重なる月

志生帆 海

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第9章

番外編SS 安志×涼 「クリスマス・イブ」2

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「会いたい」

 その一言が言えないまま切ってしまった通話。
 そのまま連絡を上手く取れずに行き違いが重なり、とうとうクリスマス・イブの日を迎えてしまった。

 大概俺も意地っ張りだ。

「安志さんもう退社ですか」
「まぁな」
「いっすねー彼女とデートですか。羨ましいっす」
「ははっ」

 クリスマス・イブの日も会社だった。

 こんな日に限って仕事は暇で残業もなく、定時に上がれてしまうなんて皮肉だよな。
しかもロビーで好奇心剥き出しの後輩に話しかけられてしまうしなぁ。虚しいカラ笑いは、あっという間に北風に吹かれて飛んでいってしまう。

 あーこの数日間……何度涼に会いたいと思ったことか。
 会えないという現実に落ち込む度に、俺は涼のことがとても好きだと実感していた。

 さてと、これからどうしようか。結構寒いしなぁ。

 コートのポケットに手を突っ込むとスマホの角に触れた。取り出して確認するが、涼からの連絡はどこにも入っていなかった。

 そっか……そうだよな。必死に一人で納得してしまう。阿保だ、俺。

 一度スタジオで撮影が始まってしまえば集中して臨むので、それどころじゃないこと位理解している。だから連絡がないのは無理もない。いつものことだ。

 それでも今日はクリスマス・イブだろ。
 俺達付き合っているんだよな。

 そんなことを尋ねたくなってしまう。

 あぁもう、年上の俺がこんなこと聞くなんて出来ないよな。だっておかしいだろ。

「ふぅ寒っ」

 また今晩は一段と冷え込んでいるな。だが今の俺には、北風が運ぶ寒さが心地良かった。俺の冷えた心は、誰にも慰めて欲しくない。俺を満たすのは、涼だけだ。涼がいい。そう思うから心地良い。

 街のネオンが今日は一段と煌めいて、まるで街全体が大きなクリスマスツリーのようだ。

 商店街に流れるクリスマスソングも、なんだか俺の周りだけは空回り。ただ涼に会えないという事実だけが、のしかかっていた。

 涼のことを考えるたびに、胸が痛くなる。こんな気持ち、この歳でまだ持てるなんて思わなかった。まるで青い頃のような純粋な気持ち。懐かしいような新しい気持ち。

 胸が痛む度に……俺はそれだけ涼のことが好きなんだと実感していた。

 それにしても商店街ですれ違う人は、皆幸せそうな笑顔だな。すれ違う人のことをついじっと眺めてしまう。

 ケーキの箱を持った父親は、急ぎ足。
 手を繋ぎ歩くカップルは、歩調もゆっくりだ。
 母親と子供は、楽しそうに笑い合い足取りも軽やかだ。

 街のコンビニでは、サンタの恰好の店員がケーキを売っている。

 サンタか。そんな存在とっくに忘れていたな。
 そんなもの信じていた時期があったことすらも。

 今はもう俺はいい大人になって、そんな夢は通じない。信じない。
 会いたいと思うのも、会おうと思うのも……全部自分たち次第だ。

 いやそうじゃない。お互いの気持ちだけじゃすまないんだ。
 仕事というしがらみ、歳の差……いろんなものが俺達の間を邪魔しにくる。

 仕方がないよな。それが現実だもんな。

 すれ違う人混みに涼に似た背格好の人を見つけると、振り返ってしまう。

 これって淡い期待か。ドラマや小説のようにサプライズなんて起こらない。それは分かっているのに。参ったな……俺、こんなに涼のこと恋しくなっているのか。

 涼……涼はどうだ?
 俺に会えなくて、少しでも寂しいと思ってくれるのか。

 モデル仲間との華やかな世界、大学での賑やかで楽しい世界。
 涼の周りには、今なお沢山の刺激が蠢いている。

 だから、こんなこと涼には言えないよな。

 俺はもうサンタを信じていた頃は、とうの昔のいい大人だ。

 結局コンビニで柄にもなくデミグラソースのハンバーグ弁当を買って、とぼとぼと歩く帰り道。白いコンビニ袋のカサカサとした音が、妙に響いていた。

 商店街が終わると一気に暗くなる。

 最近夜になるとこの道は派手な工事をしていたのに、今日は随分と静かだ。そっか……バス停が新しくなったのか。古びたバス停は屋根付きの立派な姿になっていて、ベンチの横には大きな広告パネルが照明を浴び白く浮かびあがっていた。

 何の気なしに通り過ぎる所だったのに、俺はその広告のパネルの中に、今日は見たくなかった広告を、うっかり見つけてしまった。

 すらりとした女の子と並ぶ綺麗系男子は、涼だった。
 こんな広告に出るって言ってたか。聞いてなかったぞ。

 時計の広告らしく、ペアの白いセーターを着て手を繋いでいる。
 ふーん、お互いの手首にはペアのウォッチか。
 若々しい頬を赤いマフラーに埋めながら甘く見つめ合うその姿。

 はぁ萎える。
 俺、胸がつぶれそうだよ。
 このタイミングでこれはないだろう。

 これは涼の仕事だ。広告の世界だ。
 そう納得させようとしても、頭がしつこく反抗してくるよ。

 会いたいのに会えないせいか。
 三週間も会っていないせいか。

 結構キツイな。

 歳の差なんて関係ないってことを痛感した。
 いくつになっても好きな人に会いたい気持ちを押さえつけることなんて出来ないんだ。

 広告を通り過ぎ、俺は歩いた。
 黙々と……ただ黙々と。

 広告の中の世界に嫉妬するほど、君が好きだ。
 頭の中は、それ一色だ。


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