重なる月

志生帆 海

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第9章

一滴の時 1

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 そんなに長いニューヨーク滞在ではなかったのに、日本へ帰国したことに心底ほっとした。

 無事に帰って来られた。もうすぐ丈のもとへ戻れる。

 その二つのことで胸がいっぱいだ。

 北鎌倉へ向かう横須賀線の心地良い揺れは、満ちていく心を更に幸せなものへと膨らませてくれるようだった。電車が大船駅に近づくと、車窓に真っ白な大船観音が見えて来た。

 優しく柔和な微笑は、まるで俺の帰りを迎えてくれているようだ。そしていよいよあと一駅で丈に会えると胸が高鳴った。

 丈には俺を見送った時と同じように北鎌倉の駅で待っていて欲しいと、日本を発つとき願い出ていた。

 空港じゃなくて、そこが良かった。

 俺にとって北鎌倉は『終の棲家』になる場所だから、そこで丈に迎えてもらいたかった。

 大船駅を離れると急に車窓から見える緑も一層濃くなり遠くに山も見え、外気が下がり空気が澄んでくるようだった。俺もどんどん凛と引き締まった気持ちになっていく。

「まもなく北鎌倉です」

 アナウンスと共に、さらに緊張が高まった。

 何故なら少しだけ言いにくいことがあるからだ。向こうで何もなかったわけではない。危ない目にも遭った。躰の傷もまだ癒えていないから……そのこともきちんと話さないといけない。でも、それよりもまずは再会を喜び合いたい。

 ホームに降り、重たいスーツケースを押しながら歩いていると、最初に丈に会った日のことを思い出す。あの時、PCに向かって振り向きもしなかった同居人だった丈。君とまさか……こんな展開になるなんて思いもしなかったな。

 もうすぐ、もうすぐだ。

 目を凝らすと改札口に背の高い人影が見えて来た。

「丈っ!」

 待ちきれなくて自然と速足になってしまう。

 会いたかった。
 とても会いたかったよ!

 今まで頑張ってきた緊張の糸がぷつりと切れてしまった。

 丈の方も俺の姿を見つけたらしく、手をあげて応えてくれた。穏やかな眼差しを一身に受け、丈も同じ気持ちでいてくれたことが、じんっと伝わって来た。

 周りに誰もいなければ、その胸に飛びこんでしまいたくなるほど、君が恋しかった。

「お帰り」
「ただいま」

 それだけでいい。
 今は飾るような言葉も、言い訳も何もいらない。

 お帰り、ただいま……それだけのやりとりで、俺たちの間はまた繋がっていく。

 一気に離れていた時を埋めるように、心と心が絡まり合うのを感じた。



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