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第8章
陸編 『陸と空の鼓動』3
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摩天楼のビル群が空を貫くように建ち並んでいる。その更に頭上に真っ青に広がる青空と白い雲のコントラストが清々しい。
サングラス越しにも、間もなくやってくる夏の勢いを感じる日差しがジリジリと届いて来た。俺はフェリーの上で、海風を浴びながら昨夜のことを思い出していた。
昨夜のレストランでの空は少し変だった。ついでに俺の方も少し……いや、だいぶ変だった。結局あのまま気まずい状態で夕食を取っていたら、マネージャーから緊急の連絡が入って、そのまま別れることになってしまった。
くそっ忌々しい。
急用というのは辰起のことで、あの黒人男性がすべてを吐いたので、辰起の居所も分かったというわけだ。あいつを甘やかしてしまったのは周りの大人だ。辰起が必死に隠しているその生い立ちを知っているから……事を荒立てるようなことを今までしてこなかったが、今回のことは行き過ぎだ。
危うく洋があの黒人の男に強姦されてしまう所だったのだから。それに辰起自身の手で、危害を加えられた形跡もあった。
許せない。
心の底から俺はそう思ったのに……洋のやつは本当にお人好しだ。辰起まで許してしまうなんて、警察に訴えることだって出来たのに。
父の時だって今回だって……何故そこまで人を許せるんだ? どうやら俺には洋が大きすぎるようだ。手に負えないような大きな存在とでもいうのか。俺の理解を超えた行動をとるせいだ。いつだって……今回だって。
撮影が終わってすぐにフェリーに乗ったのには理由がある。空港へ向かう車の中で洋と交わした会話のせいだ。
「陸さんはいつまでニューヨークに? 」
「あと三日程かな」
「じゃあ時間が空いたら※サウス・フェリーに乗船してみてはどうですか。あのフェリーに俺、大学時代よく乗っていて……今回も時間があったら乗りたかったけど、もしよかったら俺の代わりに乗って来てもらえませんか」
「はっ? なんで俺がお前の代理で?」
「あっ駄目なら……」
「いや……サウスフェリーか。行って見るよ。ありがとうな」
どうして大人しく言うことを聞いたのかって? それは、洋は大学時代に父と二人きりでニューヨークで過ごしたと聞いて、一体どんな気持ちで日々過ごしていたのか、少しでも近くに感じたかったからだ。
船上から自由の女神を一望できる光景が、圧巻だ。見上げる程大きな自由の女神は、俺を見降ろし不敵に笑っているように見えた。
くそっ! 洋、負けるなよ。思うがままに生きていけ。
そう願ってやった。
「さてと……そろそろ来る頃か」
俺はフェリー降りずに、そのまま往復を何度かした。そうして過ごしたことを洋に聞いていたから。
結構寂しいもんだな……ひとりっていうのは。
周りは観光客、家族連れ、カップルなどで溢れかえっている中、俺はサングラスをかけデッキのバーを握りしめて外を眺めていた。行き交う人々の波に押されながら俺はずっと待っている。仕事を終えた空をここに呼んだから。
フェリーが乗り場に近づくと、生真面目に淡いブルーのスーツに白いワイシャツ、ネクタイまできっちり締めた空の姿が見えて来た。繊細な表情に細いフレームの眼鏡が良く似合っている。日に透ける髪の毛が少し茶色がかって見え、優しく穏かないつもの表情を浮かべていた。
空は……こんなに綺麗だったのか。まるで、そこだけ光があたっているように輝いて見えた。その姿を完全に捉えた瞬間、ドクドク……と身体の中から音がした。
これは鼓動だ。心臓がドクドクっと音を立てている。
いやそうじゃない。心臓の音だけじゃない。
空に対して、俺の気持ちが震え動いている音がした。
※サウスフェリー
