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第9章
集う想い2
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スタジオの隅で壁にもたれながら、遠い日のことを考えていた。
何故か思い出すのは、少し切ない悲しいことばかり。考えれば考えるほど心は冷たくなっていく。
「ほら飲めよっ」
その時突然、目の前に珈琲が差し出された。香ばしい香りと白い湯気、そしてこの手は?
驚いて大きな影を見上げると、陸さんだった。
「陸さんっ」
「撮影現場は冷えるだろ」
「あっうん、ありがとう」
確かにもう秋冬物の撮影をしているので、スタジオには冷房がかなりきつく入っていた。さっきから心が寒いと思っていたのは、実は躰が冷えていたからなのか。そう思うと一気に肩の力が抜けていった。
「久しぶりだな」
「……あれ以来だね」
「あぁ……そのだな」
「何?」
陸さんが気まずそうに言い淀む言葉は、何だろう?
「その……もう傷はいいのか」
「あっ……うん」
更に途端に気まずい空気が流れた。ニューヨークでのホテルでの一件を、どうしても思い出してしまう。きっと陸さんの方も同じ気持ちだろう。
「そうか良かったな。俺さ、実はあの日、不思議な奴を見た」
「誰?」
「笑うなよ、こんなこと。自分でもおかしいと思うんだが、あの日お前を最初に助けたのは、俺でもあの駆けつけたKaiって奴でもなかった」
「えっどういう意味?」
何を言っているのか、一瞬分からなかった。
「そうだな……風貌はどこか異国の将軍のようだった。幻かもしれないが、あいつはお前の守護霊か何かか」
「ふっ……守護霊か」
あぁそうか。誰のことを言っているのか、すぐに理解出来た。あの日Kaiを呼び出して、俺を護ってくれたのが遠い昔の、遠い世界の君だ。ヨウ……雷光と共に現れる君は、昔から俺を危機から護ってくれていた。
「とにかくお前は何か大きな力に守られているってことが分かったよ。だからなのか、だから全てを許していけるのか」
「許すって?」
「俺のことも辰起のことも、父さんのことも、みんな何故そんなに簡単に許せる?」
「陸さん……俺はそんな大層な人間じゃないよ。ただ憎むよりは許す方を選びたいと思っただけ。今の俺には共に生きていく相手がいるから」
「あっそうか。そいつと今は一緒に暮らしているのか」
「うんこの先……彼の家の戸籍に入って、この先もずっと一緒に暮らしていく」
「なんか羨ましい話だな。いつだ?その入籍って?」
「もうすぐなんだ」
「具体的には?」
「あ……七月七日に……」
「そうか、よかったら立ち会わせてくれ、俺達も」
「俺達って?」
「馬鹿っ普通ピンとくるだろ」
「え……もしかして空さん?」
そっと横顔を見ると、エキゾチックで整い過ぎたといっても過言でない近寄りがたい顔の奥に、照れくさそうな笑みが見え隠れしていた。
「そっそうか、そうなんだ。あの……ふ、ふたりはもう付き合いだしたの?」
「くそっ!言うんじゃなかった。お前と俺は似てるな。同性を好きになるところがさっ」
「ははっ」
そう言って口の端をあげてニヤリと笑う陸さん。つられて俺も笑ってしまった。
俺たちはようやく……こうやって笑い合えるようになったのかと思うと、胸の奥がじんとした。
何故か思い出すのは、少し切ない悲しいことばかり。考えれば考えるほど心は冷たくなっていく。
「ほら飲めよっ」
その時突然、目の前に珈琲が差し出された。香ばしい香りと白い湯気、そしてこの手は?
驚いて大きな影を見上げると、陸さんだった。
「陸さんっ」
「撮影現場は冷えるだろ」
「あっうん、ありがとう」
確かにもう秋冬物の撮影をしているので、スタジオには冷房がかなりきつく入っていた。さっきから心が寒いと思っていたのは、実は躰が冷えていたからなのか。そう思うと一気に肩の力が抜けていった。
「久しぶりだな」
「……あれ以来だね」
「あぁ……そのだな」
「何?」
陸さんが気まずそうに言い淀む言葉は、何だろう?
「その……もう傷はいいのか」
「あっ……うん」
更に途端に気まずい空気が流れた。ニューヨークでのホテルでの一件を、どうしても思い出してしまう。きっと陸さんの方も同じ気持ちだろう。
「そうか良かったな。俺さ、実はあの日、不思議な奴を見た」
「誰?」
「笑うなよ、こんなこと。自分でもおかしいと思うんだが、あの日お前を最初に助けたのは、俺でもあの駆けつけたKaiって奴でもなかった」
「えっどういう意味?」
何を言っているのか、一瞬分からなかった。
「そうだな……風貌はどこか異国の将軍のようだった。幻かもしれないが、あいつはお前の守護霊か何かか」
「ふっ……守護霊か」
あぁそうか。誰のことを言っているのか、すぐに理解出来た。あの日Kaiを呼び出して、俺を護ってくれたのが遠い昔の、遠い世界の君だ。ヨウ……雷光と共に現れる君は、昔から俺を危機から護ってくれていた。
「とにかくお前は何か大きな力に守られているってことが分かったよ。だからなのか、だから全てを許していけるのか」
「許すって?」
「俺のことも辰起のことも、父さんのことも、みんな何故そんなに簡単に許せる?」
「陸さん……俺はそんな大層な人間じゃないよ。ただ憎むよりは許す方を選びたいと思っただけ。今の俺には共に生きていく相手がいるから」
「あっそうか。そいつと今は一緒に暮らしているのか」
「うんこの先……彼の家の戸籍に入って、この先もずっと一緒に暮らしていく」
「なんか羨ましい話だな。いつだ?その入籍って?」
「もうすぐなんだ」
「具体的には?」
「あ……七月七日に……」
「そうか、よかったら立ち会わせてくれ、俺達も」
「俺達って?」
「馬鹿っ普通ピンとくるだろ」
「え……もしかして空さん?」
そっと横顔を見ると、エキゾチックで整い過ぎたといっても過言でない近寄りがたい顔の奥に、照れくさそうな笑みが見え隠れしていた。
「そっそうか、そうなんだ。あの……ふ、ふたりはもう付き合いだしたの?」
「くそっ!言うんじゃなかった。お前と俺は似てるな。同性を好きになるところがさっ」
「ははっ」
そう言って口の端をあげてニヤリと笑う陸さん。つられて俺も笑ってしまった。
俺たちはようやく……こうやって笑い合えるようになったのかと思うと、胸の奥がじんとした。
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