんを日本で傷つけた奴なのかと思った。優也さんは何かに破れて日本を離れたというのは察していたんだ。

「まさかトーヤカケルという人は優也さんの」

 そこまで言いかけた時、洋が俺とは全く違う方向を見て大きな声をあげた。

「東谷さん!」

 振り返ると、すぐ横の車寄せに一台のタクシーが停まり、中から長身の男が降りて来た。

「あ……君は!」

 彼も洋のことを見て、声を詰まらせた。成程この男がトーヤカケルという人物なのか。

「松本さんは……松本さんはどこなんですか。あなたが連れて行ったんじゃ」

 暗がりで分からなかったが、男性の頬には血が流れた痕があった。それを見た途端、かっとなってしまった。

「おいっ!一体何があったんだよ!優也さんはどこだ?」

 初対面の相手なのに、胸ぐらをつかもうとしてしまった。

「わっ殴るなっ!手は……最後までは出してない」
「最後ってどういう意味だよ!一体どこに?」
「ちょっと待てって。あんた優也の何?友達?まさか恋人?」

 少し疑るような目で見られた。
 こんな時に嘘なんかついてもしょうがない。俺は俺だ。

「俺は優也さんの恋人で、こっちは友人」
「はっそっか、優也の新しい恋人って君か。そして君は友人だって?」
「何が可笑しい?」

「あっ悪かった。そうじゃないんだ。道理で優也の雰囲気が随分変わったと思った。日本にいた頃は友達なんかいなくて、いつも一人でいたのに……こんな所まで駆けつけてくれる友達と恋人か。そっか……そういうことか」

「そうだよ!優也さんが心配でここまで駆けつけた!なんか文句あるか」

「俺が捨てた優也はもういないだな。ひとりぼっちでずっと泣いていると思っていたのに。いつのまにこんなにいろんなに魅力的な人たちに出逢って、これじゃ立場が逆だな」

「何言ってるんだ?優也さんは最初から魅力的だった。俺の心にずっと住んでいる!」

 大きな声でそう叫ぶと、トーヤカケルは一瞬ぽかんとした顔をした。

「はぁ……熱いな。俺の負けだな……優也は乗馬倶楽部の入り口にいる」

 洋がピンと来たような表情で俺の腕を引っ張った。

「Kaiもう行こう、場所は俺が知っているから」
「あっ待てよ!」

 行こうとする俺達をトーヤカケルが呼び止めた。

「なんだよ?この後に及んでさ」
「あっその……くそっこんなこと言いなれてないのにな……」

 ぼやくように呟きながら、俺達に向かって頭をすっと下げた。

「なっなんだよ?急に」

「優也のことよろしくお願いします。あいつ結構寂しがり屋だから、大事にしてやって欲しい。俺の元恋人なんだ。もう今は違う人生を歩んでいるけど……俺が酷い捨て方してしまったんだ」

 あまりに丁寧な口調でお辞儀までされたので、拍子抜けしてしまった。

「あ……うん、優也さんのことはちゃんと受け取った。俺は真剣だ。一生大事にするつもりだ」
「そうか、それを聞けてよかった。もうすっぱり諦めたよ」

 そう肩を竦めながら呟き、手を軽くあげ振り……背を向けてトーヤカケルという男は、とぼとぼと去って行った。

「Kai急ごう。松本さんを一人にしておけない。きっと待ってるよ、Kaiのこと!」
 

 洋が力強く俺の腕をぐいぐい引っ張る。
 
 不思議な気分だ。

 いつも守ってやった洋が今は俺を誘導してくれている。とても力強い手を持つようになったな。

 洋……君の幸せは……君をこんなにも強くしなやかにしたんだな。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話

六剣
恋愛
社会人の鳳健吾(おおとりけんご)と高校生の鮫島凛香(さめじまりんか)はアパートのお隣同士だった。 兄貴気質であるケンゴはシングルマザーで常に働きに出ているリンカの母親に代わってよく彼女の面倒を見ていた。 リンカが中学生になった頃、ケンゴは海外に転勤してしまい、三年の月日が流れる。 三年ぶりに日本のアパートに戻って来たケンゴに対してリンカは、 「なんだ。帰ってきたんだ」 と、嫌悪な様子で接するのだった。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...