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第9章
集う想い1
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「洋兄さんも一緒に行こうよ。ちょうどいい機会じゃないかな」
「そうだね」
帰り支度をしていると、涼に誘われた。
「洋、行って来いよ。一人で行かせるよりもずっといいよ。二人が一緒だとなんか妙に落ち着くんだ」
「ははっ、さては可愛い涼が心配なんだな。でも安志もそう言うのなら思い切って行ってこようかな」
「あぁそれがいいよ」
行先は涼のモデル事務所。今日は日曜日なのに涼は事務所で撮影の仕事で安志は警備の仕事が入っているというので、鎌倉に真っすぐ戻ろうと思っていたのだが、二人に勧められて考えを改めた。
モデルのSoilさん……いや、陸さんはあれからどうしているか。彼とはニューヨークで別れてから、まだ連絡を取っていなかった。
「……涼あのさ今日は陸さんもいるかな?」
「うん一緒に撮影するよ」
「そうか……じゃあ行くよ」
「やった!洋兄さんが来るとスタッフの人たち喜ぶんだ」
「え?」
「洋兄さんはその綺麗だから、僕も綺麗な洋兄さんを皆に見てもらえて嬉しい!もう洋兄さんも僕と一緒にモデルをしたらいいのに」
「……そんなこと」
そういえばニューヨークで陸さんと撮影したあの写真は、どうなったのだろうか。涼にはあの代理の撮影のことを、実は……まだちゃんと話せていなかった。それは辰起くんのことに触れなくてはいけないから、言い難かったんだ。あの日の心の恐怖と躰の痛みを、まだ躰がしっかりと覚えている。
恨むのは簡単だ。
許すのは難しい。
心の中では……未だ葛藤を続けている。
俺は強くなりたいと思っているだけど、まだまだ弱い人間だ。
「どうしたの?」
「いや……なんでもないよ」
心配そうに覗き込む涼の視線をさりげなく逸らし、家を出た。
スタジオでは少し離れた場所から、撮影を見学させてもらった。
カメラの前でポーズを決める涼が可愛くて自然と頬が緩んでしまう。小さかった涼が一人前になったものだ。いつまでも俺の中では、あの船で一緒に泣いて笑ってくれた少年時代の印象が強くて。
周りの人は俺と涼が似てるっていうけど、そんなことない。天真爛漫な涼の笑顔は、天使のように人を魅了する。涼は育ちが良いのが滲み出て、でもそれが少しも嫌味じゃない。
それは素敵なご両親に育てられたからだと、ニューヨークで実際に俺も世話になって納得した。ニューヨークであの人たちと共に過ごした日々が懐かしい。
****
帰国を前に、伯母さんはパラソル、伯父さんは大きなバスケットを持って、セントラルパークに行った。
伯母さんが、大きなチェックの敷物をパッと青空に広げた。それは新鮮な空気を含んで、パラシュートのように緑の芝生に降りて来た。それからはまるで魔法のようだった。バスケットから硝子のグラスや陶磁器のプレート。さらにワイン、サンドイッチにチーズに生ハムなどのオードブルが次々と出て来たので、驚いてしまた。
「ふふっ涼とはまだ飲めないけど、あなたとならここで乾杯できるのね」
「スパークリングよ。どうぞ」
「あっはい」
よく冷えたたグラスの底から湧き上がる気泡が、日に透けて煌いていた。遠い日の想い出のように、次から次へと立ち上ってくる。そしてグラス越しに見つめる伯母さんの笑顔が、もう会えない母と重なっていく。
だって似すぎているんだ。
なんだって……こんなに似ているのにこんなに違うんだ。
「これはローストビーフを挟んだサンドイッチよ。あなたのお母さんの大好物だったのよ。どうぞ」
「そうか……これは母の好物だったのですか……知らなかったな」
父が亡くなってから、今考えると苦しい生活だったのだろう。慣れない仕事で疲れて帰って来る母を、俺はいつも二階の子供部屋の窓から覗いて待っていた。
遠くから近づく細く頼りない影。手にはスーパーの白い袋を重そうに下げ、足取りも疲れて重たそうだった。
それでも窓から「お帰りなさい!」と声をかけると、眩しそうに見上げ微笑んでくれたあの笑顔。そんな母が、遠足の弁当にとサンドイッチを作りながら溜め息をもらしていた。
「どうしたの?」
「ん、本当はね、ここにローストビーフを入れるととても美味しいのよ、洋にも食べさせたいなって」
「ふーん、でも、そんなの食べたことないから、いつものツナ缶でいいよ」
「そっか……そうよね、ごめんね。洋」
何故か寂しそうで、どこか遠くを見つめてしまった母の寂しそうな姿を思い出す。
「洋くんどう?美味しいでしょ?」
「あっはい」
「よかったわ。涼も小さい時からこれが大好きでね、遠足の時はいつもこれをリクエストしていたわ」
「……そうですか」
悪気がないのは分かっている。あるはずがない。
双子として生まれても……伯母の人生と母の人生は全く違うものだ。
それでも少しだけ寂しかった。
こんなに美味しいものだって知っていたら、母にも食べさせてやりたかったなと。
