重なる月

志生帆 海

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第9章

一心に 2

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おはようございます。今日からまた本編に戻ります。
『深海』共に歩む道11の対になるKaiサイトの物語になります。

****

 もうすぐ優也さんに会える。

 そんな気持ちで新幹線の車窓を流れゆく日本の田園風景を眺めていた。もう辺りは薄暗くなってぼんやりとした景色だが、俺の目には希望に満ちた色鮮やかなものに見えていた。

 日本にやって来たのは、あの日以来か……

 あの冬の日の渋谷、ホテルのキャンペーンで韓国旅行のパンフレットを配ったことを思い出す。白い息を吐きながらビラ配りをしていると、こちらに向かってとぼとぼと歩いて来る青年が目に入った。

 真っ白なマフラーに顔を半分以上埋めて俯きながら歩く青年の姿が、あまりに悲しそうだったので、本当はカップルやファミリーに配るように言われていたチラシを渡すふりをして呼び止めてしまった。

「あの……冬のソウルはすごく寒いけれども、心は、ぽかぽかになります。よかったらいらして下さい」

 あの時その青年は俺の声に反応して、驚いたように少し顔をあげたんだ。

 あれ?えっと、ちょっと待てよ。あれは……あの顔は……そうだ!そうだったのか。

 あれは優也さんだった!

 なんで俺は肝心なことを忘れていたのか。この話を優也さんにしたことがあるのに、優也さんも気が付かなかったのか。それとも忘れたかったのか。あの日の優也さんの悲しい姿を俺に明かしたくなかったのか。

 どうして優也さん……あんなに寂しそうに歩いていたんだよ! 一体日本で何があったんだよ!

 そんなモヤモヤした気持ちが心に立ち込めて来た時、スマホに一通のメールが届いた。すぐに確かめると、ずっと連絡を待っていた優也さん自身からだ。

……
Kaiくんに早く会いたい。
……

 その一言で終わる文は、俺への愛で溢れていた。何度も何度も夢中で読み返した。

 あんなにも自分の感情に頑ななだった優也さんが、こんなにも心を開いてくれたなんて信じられない。あぁもう早く会って抱きしめたいよ!この胸にさ。

 そんな喜びでいっぱいの気持ちを返すと、またメールが届いた。
 優也さんからかと思ったら、今度は洋だった。

……
Kai、もしも駅に着いて松本さんに会えなかったら、俺にすぐ連絡をしてくれ。
……

はっ?一体洋は何を言うんだよ。これじゃまるで優也さんに何か良くないことがあるような言い方じゃないか。
……
分かったよ。でもなんで?
洋は今どこだ?気を付けて丈さんの所に帰れよ。早く帰さないと俺が怒られるからな。
……
……
それが気になることがあって、一本後の新幹線でまた軽井沢に向かっている。まぁ二人の幸せそうな顔を見たら安心するから、俺が着くまで待っていてくれよ。
……

 本当にそれだけなのか。

 新幹線は緩やかに、軽井沢駅へと到着した。
 さぁ!このエスカレーターを上り、改札に向かえば優也さんが待っていてくれる。

 本当に俺にこんなにも心配をかけて!
 もう連絡もなしに俺の前から消えるのだけは許さない。
 早く、早く抱きしめたい。

 エスカレーターが上るにつれて、心臓が早鐘を打ちはじめた。

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