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第9章
集う想い14
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「え……あなたが松本さんのお姉さんなんですか」
「そうよ。私は優也の姉の優希と言うの」
驚くことがあるものだ。幼い頃の俺を知っていたこの女性が、あの松本さんのお姉さんだなんて。そして、俺は本当に松本さんのことを何も知らなかったと後悔した。
実家がどこにあるのか。
ご両親は健在なのか。
兄弟はいるのか。
ソウルで同じ通訳として顔をよく合わせてランチや飲み会にも行ったのに……ずっと何一つ知りもせず、聞きもしなかった。
ずっと自分のことで精一杯だったというのは言い訳だ。
周りから与えてもらうばかりで、ちゃんと返せていなかった。
「やはり松本さんは今ここに帰って来ているのですか」
「そうよ。母が心筋梗塞で急に倒れて危篤で、ソウルから急遽呼び戻したの」
あぁやはり……これで全ての辻褄が合った。そうなると俺が東谷さんに会ったのは、まずかったんじゃないかと途端に心配になってきた。
「松本さんに、合わせてもらえますか」
「ええ!もちろんよ。あなたなら信用できるわ。それにしても優也のお友達が来てくれるなんて、初めてかもしれない。珍しくて興奮するわ。まさかそれがあの時のあの子だったなんて、きっと何かご縁があるのね」
縁がある。確かにそうなのかもしれない。この世で出逢う関りがある人たちは、きっとすべて縁という糸で結びついている気がする。だから街で偶然出会ったり、今回のような過去からのつながりという偶然も起こるのだ。
「あっでも保育園に寄ってからでいいかしら?息子が待ってるのよ」
「もちろん構いません」
「よかった!じゃあ一緒に行きましょう」
優希さんと一緒に保育園の門をくぐり抜けると、小さな子供たちの明るい笑い声が廊下中に反響していた。丁度お迎えの時間なんだろう。嬉しそうに母の元へ駆け寄る子供たちで溢れていた。俺にはまったく縁のない場所なので、緊張してしまう。
「海斗~ママよ~」
その声にぱっと振り向いた小さな男の子は、松本さんによく似ていた。大人しそうな可愛らしい顔で……黒目がちな二重に真っ黒でサラサラな髪の毛、子供特有の甘い笑顔。
「ママー!あれ?このお兄さんはだれ?」
「海斗いい子にしていた?この人はね、ママの弟のお友達。ようくんっていうのよ」
「ゆうやおじさんのお友達?ふーん」
子どもの曇りない眼でじっと見られると急に怖くなった。俺は一体どういう風に映っているのだろうか。あどけない子供から見たら、消せない過去が滲み出ていないかとつい心配になってしまう。
「すごくカッコイイね」
「えっ?」
それは意外な言葉だった。
「なんだかわかんないけど、お兄ちゃん、カッコイイ!」
「あらあら、ママはとても綺麗だと思うけどなぁ~」
「ちがうよ。お兄ちゃんはね、きれいなだけじゃないんだよ、ぼくにはわかるよ!」
「そうか……嬉しいよ。ありがとう。かいとくん」
「えへへ」
なんだか思いがけない言葉を小さな子供から受け取って、心が温かくなった。カッコいいか……以前の俺だったら絶対に言われなかった形容詞。子どもから受け取った素直な言葉は、何よりの贈り物だった。
「さぁ今日はおじいちゃまのお家に寄ってから帰ろうね」
「やったー!」
松本さんの自宅は、俺が目指していた会社とは全く別の方角だった。保育園から十分ほど白樺の小道を歩いた先の、白い柵に囲まれた瀟洒な別荘風の家。とても落ち着いた佇まいが、松本さんの静かな雰囲気と重なった。
本当に松本さんのお姉さんと出逢えてよかった。無事にここまでたどり着けたのも、縁があったからだと素直に思えた。
「さぁ着いたわよ、ここが優也の家。今頃きっと父親と夕食中よ。さぁどうぞ」
「本当にありがとうございます。助かりました」
玄関に通されると、そこで暫く待つように言われた。やがてドア越しにやりとりする声が聞こえて来た。
「優也、ちょっと来て頂戴!」
「えっ姉さん、もう今日は帰ったんじゃなかったの?」
「そのつもりだったけど、いろいろあって。あなたがびっくりするお客様を連れて来たわ」
