重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
536 / 1,657
第9章

太陽と月7

しおりを挟む
 なんだか……とても幸せな夢を見ていた。

****

 温かい陽だまりの中を、小さな俺は両親と手を繋いで歩いていた。菜の花畑が広がり、黄色と淡い黄緑の二色しかない世界。空から舞い降りる陽射しは、どこまでも明るく清らかだった。

 ところが川の手前で、両親は繋いでいた俺の手をそっと離した。

「どうしたの?」 
「洋、この先はパパとママだけが進む世界なの。洋が進む世界はあちらよ」

 母が指さす方向には、薄暗いトンネルが見えた。

「ここ? 」
「そうよ」
 
 覗き込んだトンネルの中は、真っ暗だった。

「やだ……暗くて怖いよ」

 怖くて思わず目をギュッと瞑ると、父が優しく肩に手を置いた。

「大丈夫だ、ほら月が昇るよ」

 もう一度そっと目を開くと、そこには光の筆で描いたかのような輝く満月が、ぽっかりと浮かんでいた。月光の静かな光は、真っすぐにトンネルの中を照らしていた。

「わぁ……明るい、月ってあんなに明るいの? 白く光ってすごい!」
「洋……月は、自分で光を出しているのではなく、太陽に照らされて光っているんだよ。つまり月は、太陽の光を跳ね返して輝く存在なんだよ。この先私達と別れて人生を歩んでいく洋は、まるであの月のようだ」
「……そうなの?」

 別れという言葉に、幼い俺は少し怖くなった。さらに父は話を続けた。

「洋、この先何があっても忘れてはいけないよ。私たちがいなくなっても、洋は決して一人きりではない。洋の周りには太陽のような人が集まって来る。その人たちによって洋は輝きを失わない。太陽が輝くかぎり希望も輝く。その希望を洋は受け取って生きていくんだよ。分かるかな」

 一陣の風。

 次に目を開けた時には、もう父も母もいなかった。
 でも「希望」だけは……確かに灯火のように心の中に残っていた。

****

「洋兄さんってば起きて」
「洋、そろそろ起きろよ。飯冷めちゃうぞ! 」
「えっ」

 躰を揺さぶられ、まどろみから目覚めると、とても明るい世界が待っていた。

「あ……涼、安志……俺、寝てた? 」
「あぁぐっすりな」
「ほら、せっかく安志さんが作ってくれたチャーハン、冷めちゃうから起きて!」

 涼が可愛くポンっとベッドに飛び乗って来た。

「わっ重たい! 」
「ひどいな~さっきは僕にくっついて寝ていたくせに」
「えっ! わっどこ触って! くすぐったい! 」
「涼っおいっ。くっつくのはこっちだろう? 」

 安志の嫉妬するような焦った声。なんだか無性に楽しい気分になってきた。
 明るい涼と安志は、俺にとって、まさに太陽のような存在だ。
 出会えて良かった大切な人たちだ。

「うん、食べよう! 」
「おうっ洋は結婚までにもっと太れよっ」
「なっ! 」
「ははっ残すなよ」

 キラキラと眩しい大事な人から受け取るエネルギーを感じた。

 今日ここに来てよかった。そう思う瞬間を噛みしめた。

 君たちの輝きを受け、俺ももっと輝きたい。

 前向きになれる力が湧いてくるよ。

 父さんと母さんの言った通りだ。

 俺は一人きりではなかった。

 こんなにも沢山の……俺を愛してくれる人に囲まれている。


しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

処理中です...