重なる月

志生帆 海

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第9章

星空を駆け抜けて2

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「なんだろう? 」
「さぁ……」
 
 丈と顔を見合わせてしまった。それにしても一気に入籍する日にちまでトントン拍子で決まって驚くばかりだ。

 俺は男なのに……本当に変な気持ちだが、こうやって周りに祝福され丈と幸せを築いていけることが、心の底から嬉しい。ずっとこんな風に穏やかな幸せが欲しかったのかもしれない。それが俺の本心だったのかもしれない。

 廊下から再び足音が聞こえた。

「待たせたな。ほら、これはどうだ? 洋くんにぴったりだろう」

 流さんが手に持って来たのは、白地を基調とした男物の着物だった。手に取りまじまじと見つめると、胸元から裾にかけて流れるように美しい柄が施されていた。

 これは星か……いや花だ。何の花だろうか。白い星のような小さな花。花の白と花弁の淡いグリーン、葉の濃い緑が印象的なとても清楚な花だった。

「これは一体? 」
「洋くんは着物に詳しくはない? 」
「生憎……すみません」
「いや、いいんだよ、俺は趣味で結構好きでね。実は翠兄さんの着物は全部俺が見立てている
んだ」
「そうなんですか」
「この着物…裏地は※羽二重だ。ほら触ってごらん、滑らかで気持ちが良い生地だろう。翠兄さんにもよく使うものだ」

 そっと裏地に触れると、とても滑らかで指先が生地の中に吸い込まれそうだった。上質で滑らかな生地は翠さんにも似合いそうだ。いつも品の良い色合わせをされている和装の翠さんの姿が色鮮やかに目に浮かんできた。

 そういえば翠さんの袈裟は、いつも美しい濃淡で溜息がでる程だった。選んでいたのは流さんだったのか。流さんのお兄さんへの愛情の深さを、しみじみと感じてしまった。

「これはね、まぁ略礼装ってとこかな。結婚式ではこれを着たらどうだい? 紋付き羽織袴とまではいかないけれども軽やかで、洋くんに似合いそうだ。そうだな、この着物に合わせて少しだけ白地の濃淡に変化をつけた羽織を用意して、袴は濃紺がいいかな? 夏らしく爽やかに……うん、嫁さんは清楚にだなっ」

 流暢に話続ける流さんに、俺は着物の用語もよく分からないし知識もないので、ただ頷くばかりだった。

「流さんに、もう全部お任せします」
「おお! 任せておけ。おっと、肝心なことを言うのを忘れていたよ。この着物の柄、誰が描いたと思う?」
「……さぁ」

 そう言われて再び手元の着物に触れてみた。滑らかな絹地に咲いた白い花は、本当に夜空に煌く星のようだ。一体誰だろう。こんなに繊細で清らかな柄を描いたのは……花の輪郭を辿る様に指先をすぅっと動かすと、どこか遠くの世界へ繋がっているような錯覚を覚えた。

 懐かしい。
 そんな気持ちとつながっていく……この想いはあの日感じたものと同じ。

「夕凪だよ、これは……夕凪が描いたそうだ」
「えっ、夕凪ってあの?」
「そうなんだ、夕凪がこの寺に残した唯一の物さ。代々受け継がれて来て、いつかこれを着るべき人がこの寺にやってくる……そう言われていた。それってやっぱり君のことだよね。洋くん」
「あっ」

 夕凪……あの夕さんの墓ですれ違った彼だ。

 彼が、俺にこれを?

 不思議な邂逅は、こんなところでまた俺と出逢う。

「これ……着たいです。俺……これを着て」
「あぁ分かっているよ。七日には着れるようにしてやるから、任せておけ」












あとがき(不要な方はスルーで)

****

『夕凪の空 京の香り』とまたリンクしてきます。
この後、更にお話が深く絡み合っていきますので、ご興味あればぜひ♡


※羽二重とは……平織りと呼ばれる経糸と緯糸を交互に交差させる織り方で織られた織物の一種。絹を用いた場合は光絹とも呼ばれる。通常の平織りが緯糸と同じ太さの経糸1本で織るのに対し、羽二重は経糸を細い2本にして織るため、やわらかく軽く光沢のある布となる。 白く風合いがとてもよいことから、和服の裏地として最高級であり、礼装にも用いられる。
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