重なる月

志生帆 海

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第8章

陸編 『陸と空の鼓動』4

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 陸の様子が昨日から変だ。

 僕のことを見つめる眼が格段に深く優しくなっている。そんな陸に対して、僕は……僕の気持ちが今にも零れ落ちそうで、戸惑っている。

「そろそろかな」

 呼び出されたサウスフェリーの乗船所。近いづいてくる船の中に、すぐに陸を見つけた。外人に囲まれていても引けを取らない長身で、サングラスをしていても分かる彫りの深いエキゾチックで精悍な男らしい顔立ち。陸が立っている所だけが、スポットライトを浴びているように輝いて見える。

 大勢の観光客に紛れているのに、本当に陸はすごい。

 そんなスターのような陸が、船を下りて真っすぐに僕の所へやって来てくれる。そのことが心の底から嬉しいよ。

「空、待ったか」
「いや、今来た所だよ」
「そうか……船に乗ってみたいか」
「あ……うん、でも陸は僕が来る迄ずっと乗っていたんだろ? 悪いよ」
「まぁな。でもずっと一人だったから、空と乗りたい。こっちに来いよ」

 陸の手が僕の手首を掴み、ぐいと導かれる。

「ちょっ! ちょっと陸、離せよっ!人が見てるから」
「ここ、アメリカだぜ。そんな小さいこと、いちいち気にすんな」
「でっでも」

 こっちの動揺なんてお構いなしに、陸は悠然と歩いて行く。でも突然陸が立ち止まったので、その広い背中にドンっとぶつかってしまった。

「なっ何? 」
「お前……俺に触れられるの嫌か」
「な……なんで…そんなこと? 」

 一体どうしたんだよ。陸。そんなこと改まって聞くなんて本当に変だよ。

「なら良かった。あぁすごくいい風だな」
「あっ……うん」

 この陸の笑顔……昔を思い出す。そうだ……サッカーの試合で勝った時の嬉しそうな無邪気な笑顔と似ているな。

 陸と僕は肩を並べ、甲板の最前に立った。

 前方に広がる白いカモメの飛び交う真っ青な空を見つめていると、やがてマンハッタンの楼閣群が一気に現れてきた。

「陸と……」

 そう呟くと、陸が応えた。

「空だな」

 まさに陸と空が溶け合っているような風景だ。


「空、今からいうこと真面目に聞けよ」
「うっうん……なに? 」
「あのさ、俺、空のこと考えると……」

 そう言いながら陸はその大きな手で僕の手首を掴み、自分の心臓の上にあてた。その行動の意味が分からず怯むと、更にその手にぐいっと力を込められた。

「なっなに? 」
「静かにしろって……なぁ聞こえるか。俺の鼓動」

 ドクンドクン──

 それは規則正しく逞しい陸の奏でる生きている証。その音が手のひらを通して、僕の躰に伝わって来た。

「聞こえるよ。はっきりと」
「空のこと考えると、こんなに速くなるんだせ。これって空のことが好きってことだよな」
「えっ」
「来いよ空。空も俺のこと好きだろ? ずっと気が付いてやれなくてごめんな」

 そう言いながら陸が突然僕を抱きしめた。

 長身の陸の胸元にすっぽり収まってしまった躰を、優しく陸が擦ってくれる。

 なんていう展開なんだ。陸が気付いてくれる日がくるなんて!

「空、俺達……付き合おうか」
「……陸……これって夢じゃないよな」

 信じられない言葉が降ってきた。

「あぁ、一人って寂しいもんだな。でも空がいつも傍にいてくれたから、俺は今までそれに気が付かずに過ごせたんだな。この先ずっと空に今まで通り傍にいて欲しいし、それにさ、俺気づいたんだ」
「こんな展開……僕……」
「なぁ空に気づいたことしてもいいか」
「うん……でも何を? 」

 そう聞いた途端、顎をくいっと掴まれ、上を向かされたかと思うと……まるで太陽の光がぶつかったような熱く衝撃的なキスをされた。

 え……嘘……

 陸が僕にキスをしたのか。

「俺は空とキスしたくなった。それに気が付いたってこと」

 唖然として上を見上げると、悪戯そうな笑みを浮かべ、陸が笑っていた。そして陸の肩越しには、マンハッタンの雄大な景色が広がっている。

「僕も気が付いた。『陸』と『空』はいつも必ずつながっている。絶対に離れることはないってことに」

 そう告げると陸が笑った、つられて僕も笑った。

 嬉しくて嬉しくて、一気に幸せが駆け上がって来た。



 陸編 『陸と空の鼓動』了





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