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第9章
集う想い11
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「あ……でもどうして松本さんがソウルで通訳をしているって分かったのですか。偶然街で会っただけなのに。松本さんは日本でのことを話すの嫌がっていたから、自分から積極的に話すとは思えなくて……なんだか不思議ですね」
さっきの会話でひっかかった事を確認しておこうと思った。
冷静に慎重になれと、丈にもしつこい程言われてきたから。
「あーそれはですね、その親友の東谷翔って奴が、必死に調べたんですよ。松本は何があったか分からないが突然会社辞めて消息不明になってしまって……その親友が随分焦って何年も探していたわけで。そうそう……あれは確か去年の仕事納めの日だったかな」
****
通訳の部署から離れ、人事部に異動になってから多忙極まりない。それでもまとまった休暇が取れたので、週末を挟んで木曜日から冬のソウルへ旅行し、かなりリフレッシュされていた。久しぶりの仕事に精を出していると、前の部署の後輩の東谷が書類を届けに入って来た。
相変わらず売れっ子俳優みたいな甘いマスクに晴れやかな明るい雰囲気で、女どもがざわついてる。あいつは、とっくに既婚者で子持ちだっていうのにな。
「齋藤さんお疲れさまです。人事にも慣れましたか。あっそうだ先週ここに立ち寄ったら休暇を取っているって言われましたよ。一体何処に行っていたんですか」
「おー東谷。お疲れ様。ソウル良かったぜ~男一人旅だったが」
「へぇ、いいですね。うちは赤ん坊が小さいから、当分旅行なんて無理ですよ。羨ましいですね」
「ははっいいだろう。あっそういえばさ、ソウルでびっくりする奴と会ったんだ」
「……誰にですか?」
「お前が探していた奴」
「え、まさか優也ですか……松本優也に?」
「そうだ。あの松本に会ったんだよ。明洞の街で偶然さ」
途端に東谷の様子が変わり、すごい剣幕で捲くし立てて来た。
「あいつ、今そこにいるんですか。なっ何をしていましたか。仕事ですか。そこに住んでいるんですか!」
「おいおい落ち着けって。さぁ……ばったり会ってちょっと会話をした程度で、すぐに別れたから。松本も旅行じゃないのか」
「いや、優也はきっとソウルにいるんだ。あいつ不器用だから……きっと今でも通訳の仕事をしているはずだ。くそっ!なんで気が付かなかったんだ。日本以外の所にいるかもしれないってこと。ありがとうございます。齋藤さん、ちょっと調べて来ます」
「あっおい!書類を寄こせ」
何か余計なことを俺が告げたのではと不安になる程、東谷はひどく興奮し、足早に去って行った。
新入社員で入って来た時、東谷は成績優秀でリーダーシップを取れる目立つ奴だった。
そしてその横にはいつも……綺麗な顔立ちの大人しく柔和な松本がいた。
二人はいいコンビだと誰もが話していた。少し我が強い東谷と押しが弱い松本は、お互いに足りない部分を補いあえる存在だと。一年経っても二年経ってもその印象は変わらなかったのに、そんな二人が仲違いをしたのではと噂になったのは、東谷の結婚が決まってからだ。
だから、急に松本が消えた時……女どもがよく噂したもんだ。
実はあの二人付き合っていたんじゃないかな。東谷くんが女を取ったから、傷心のあまり消えちゃったとか…えーそれなんか可哀想。松本さんって優しくて綺麗でファンだったのに。
おいおいっそれはないだろう。あいつらが付き合ってただって?だって男同士だぜ。
その時は軽くあしらったが、あの東谷の慌てぶり。まんざら噂だけじゃなかったのか、いや疎い俺には全くよく分からん。
年が明けてすぐ、東谷が嬉しそうに再び俺の部署にやってきた。ソウルのホテルのパンフレットと何か印刷した紙を手に持っていた。
「齋藤さん、優也の居場所が見つかりましたよ!」
「へぇやっぱりソウルにいたのか」
「ええ、うちの現地の子会社を通じて、探してもらったんですよ。このホテルと直接契約しているみたいです。ほら、ここに連絡先も!」
「そっかそっか凄いじゃないか。良かったな。お前達さ、無二の親友だったもんな。なんで仲違いしたんだよ?」
「え……それは」
いつも明るく自信満々の東谷が、きまり悪そうな表情を浮かべていた。
「じゃあ会いに行くのか?ソウルに」
「あ……いえ…残念ながら…嫁さんがそんな自由は許してくれませんよ」
「お前なぁすっかり尻にひかれたな。らしくない」
「……ですね。まったく」
「嫁さん自分より格上のお嬢様だもんな。大変だろ、家絡みって」
「まぁそんなところです。会いたいですよ……今すぐに会いたい」
****
そんなエピソードを聞いた今、この足でその東谷さんという人に会ってもよいものか、かなり迷った。でも彼は確実に何かを知っている。そう直感していた。
松本さんがクリスマスの時、何かを抱えてひどく苦しんでいた様子が思い出される。彼に日本で何かが起こったことは確実なんだ。
会ってみよう。その彼に……ここまで来たんだ。ここまで踏み込めたんだ。もう他人事じゃない。俺が過去のしがらみから解かれたように、松本さんも解き放ってあげたい。
俺に何が出来るか分からない。何の役にも立たないかもしれない。
