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第9章
太陽と月5
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「え……それ、洋も思い出していたのか」
思わず肩にもたれている洋の顔を覗き込むと、どこか懐かしそうな柔らかい表情を浮かべていた。
「あの日も暑くて、こうやってベンチに二人で座っていたよな。安志がタオルを額にのせてくれて」
「あぁ……あれはもう10年以上前の話だ」
「でも昨日のことのように思い出すよ」
「そうか、そうだよな。俺もだ」
確かに俺の脳裏にも色鮮やかに……あの日の空、風、光、汗、水しぶきが蘇って来た。そしてあの日もこうやって俺の肩にもたれてくれた洋の体温と香りも。
「俺たちこの十年、いろんなことがあった。でも十年前も今も……変わらずに安志は俺を助けてくれる。こんな俺なのに……変わらずにいてくれてありがとうな」
「何言ってんだよ。照れるだろっ」
急に改まってそんなこと言われると、動揺してしまう。
俺は洋が考えるほど立派でも純粋でもない。
洋に対しては不埒でやましい気持ちだって持ったこともある。それを一番大事な時に、洋にぶつけてしまったの忘れたのか。
あの日のことを思い出すと苦しくなる。忘れたい、抹殺したい、記憶の底に沈めたい。でも絶対に沈めてはいけないと自分をいつも戒めていた。起こしてしまったことは消えてなくならない。それを痛感した。
十年以上の月日が流れ、時は再び俺と洋を巡り合わせてくれ、信じられないことに涼という大切な贈り物も与えてもらったんだ。
俺は長い年月をかけて、またこうやって洋が苦しんでいる時、助けてあげられる位置まで戻って来られた。恋人にはなれなかったが幼馴染として親友として……すぐ傍にいられる。それだけでもう十分過ぎるほどの幸せだ。
俺達は、もうお互いに別の道を歩んでいる。
「あ……そうだ。ずっと安志に聞きたかったことがあって」
「なんだ?」
「んっあのさ……野球を続けなかったんだな。安志なら絶対レギュラーになって活躍しただろうに、そのことだけがずっと気になって」
「ははっ洋、あの頃の俺はちょっと腐ってたんだ。これでいいんだ。この道で後悔していない」
「そうか。安志が後悔してないなら、俺も後悔するのはやめる」
「あぁそうしろ、そうして欲しい。それから幸せになって欲しい」
「七日に待ってるよ。涼と来て欲しい」
「もちろんだ。さぁそろそろ行こうか」
「あぁ、もう大丈夫だ」
洋の手を掴んで立ち上がらせてやった。だが、この手をつないで未来へ進んでいくのは、俺じゃない。
丈さん……どうか洋のことを頼む。
茂みから元の道に戻ると、明るい陽射しがクラっとするほど眩しかった。
さっきまでの二人の世界とお別れだ。
緑の木陰での静寂な時間が途端に打ち破られ、急に現実に戻った気分だった。
****
何度かインターホンを押しても、涼が出てこない。
「あれっいないのかな? 」
「いや、まだ寝てるのさ。全く涼は」
そう言いながら安志はポケットから鍵を取り出した。
「あっ鍵持っているのか」
思わず聞いてしまうと、安志は少し恥ずかしそうに無言で頷いた。
涼の相手が安志じゃなかったら、きっと俺は今頃心配でヤキモキしただろうな。本当に涼の相手が安志で良かったと思う瞬間だ。
部屋に入ると真っ暗で、涼はカーテンも開けずにぐっすりと寝ているようだった。ってもう11時なのに。それだけ若いっていうことか。思わず安志と顔を見合わせて笑ってしまった。
「洋、起こして来てくれ。俺はこれを冷蔵庫に入れておくから」
「分かった」
涼の寝室に入ると、まるで青空を映し取ったかのような海色のシーツの上に、涼が身体を折り曲げてすやすやと眠っていた。白いTシャツにグレーのパンツ姿でずいぶん無防備だ。
そっと涼のベッドの横に腰を下ろしシーツを触ってみた。さらりとしたリネンの感触。清潔感溢れる涼らしい色合いだ。栗毛色で少し毛先に癖がある髪が、汗ばんで額に貼り付いている。気持ち良さそうに眠っている、涼の肩をゆさゆさと揺さぶってやる。
「涼……もう起きないと」
しかし、もぞもぞとタオルケットで顔を隠してしまう。本当に若いな。こんな時間まで眠っていられるなんて羨ましいよ。
「涼……」