雲一つない青空の向こうを見つめながら、ただ……そう思っただけだ。
****
「そうだね」
帰り支度をしていると、涼に誘われた。
「洋、行って来いよ。一人で行かせるよりもずっといいよ。二人が一緒だとなんか妙に落ち着くんだ」
「ははっ、さては可愛い涼が心配なんだな。でも安志もそう言うのなら思い切って行ってこようかな」
「あぁそれがいいよ」
行先は涼のモデル事務所。今日は日曜日なのに涼は事務所で撮影の仕事で安志は警備の仕事が入っているというので、鎌倉に真っすぐ戻ろうと思っていたのだが、二人に勧められて考えを改めた。
モデルのSoilさん……いや、陸さんはあれからどうしているか。彼とはニューヨークで別れてから、まだ連絡を取っていなかった。
「……涼あのさ今日は陸さんもいるかな?」
「うん一緒に撮影するよ」
「そうか……じゃあ行くよ」
「やった!洋兄さんが来るとスタッフの人たち喜ぶんだ」
「え?」
「洋兄さんはその綺麗だから、僕も綺麗な洋兄さんを皆に見てもらえて嬉しい!もう洋兄さんも僕と一緒にモデルをしたらいいのに」
「……そんなこと」
そういえばニューヨークで陸さんと撮影したあの写真は、どうなったのだろうか。涼にはあの代理の撮影のことを、実は……まだちゃんと話せていなかった。それは辰起くんのことに触れなくてはいけないから、言い難かったんだ。あの日の心の恐怖と躰の痛みを、まだ躰がしっかりと覚えている。
恨むのは簡単だ。
許すのは難しい。
心の中では……未だ葛藤を続けている。
俺は強くなりたいと思っているだけど、まだまだ弱い人間だ。
「どうしたの?」
「いや……なんでもないよ」
心配そうに覗き込む涼の視線をさりげなく逸らし、家を出た。
スタジオでは少し離れた場所から、撮影を見学させてもらった。
カメラの前でポーズを決める涼が可愛くて自然と頬が緩んでしまう。小さかった涼が一人前になったものだ。いつまでも俺の中では、あの船で一緒に泣いて笑ってくれた少年時代の印象が強くて。
周りの人は俺と涼が似てるっていうけど、そんなことない。天真爛漫な涼の笑顔は、天使のように人を魅了する。涼は育ちが良いのが滲み出て、でもそれが少しも嫌味じゃない。
それは素敵なご両親に育てられたからだと、ニューヨークで実際に俺も世話になって納得した。ニューヨークであの人たちと共に過ごした日々が懐かしい。
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帰国を前に、伯母さんはパラソル、伯父さんは大きなバスケットを持って、セントラルパークに行った。
伯母さんが、大きなチェックの敷物をパッと青空に広げた。それは新鮮な空気を含んで、パラシュートのように緑の芝生に降りて来た。それからはまるで魔法のようだった。バスケットから硝子のグラスや陶磁器のプレート。さらにワイン、サンドイッチにチーズに生ハムなどのオードブルが次々と出て来たので、驚いてしまた。
「ふふっ涼とはまだ飲めないけど、あなたとならここで乾杯できるのね」
「スパークリングよ。どうぞ」
「あっはい」
よく冷えたたグラスの底から湧き上がる気泡が、日に透けて煌いていた。遠い日の想い出のように、次から次へと立ち上ってくる。そしてグラス越しに見つめる伯母さんの笑顔が、もう会えない母と重なっていく。
だって似すぎているんだ。
なんだって……こんなに似ているのにこんなに違うんだ。
「これはローストビーフを挟んだサンドイッチよ。あなたのお母さんの大好物だったのよ。どうぞ」
「そうか……これは母の好物だったのですか……知らなかったな」
父が亡くなってから、今考えると苦しい生活だったのだろう。慣れない仕事で疲れて帰って来る母を、俺はいつも二階の子供部屋の窓から覗いて待っていた。
遠くから近づく細く頼りない影。手にはスーパーの白い袋を重そうに下げ、足取りも疲れて重たそうだった。
それでも窓から「お帰りなさい!」と声をかけると、眩しそうに見上げ微笑んでくれたあの笑顔。そんな母が、遠足の弁当にとサンドイッチを作りながら溜め息をもらしていた。
「どうしたの?」
「ん、本当はね、ここにローストビーフを入れるととても美味しいのよ、洋にも食べさせたいなって」
「ふーん、でも、そんなの食べたことないから、いつものツナ缶でいいよ」
「そっか……そうよね、ごめんね。洋」
何故か寂しそうで、どこか遠くを見つめてしまった母の寂しそうな姿を思い出す。
「洋くんどう?美味しいでしょ?」
「あっはい」
「よかったわ。涼も小さい時からこれが大好きでね、遠足の時はいつもこれをリクエストしていたわ」
「……そうですか」
悪気がないのは分かっている。あるはずがない。
双子として生まれても……伯母の人生と母の人生は全く違うものだ。
それでも少しだけ寂しかった。
こんなに美味しいものだって知っていたら、母にも食べさせてやりたかったなと。
雲一つない青空の向こうを見つめながら、ただ……そう思っただけだ。
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