マンハッタンとスタテンアイランドを結ぶフェリーのこと。オープンデッキから、ロウアー・マンハッタンのビル群やブルックリン、そして自由の女神を一望できることから、観光客にも大人気のフェリー。走行時間は約25分で、ゆっくりと眺めを楽しむことができます。
サングラス越しにも、間もなくやってくる夏の勢いを感じる日差しがジリジリと届いて来た。俺はフェリーの上で、海風を浴びながら昨夜のことを思い出していた。
昨夜のレストランでの空は少し変だった。ついでに俺の方も少し……いや、だいぶ変だった。結局あのまま気まずい状態で夕食を取っていたら、マネージャーから緊急の連絡が入って、そのまま別れることになってしまった。
くそっ忌々しい。
急用というのは辰起のことで、あの黒人男性がすべてを吐いたので、辰起の居所も分かったというわけだ。あいつを甘やかしてしまったのは周りの大人だ。辰起が必死に隠しているその生い立ちを知っているから……事を荒立てるようなことを今までしてこなかったが、今回のことは行き過ぎだ。
危うく洋があの黒人の男に強姦されてしまう所だったのだから。それに辰起自身の手で、危害を加えられた形跡もあった。
許せない。
心の底から俺はそう思ったのに……洋のやつは本当にお人好しだ。辰起まで許してしまうなんて、警察に訴えることだって出来たのに。
父の時だって今回だって……何故そこまで人を許せるんだ? どうやら俺には洋が大きすぎるようだ。手に負えないような大きな存在とでもいうのか。俺の理解を超えた行動をとるせいだ。いつだって……今回だって。
撮影が終わってすぐにフェリーに乗ったのには理由がある。空港へ向かう車の中で洋と交わした会話のせいだ。
「陸さんはいつまでニューヨークに? 」
「あと三日程かな」
「じゃあ時間が空いたら※サウス・フェリーに乗船してみてはどうですか。あのフェリーに俺、大学時代よく乗っていて……今回も時間があったら乗りたかったけど、もしよかったら俺の代わりに乗って来てもらえませんか」
「はっ? なんで俺がお前の代理で?」
「あっ駄目なら……」
「いや……サウスフェリーか。行って見るよ。ありがとうな」
どうして大人しく言うことを聞いたのかって? それは、洋は大学時代に父と二人きりでニューヨークで過ごしたと聞いて、一体どんな気持ちで日々過ごしていたのか、少しでも近くに感じたかったからだ。
船上から自由の女神を一望できる光景が、圧巻だ。見上げる程大きな自由の女神は、俺を見降ろし不敵に笑っているように見えた。
くそっ! 洋、負けるなよ。思うがままに生きていけ。
そう願ってやった。
「さてと……そろそろ来る頃か」
俺はフェリー降りずに、そのまま往復を何度かした。そうして過ごしたことを洋に聞いていたから。
結構寂しいもんだな……ひとりっていうのは。
周りは観光客、家族連れ、カップルなどで溢れかえっている中、俺はサングラスをかけデッキのバーを握りしめて外を眺めていた。行き交う人々の波に押されながら俺はずっと待っている。仕事を終えた空をここに呼んだから。
フェリーが乗り場に近づくと、生真面目に淡いブルーのスーツに白いワイシャツ、ネクタイまできっちり締めた空の姿が見えて来た。繊細な表情に細いフレームの眼鏡が良く似合っている。日に透ける髪の毛が少し茶色がかって見え、優しく穏かないつもの表情を浮かべていた。
空は……こんなに綺麗だったのか。まるで、そこだけ光があたっているように輝いて見えた。その姿を完全に捉えた瞬間、ドクドク……と身体の中から音がした。
これは鼓動だ。心臓がドクドクっと音を立てている。
いやそうじゃない。心臓の音だけじゃない。
空に対して、俺の気持ちが震え動いている音がした。
※サウスフェリー
マンハッタンとスタテンアイランドを結ぶフェリーのこと。オープンデッキから、ロウアー・マンハッタンのビル群やブルックリン、そして自由の女神を一望できることから、観光客にも大人気のフェリー。走行時間は約25分で、ゆっくりと眺めを楽しむことができます。
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