重なる月

志生帆 海

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第9章

一心に 3

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『深海 shin-kai』共に歩む道12の対になる話です。

****
 
 改札は目の前だ。

 だが「優也さん!」と呼びかけ走り出して抱きしめる相手は、そこにはいなかった。 辺りを見回しても優也さんの姿はない。確かにさっきメールには「軽井沢駅の新幹線の改札で待っている」と書いてあったのに。

  冷や汗が流れた。
  嫌な予感が立ち込める。

  途端に洋からの先ほどのメールが意味を帯びて来る。

  いや、ちょっと外しているだけかもしれない。でも暫く待っても戻ってこない。俺がこの新幹線で到着することは知っているはずなのに、一体何故だ?

 はっと気が付いて、慌てて洋に連絡をした。
……
優也さんの姿が見えない、どうしたらいい?
……

 ホテルの仕事のように対処できないことが、もどかしい。ここは日本で俺はまだ優也さんのことをほんの少ししか知らない。

 どうしたんだよ。
 何処に行ったんだよ。

****

 嫌な予感がする。とても嫌な予感だ。どうしてこんなに胸がざわつくのか。すると祈るように握りしめていたスマホが小さく震えた。

 あぁやはり……

 Kaiからのメールには優也さんの姿が見えないと書いてあった。やはりあの隣のホームを出発する新幹線の中に見かけた男性、あれは東谷さんだったのか。

 東谷さんと松本さんは恋人同士だった。それもかなり濃密な。それが東谷さんの結婚を機に破局した。傷心の松本さんは単身でソウルにやってきた。だが今になって東谷さんは松本さんを求めている。

 俺の推測が正しければ、そういうことだろう。

 追い詰められた目をしていた。何をするか分からない。せっかく松本さんはソウルで長い時間かけて辛い恋を忘れ、今Kaiと新しい恋をスタートさせたばかりなんだ。邪魔されたくない。邪魔させない。

 俺がされたようなこと……無理やり何かが起きてからでは遅いんだ。松本さんの羽を無残に折らせるわけにはいかない。Kaiの元に飛べなくなってしまう!

 軽井沢駅まで後二十分……その二十分が命取りになってしまいそうで怖い。過去の数々の経験が、俺に危険信号を鳴らしはじめていた。まるでわが身に起きることかのような臨場感を感じ慄いた。

 これは一体……あぁもう間に合わないかもしれない。どうしたらいい。俺は席を立ち乗降口に出てから、Kaiに電話をした。

「もしもしKai」
「洋か、優也さんはどこに消えたんだ?俺を待ってるって、楽しみにしてるって言っていたのに」
「Kai落ち着いて聞いてくれ。優也さんはもしかしたら東谷翔さんという人に連れて行かれたのかもしれない」
「トーヤ カケル?それは一体誰だ?」

 詳しい説明をしている暇はない。俺の脳裏には先ほどから最悪のパターンが過っているから。かつての恋人だろうが、意にそぐわないことをされたりしたら……松本さんが深く傷ついてしまう。

 一刻も早くKaiに行かせないと!冷静に考えろ!

 改札にいない。
 東谷さんと会ってしまった。
 松本さんのことだから人前では争わない。
 さっき俺を送ってくれた車……
 駅までは絶対に車で来ているはずだ。
 きっとそこだ。そこに違いない。

「とにかく駐車場だ、駐車場に行ってみてくれ!まだ間に合うかもしれない!」

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