重なる月

志生帆 海

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第9章

星空を駆け抜けて3

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「それからこれもやるよ」
「これは? 」

 流さんが無造作に持っていたもう片方の包みには、着古した感じの浴衣が沢山入っていた。

「これはさ、丈の小さい時のだよ。洋くんの背丈に合いそうな物を選んで洗っておいたよ。君、確か浴衣は一つしか持っていなかっただろう? 」
「え……でもこんなに」
「丈は洋くんの浴衣姿が好きだって言ってたよ。だからさ、毎晩浴衣がいいと思うよ」
「そんなこと言ってません! 」

 隣にいた丈が、やっと口を開いた。

「全く……流兄さんはいつだってそうやって、ふざけて! せっかくしんみりと洋の結婚式の衣装の話をしていたのに」

 不服そうな言葉を微塵ともせず、流さんは笑い飛ばす。

「はははっ、俺はしんみりが苦手だからな、あっでも丈がこっそり洋くんの浴衣洗濯しているの見たら一枚じゃ足りないって思ってさ。俺って弟想いだろう。さぁこんだけ着替えがあったらどんなに派手に汚しても大丈夫だ。存分にどうぞ!ははっ」
「にっ兄さん!」

 二人の会話をぽかんと聴いていた俺も、はっと思い真っ赤に赤面した。

 じょ……丈が俺の汚れた浴衣を洗濯だって!?

****

 風呂上がり、流さんから渡された浴衣を着てみた。濃紺の浴衣の着丈は俺にぴったりで、着古した感じが、かえって肌馴染み良く着心地が良かった。

 丈がこれを着たのは、幾つの時だったのか。俺よりも10cmも背が高いから、中学生の頃だろうか。

 今まであまり考えたこともなかったが、丈の学生服姿を想像してみた。でもやっぱり俺には、今の医師としての白衣を着ている丈の方がしっくりくる。俺が顎を少しあげると丈の視線とぶつかる。そんな瞬間が好きだから。

 鏡に映る自分の顔を見ると、躰がよく暖まったせいか……頬が上気していた。そして胸元の浴衣からは、どこはかとなく丈の匂いがするような気がして気恥ずかしくなった。昼間あんな途中で終わってしまったから、俺の方だって少しの刺激でこんな表情をして恥ずかしい。

 離れの部屋に戻ると、先に風呂に入った丈がPCの前に座り、真剣な眼差しでモニター画面を見つめていた。

「何を調べている?」
「あぁあがったのか、ちょっと待ってろ」
「うん」

 急な仕事だろうか。

 部屋に戻ったらすぐに丈に求められると思っていたのに、意外だった。
 俺は何をそんなに期待して……なんだか無性に恥ずかしい。

 十分……二十分……まだだろうか。

 昔もそうだった。出逢った頃の丈はいつもこんな風に俺に背を向けてPCデスクの前にいた。疎遠だった頃を思い出すと……少しだけ寂しい気持ちになってしまう。胸の奥がぎゅっと掴まれるような孤独を感じていたあの頃を思い出す。

「洋、待たせたな」

 そんな風に落ち込んでいると、丈がやっと振り向いてくれた。


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