もしかしたら余計なことをしてしまうかもしれない。それでも何もしないよりは、ましだと思った。
最後まで責任を持つ。
その覚悟で会いに行く。
そう決めた。
さっきの会話でひっかかった事を確認しておこうと思った。
冷静に慎重になれと、丈にもしつこい程言われてきたから。
「あーそれはですね、その親友の東谷翔って奴が、必死に調べたんですよ。松本は何があったか分からないが突然会社辞めて消息不明になってしまって……その親友が随分焦って何年も探していたわけで。そうそう……あれは確か去年の仕事納めの日だったかな」
****
通訳の部署から離れ、人事部に異動になってから多忙極まりない。それでもまとまった休暇が取れたので、週末を挟んで木曜日から冬のソウルへ旅行し、かなりリフレッシュされていた。久しぶりの仕事に精を出していると、前の部署の後輩の東谷が書類を届けに入って来た。
相変わらず売れっ子俳優みたいな甘いマスクに晴れやかな明るい雰囲気で、女どもがざわついてる。あいつは、とっくに既婚者で子持ちだっていうのにな。
「齋藤さんお疲れさまです。人事にも慣れましたか。あっそうだ先週ここに立ち寄ったら休暇を取っているって言われましたよ。一体何処に行っていたんですか」
「おー東谷。お疲れ様。ソウル良かったぜ~男一人旅だったが」
「へぇ、いいですね。うちは赤ん坊が小さいから、当分旅行なんて無理ですよ。羨ましいですね」
「ははっいいだろう。あっそういえばさ、ソウルでびっくりする奴と会ったんだ」
「……誰にですか?」
「お前が探していた奴」
「え、まさか優也ですか……松本優也に?」
「そうだ。あの松本に会ったんだよ。明洞の街で偶然さ」
途端に東谷の様子が変わり、すごい剣幕で捲くし立てて来た。
「あいつ、今そこにいるんですか。なっ何をしていましたか。仕事ですか。そこに住んでいるんですか!」
「おいおい落ち着けって。さぁ……ばったり会ってちょっと会話をした程度で、すぐに別れたから。松本も旅行じゃないのか」
「いや、優也はきっとソウルにいるんだ。あいつ不器用だから……きっと今でも通訳の仕事をしているはずだ。くそっ!なんで気が付かなかったんだ。日本以外の所にいるかもしれないってこと。ありがとうございます。齋藤さん、ちょっと調べて来ます」
「あっおい!書類を寄こせ」
何か余計なことを俺が告げたのではと不安になる程、東谷はひどく興奮し、足早に去って行った。
新入社員で入って来た時、東谷は成績優秀でリーダーシップを取れる目立つ奴だった。
そしてその横にはいつも……綺麗な顔立ちの大人しく柔和な松本がいた。
二人はいいコンビだと誰もが話していた。少し我が強い東谷と押しが弱い松本は、お互いに足りない部分を補いあえる存在だと。一年経っても二年経ってもその印象は変わらなかったのに、そんな二人が仲違いをしたのではと噂になったのは、東谷の結婚が決まってからだ。
だから、急に松本が消えた時……女どもがよく噂したもんだ。
実はあの二人付き合っていたんじゃないかな。東谷くんが女を取ったから、傷心のあまり消えちゃったとか…えーそれなんか可哀想。松本さんって優しくて綺麗でファンだったのに。
おいおいっそれはないだろう。あいつらが付き合ってただって?だって男同士だぜ。
その時は軽くあしらったが、あの東谷の慌てぶり。まんざら噂だけじゃなかったのか、いや疎い俺には全くよく分からん。
年が明けてすぐ、東谷が嬉しそうに再び俺の部署にやってきた。ソウルのホテルのパンフレットと何か印刷した紙を手に持っていた。
「齋藤さん、優也の居場所が見つかりましたよ!」
「へぇやっぱりソウルにいたのか」
「ええ、うちの現地の子会社を通じて、探してもらったんですよ。このホテルと直接契約しているみたいです。ほら、ここに連絡先も!」
「そっかそっか凄いじゃないか。良かったな。お前達さ、無二の親友だったもんな。なんで仲違いしたんだよ?」
「え……それは」
いつも明るく自信満々の東谷が、きまり悪そうな表情を浮かべていた。
「じゃあ会いに行くのか?ソウルに」
「あ……いえ…残念ながら…嫁さんがそんな自由は許してくれませんよ」
「お前なぁすっかり尻にひかれたな。らしくない」
「……ですね。まったく」
「嫁さん自分より格上のお嬢様だもんな。大変だろ、家絡みって」
「まぁそんなところです。会いたいですよ……今すぐに会いたい」
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そんなエピソードを聞いた今、この足でその東谷さんという人に会ってもよいものか、かなり迷った。でも彼は確実に何かを知っている。そう直感していた。
松本さんがクリスマスの時、何かを抱えてひどく苦しんでいた様子が思い出される。彼に日本で何かが起こったことは確実なんだ。
会ってみよう。その彼に……ここまで来たんだ。ここまで踏み込めたんだ。もう他人事じゃない。俺が過去のしがらみから解かれたように、松本さんも解き放ってあげたい。
俺に何が出来るか分からない。何の役にも立たないかもしれない。
もしかしたら余計なことをしてしまうかもしれない。それでも何もしないよりは、ましだと思った。
最後まで責任を持つ。
その覚悟で会いに行く。
そう決めた。
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