苦笑しながらもう一度強く肩を揺すると、寝ぼけたような返事が返ってきた。
「ん……まだ眠いよ……安志さん」
思わず肩にもたれている洋の顔を覗き込むと、どこか懐かしそうな柔らかい表情を浮かべていた。
「あの日も暑くて、こうやってベンチに二人で座っていたよな。安志がタオルを額にのせてくれて」
「あぁ……あれはもう10年以上前の話だ」
「でも昨日のことのように思い出すよ」
「そうか、そうだよな。俺もだ」
確かに俺の脳裏にも色鮮やかに……あの日の空、風、光、汗、水しぶきが蘇って来た。そしてあの日もこうやって俺の肩にもたれてくれた洋の体温と香りも。
「俺たちこの十年、いろんなことがあった。でも十年前も今も……変わらずに安志は俺を助けてくれる。こんな俺なのに……変わらずにいてくれてありがとうな」
「何言ってんだよ。照れるだろっ」
急に改まってそんなこと言われると、動揺してしまう。
俺は洋が考えるほど立派でも純粋でもない。
洋に対しては不埒でやましい気持ちだって持ったこともある。それを一番大事な時に、洋にぶつけてしまったの忘れたのか。
あの日のことを思い出すと苦しくなる。忘れたい、抹殺したい、記憶の底に沈めたい。でも絶対に沈めてはいけないと自分をいつも戒めていた。起こしてしまったことは消えてなくならない。それを痛感した。
十年以上の月日が流れ、時は再び俺と洋を巡り合わせてくれ、信じられないことに涼という大切な贈り物も与えてもらったんだ。
俺は長い年月をかけて、またこうやって洋が苦しんでいる時、助けてあげられる位置まで戻って来られた。恋人にはなれなかったが幼馴染として親友として……すぐ傍にいられる。それだけでもう十分過ぎるほどの幸せだ。
俺達は、もうお互いに別の道を歩んでいる。
「あ……そうだ。ずっと安志に聞きたかったことがあって」
「なんだ?」
「んっあのさ……野球を続けなかったんだな。安志なら絶対レギュラーになって活躍しただろうに、そのことだけがずっと気になって」
「ははっ洋、あの頃の俺はちょっと腐ってたんだ。これでいいんだ。この道で後悔していない」
「そうか。安志が後悔してないなら、俺も後悔するのはやめる」
「あぁそうしろ、そうして欲しい。それから幸せになって欲しい」
「七日に待ってるよ。涼と来て欲しい」
「もちろんだ。さぁそろそろ行こうか」
「あぁ、もう大丈夫だ」
洋の手を掴んで立ち上がらせてやった。だが、この手をつないで未来へ進んでいくのは、俺じゃない。
丈さん……どうか洋のことを頼む。
茂みから元の道に戻ると、明るい陽射しがクラっとするほど眩しかった。
さっきまでの二人の世界とお別れだ。
緑の木陰での静寂な時間が途端に打ち破られ、急に現実に戻った気分だった。
****
何度かインターホンを押しても、涼が出てこない。
「あれっいないのかな? 」
「いや、まだ寝てるのさ。全く涼は」
そう言いながら安志はポケットから鍵を取り出した。
「あっ鍵持っているのか」
思わず聞いてしまうと、安志は少し恥ずかしそうに無言で頷いた。
涼の相手が安志じゃなかったら、きっと俺は今頃心配でヤキモキしただろうな。本当に涼の相手が安志で良かったと思う瞬間だ。
部屋に入ると真っ暗で、涼はカーテンも開けずにぐっすりと寝ているようだった。ってもう11時なのに。それだけ若いっていうことか。思わず安志と顔を見合わせて笑ってしまった。
「洋、起こして来てくれ。俺はこれを冷蔵庫に入れておくから」
「分かった」
涼の寝室に入ると、まるで青空を映し取ったかのような海色のシーツの上に、涼が身体を折り曲げてすやすやと眠っていた。白いTシャツにグレーのパンツ姿でずいぶん無防備だ。
そっと涼のベッドの横に腰を下ろしシーツを触ってみた。さらりとしたリネンの感触。清潔感溢れる涼らしい色合いだ。栗毛色で少し毛先に癖がある髪が、汗ばんで額に貼り付いている。気持ち良さそうに眠っている、涼の肩をゆさゆさと揺さぶってやる。
「涼……もう起きないと」
しかし、もぞもぞとタオルケットで顔を隠してしまう。本当に若いな。こんな時間まで眠っていられるなんて羨ましいよ。
「涼……」
苦笑しながらもう一度強く肩を揺すると、寝ぼけたような返事が返ってきた。
「ん……まだ眠いよ……安志さん」
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