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第9章
太陽と月4
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急に昔を思い出した。
あれはまだ高校1年生の夏前、野球部の俺は夏の甲子園の地区予選のために猛練習をしていた。
****
「洋、悪い。明日も朝練なんだ。どうする?」
「ん……俺も早く出るよ。一緒に行こう」
電車で男なのに痴漢にあってしまう洋。そんな君を守りたくて、朝は必ず一緒に登校するようにしていた。
俺に出来ることはそれくらい。 それでも少しでも洋の負担を減らせるならば、大事な使命を得たように毎日が嬉しくも誇らしくもあった。
こんな風に早朝に一緒に登校すると、洋は必ず俺の朝練風景を見守ってくれた。
夏も近い蒸し暑いグランド。熱風が吹き抜け土煙が舞う中、ひたすらに縦横無尽に俺は走る。走って走って……どこまでも無性に走り抜けたい気分になる朝だ。
そして今日も汗で視界が霞む先に、洋がいる。
校舎の日陰の真っ白なコンクリートの壁にもたれて、眩しそうに俺のことを見つめてくれている。目が合うとニコっと微笑み返してくれる。その笑顔になんともいえない甘酸っぱい気持ちが込み上げてきた。
相変わらず線が細く華奢な躰だ。もともとほっそりした奴だったけど、小学校の頃はここまでとは思わなかった。洋のお母さんが亡くなった頃から急に元気がなくなって、躰も随分痩せてしまった。
今日は蒸し暑いから、あんな所に立っていないで教室に入ればいいのに。いや、やっぱり教室は駄目だ、俺の目が届かない。俺の見える範囲にいてくれ!
「おーい鷹野!ぼーっとするな!練習中だぞ!」
「はいっすいません!」
そうだ今は練習中だ。余計なことは考えるな。
練習が終わり、汗だくの顔を校庭に蛇口に突っ込みブルっと頭を振ると、水しぶきと汗が渇いた土に黒い跡を点々とつけた。もう夏が近い。スポーツタオルを首にかけ洋の所へ急いで向かう。
「洋、待たせたな!」
あれ?さっきまで此処に立っていたのに見当たらない。一体どこへ行った?ひやりとした気持ちでキョロキョロと辺りを見回すと、体育館脇の階段に洋が頭を押さえてしゃがみ込んでいた。
「どうした?」
「ん……あ…安志…また貧血みたいだ」
「大丈夫か」
慌てて洋を抱き起こし、階段横に配置されている日陰のベンチへと座らせた。それから肩に掛けていたタオルを蛇口で濡らして、洋の額にのせてやった。
「あ……冷たい。気持ちいい」
目元が隠れていても、真っすぐな鼻梁に綺麗な形の小さな唇……とても美しい造形だ。誰もが魅了されてしまう洋の美貌は本当に危険だ。まるで誘うように花が開くように唇が動く。俺はやましい気持ちを慌てて振り捨て、目を逸らした。
「大丈夫か」
「ん……なんとか。ごめん。安志にまた心配かけたな。安志にスポーツドリンクを差し入れたくて自動販売機まで行ったんだ。温かくなっちゃったけど、ほら」
手渡されたペットボトルに洋の温もりを感じ、何故だか涙が出そうになった。
守ってやりたいよ……俺じゃ駄目か。
何度も何度も呑み込んだその言葉を、今日もやはり口に出すことは出来ない。
でもいいんだ。こうやって洋の近くにいることができれば、陰ながら力になれるなら
****
ベンチに座りながら、俺は遠い昔の懐かしい日々を思い出していた。
「安志……なんだか……あの朝練の時を思い出すな」
俺の頭の中を見透かしたように…洋が口を開いた。
あれはまだ高校1年生の夏前、野球部の俺は夏の甲子園の地区予選のために猛練習をしていた。
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「洋、悪い。明日も朝練なんだ。どうする?」
「ん……俺も早く出るよ。一緒に行こう」
電車で男なのに痴漢にあってしまう洋。そんな君を守りたくて、朝は必ず一緒に登校するようにしていた。
俺に出来ることはそれくらい。 それでも少しでも洋の負担を減らせるならば、大事な使命を得たように毎日が嬉しくも誇らしくもあった。
こんな風に早朝に一緒に登校すると、洋は必ず俺の朝練風景を見守ってくれた。
夏も近い蒸し暑いグランド。熱風が吹き抜け土煙が舞う中、ひたすらに縦横無尽に俺は走る。走って走って……どこまでも無性に走り抜けたい気分になる朝だ。
そして今日も汗で視界が霞む先に、洋がいる。
校舎の日陰の真っ白なコンクリートの壁にもたれて、眩しそうに俺のことを見つめてくれている。目が合うとニコっと微笑み返してくれる。その笑顔になんともいえない甘酸っぱい気持ちが込み上げてきた。
相変わらず線が細く華奢な躰だ。もともとほっそりした奴だったけど、小学校の頃はここまでとは思わなかった。洋のお母さんが亡くなった頃から急に元気がなくなって、躰も随分痩せてしまった。
今日は蒸し暑いから、あんな所に立っていないで教室に入ればいいのに。いや、やっぱり教室は駄目だ、俺の目が届かない。俺の見える範囲にいてくれ!
「おーい鷹野!ぼーっとするな!練習中だぞ!」
「はいっすいません!」
そうだ今は練習中だ。余計なことは考えるな。
練習が終わり、汗だくの顔を校庭に蛇口に突っ込みブルっと頭を振ると、水しぶきと汗が渇いた土に黒い跡を点々とつけた。もう夏が近い。スポーツタオルを首にかけ洋の所へ急いで向かう。
「洋、待たせたな!」
あれ?さっきまで此処に立っていたのに見当たらない。一体どこへ行った?ひやりとした気持ちでキョロキョロと辺りを見回すと、体育館脇の階段に洋が頭を押さえてしゃがみ込んでいた。
「どうした?」
「ん……あ…安志…また貧血みたいだ」
「大丈夫か」
慌てて洋を抱き起こし、階段横に配置されている日陰のベンチへと座らせた。それから肩に掛けていたタオルを蛇口で濡らして、洋の額にのせてやった。
「あ……冷たい。気持ちいい」
目元が隠れていても、真っすぐな鼻梁に綺麗な形の小さな唇……とても美しい造形だ。誰もが魅了されてしまう洋の美貌は本当に危険だ。まるで誘うように花が開くように唇が動く。俺はやましい気持ちを慌てて振り捨て、目を逸らした。
「大丈夫か」
「ん……なんとか。ごめん。安志にまた心配かけたな。安志にスポーツドリンクを差し入れたくて自動販売機まで行ったんだ。温かくなっちゃったけど、ほら」
手渡されたペットボトルに洋の温もりを感じ、何故だか涙が出そうになった。
守ってやりたいよ……俺じゃ駄目か。
何度も何度も呑み込んだその言葉を、今日もやはり口に出すことは出来ない。
でもいいんだ。こうやって洋の近くにいることができれば、陰ながら力になれるなら
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ベンチに座りながら、俺は遠い昔の懐かしい日々を思い出していた。
「安志……なんだか……あの朝練の時を思い出すな」
俺の頭の中を見透かしたように…洋が口を開いた。
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