重なる月

志生帆 海

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第9章

集う想い9

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 確か松本さんが日本で勤めていた会社は「ラン・インターナショナル」という、大手の通訳・翻訳・国際会議サービス会社だったはずだ。何かの拍子でちらっと耳にした程度だが、俺がソウルで契約していたエージェントの親会社だったので覚えている。

「頼むよ!洋、何か分かったらすぐに連絡くれ」
「あぁ分かった」
 
 通話を終えると、すぐに丈と目が合った。少し心配そうな表情を浮かべていることに気付き、また俺は余計なことをしてしまったのかと思った。だが何度も俺を助けてくれ、サポートしてくれたKaiのことだ。遠い昔からカイとして海として……そしてKaiとして……丈もきっと分かってくれるはずだ。

「もういいのか。Kaiは何て?」
「その……松本さんの居場所を探していて、もしかして日本に帰国しているかもしれないから、調べて欲しいみたいだった」
「それで、見当がつくのか」
「うん……松本さんが日本で勤めていた会社を知っているから、そこに行ってみようかと」
「……洋……あまり無茶するなよ。ただでさえお前はトラブルに巻き込まれやすいのだから」
「酷いなっ。うん、でも慎重に行動するよ」
「さぁ続きを打ち合わせしよう」

 丈の優しい穏やかな眼差しを受け、再びリフォームの打ち合わせへと意識を戻された。

「すいません。お待たせして」
「いえいえ、じゃあ次は洋くんの希望をお聞かせください。どうしても必要なものとかありますか」
「え?」

 意外なことを聞かれたので、丈を見つめると促すように頷いてくれた。

「あ……じゃあ書斎みたいなのが欲しいです。翻訳の仕事をしているので資料も多くて、大きな本棚と机があれば嬉しいです」
「いいですね。丈さんも同じことを今話していましたよ。お二人の机を並べて背後に背の高い本棚を造り付けるというのもよろしいかと」
「はい」
「じゃあイメージはざっとこんな感じでいかがでしょう?」

 イメーズ図を見ると、玄関を入ってすぐの所に机が二つ並んでいた。俺と丈の仕事場だ。背が高い本棚には父の形見の本も並べよう。父と母の写真も持ってこよう。俺のことを見守ってもらいたい。

「後は……そうそう、お二人はお酒は飲まれますか」
「私はかなり飲むが、洋は弱い。でも酔った洋は赤く染まって綺麗だし、少し舌ったらずで可愛くなるから、ミニバーみたいなのを作って欲しい」
「おっおい丈っ!もう変なことばかり言うな!さっきから!」
「クスクス……」

 野口さんが俯いて口に手をあてて笑っていた。
 こっちは恥ずかしさで死にそうだ。

「あの?」
「あぁごめんなさい、微笑ましくてつい………こういう世界って本当にあるんですね。私、実はBLが大好きなんです。コホン……だから嬉しくって。どんどんイチャツイテ下さい」
「はっ?」

 頬を赤く染め少々興奮気味な野口さんだった。
 そうか、これが世にいう『腐女子』という存在なのか。
 なんだか拍子抜けだ。こんなにも丈と俺のことを温かく受け入れてもらえるなんて。

「では、こちらのリビングには三人掛けの大き目のソファを置きましょう。カウチソファがいいかしら。落ちても痛くないように低めでっと。二人が一緒に横になれる奥行きが必要ね。それで窓が見える場所に硝子の棚を作りましょう。バカラやリーデルのグラスなど薄い硝子が綺麗に映えますよ。そうそうこの江戸切子も光が綺麗に映りますから」

 心得ておりますといった風にまくし立てる野口さんの話に、後はもうただ頷くばかりだった。

「そうだ。キッチンも忘れないでくれ。簡単なのでいい。抱いた朝の洋は腰がだるくてなかなか起きれないことが多い。今まで母屋から運んできたんだが、朝食くらいは此処で作れるといいな。」

「ほぉほぉ承知いたしました!そうですね。冬場は鎌倉は冷え込みますから煮込み料理ができるストーブなんかも設置しましょうか。あとはコーヒーメーカーやトースターなども置く場所もいりますね」

「あぁ洋には出来立ての栄養のあるものを沢山食べさせてやりたいからな。相変わらず痩せすぎだから」

「あぁそうですよね。受けくんにの抱き心地ってものがありますものね。ふふっあっと失礼。言い過ぎました」

 こんな感じで打ち合わせは深夜まで続いて行った。

 大規模なリフォームになるとのこと。七月七日の結婚式の数日後から、約二カ月程の工事になるそうだ。 その間は何処かへ仮住まいが必要とも言われた。

 幸い寺の母屋には空いている部屋が幾つかあるから、そこに一時的に引っ越すということで、話はまとまった。

 どんどん具体的になっていく現実が広がっていく。
 幸せな未来を思い描き、丈と温かい気持ちで眠りにつくことが出来た。

 ただ……松本さんのことだけが気がかりだ。
 なんとなく日本にいるような気がしている。

 彼の行方を明日になったら探してみよう。
 Kaiの幸せのためにも……


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