「……誰?」
途端に松本さんは、びくっと緊張し強張った声になった。
「そうよ。私は優也の姉の優希と言うの」
驚くことがあるものだ。幼い頃の俺を知っていたこの女性が、あの松本さんのお姉さんだなんて。そして、俺は本当に松本さんのことを何も知らなかったと後悔した。
実家がどこにあるのか。
ご両親は健在なのか。
兄弟はいるのか。
ソウルで同じ通訳として顔をよく合わせてランチや飲み会にも行ったのに……ずっと何一つ知りもせず、聞きもしなかった。
ずっと自分のことで精一杯だったというのは言い訳だ。
周りから与えてもらうばかりで、ちゃんと返せていなかった。
「やはり松本さんは今ここに帰って来ているのですか」
「そうよ。母が心筋梗塞で急に倒れて危篤で、ソウルから急遽呼び戻したの」
あぁやはり……これで全ての辻褄が合った。そうなると俺が東谷さんに会ったのは、まずかったんじゃないかと途端に心配になってきた。
「松本さんに、合わせてもらえますか」
「ええ!もちろんよ。あなたなら信用できるわ。それにしても優也のお友達が来てくれるなんて、初めてかもしれない。珍しくて興奮するわ。まさかそれがあの時のあの子だったなんて、きっと何かご縁があるのね」
縁がある。確かにそうなのかもしれない。この世で出逢う関りがある人たちは、きっとすべて縁という糸で結びついている気がする。だから街で偶然出会ったり、今回のような過去からのつながりという偶然も起こるのだ。
「あっでも保育園に寄ってからでいいかしら?息子が待ってるのよ」
「もちろん構いません」
「よかった!じゃあ一緒に行きましょう」
優希さんと一緒に保育園の門をくぐり抜けると、小さな子供たちの明るい笑い声が廊下中に反響していた。丁度お迎えの時間なんだろう。嬉しそうに母の元へ駆け寄る子供たちで溢れていた。俺にはまったく縁のない場所なので、緊張してしまう。
「海斗~ママよ~」
その声にぱっと振り向いた小さな男の子は、松本さんによく似ていた。大人しそうな可愛らしい顔で……黒目がちな二重に真っ黒でサラサラな髪の毛、子供特有の甘い笑顔。
「ママー!あれ?このお兄さんはだれ?」
「海斗いい子にしていた?この人はね、ママの弟のお友達。ようくんっていうのよ」
「ゆうやおじさんのお友達?ふーん」
子どもの曇りない眼でじっと見られると急に怖くなった。俺は一体どういう風に映っているのだろうか。あどけない子供から見たら、消せない過去が滲み出ていないかとつい心配になってしまう。
「すごくカッコイイね」
「えっ?」
それは意外な言葉だった。
「なんだかわかんないけど、お兄ちゃん、カッコイイ!」
「あらあら、ママはとても綺麗だと思うけどなぁ~」
「ちがうよ。お兄ちゃんはね、きれいなだけじゃないんだよ、ぼくにはわかるよ!」
「そうか……嬉しいよ。ありがとう。かいとくん」
「えへへ」
なんだか思いがけない言葉を小さな子供から受け取って、心が温かくなった。カッコいいか……以前の俺だったら絶対に言われなかった形容詞。子どもから受け取った素直な言葉は、何よりの贈り物だった。
「さぁ今日はおじいちゃまのお家に寄ってから帰ろうね」
「やったー!」
松本さんの自宅は、俺が目指していた会社とは全く別の方角だった。保育園から十分ほど白樺の小道を歩いた先の、白い柵に囲まれた瀟洒な別荘風の家。とても落ち着いた佇まいが、松本さんの静かな雰囲気と重なった。
本当に松本さんのお姉さんと出逢えてよかった。無事にここまでたどり着けたのも、縁があったからだと素直に思えた。
「さぁ着いたわよ、ここが優也の家。今頃きっと父親と夕食中よ。さぁどうぞ」
「本当にありがとうございます。助かりました」
玄関に通されると、そこで暫く待つように言われた。やがてドア越しにやりとりする声が聞こえて来た。
「優也、ちょっと来て頂戴!」
「えっ姉さん、もう今日は帰ったんじゃなかったの?」
「そのつもりだったけど、いろいろあって。あなたがびっくりするお客様を連れて来たわ」
「……誰?」
途端に松本さんは、びくっと緊張し強張った声になった。
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