重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
500 / 1,657
第8章

光の破片 3

しおりを挟む
「そんな……まさか…なんでお前がここに? 」
「俺のことが本当に分からなかったのですか」
「り……陸なのか……本当に」
「そうですよ」

 冷酷な声で、俺は父にそう告げた。

 明らかに父は動揺していた。それもそうだろう。自分と血の繋がった息子が突如現れ、しかもその息子は自分が義理の息子に犯した罪を知っているのだから。

 本当は、こんな再会を夢見ていたわけじゃない。だが今の俺には、この再会がふさわしいと感じていた。

 父が犯した罪の重さ。

 それをまるで自分がしたことのように感じるのは何故だろう。おそらく俺にもどこか潜在的に後ろめたい気持ちがあったのかもしれない。心の奥底で俺も洋をそんな風に貶めようとしていたのかもしれない。だが俺は父の二の舞を演ずるようなことがあってはならない。それならば道は一つ、洋を擁護する方を選びたい。

 恨むのは簡単だが、許するのは難しい。

 それにあえて挑みたい。

「KENT! KENTはいるか! 」
「はい」

 父が大声で誰かを呼ぶと、すぐにその男性が駆けつけてきた。

「すまないが私を起こしてくれ。それから……書斎から、あれを持って来てくれ」

 父の顔は蒼白だった。白人男性の介助によって、車椅子に座らせてもらう父の姿を見るのは悲しかった。発砲事件に巻き込まれて下半身不随になったと事前に聞いていたが、実際に目で見ると辛いものだ。

「はい、お待ちください」
「洋、お前は大丈夫か」
「あっ……ああ」

 洋の方も俺の行動に驚いたようで、立ち尽くしていた。じっとその濡れたような目で、事の次第を見守っているようだった。

 しばらくして、さっきの男性が手に何か冊子のような物を持って帰って来た。

「どうぞ」
「おお、ありがとう」

 父の手に渡った黒い冊子。パラパラとめくり出すと、そこにあったのは……きちんとアルバムに収められた俺の写真だった。まだ幼い俺の笑顔がそこにはあった。赤ん坊の頃。幼稚園……小学校、そして小学生の父と別れた頃の写真。中学生の俺、サッカーをしている姿……母が写真を途中まで送っているのには気が付いていたが、父がその写真を受け取っても一度も俺に会いに来てくれなかったことばかりずっと恨んでいた。

 だから送られた写真なんて、とっくに捨てられていたと思っていたのに……こんなにきちんとアルバムの納められていたなんて驚いた。

 それから父は、俺の今の顔とアルバムの顔をじっと見比べた。

 確かに十年前のあどけない中学生の頃とモデルになった二十八歳の今では、髪型もスタイルも何もかも変わってしまって、昔の同級生も気が付かない程なのは事実だ。

「おお確かに陸だ……君は本当に陸なんだな。なんてことだ……私は息子になんてことをしてしまったんだ。二人の息子になんてことを……ううっ…うっ…」

 父が突如慟哭した。初めて見る姿だった。

 躰を二つに折って肩を震わすその姿を、憐れに感じた。

 立派な父だったのに、何故こんなことになってしまったのだろう。隣に立っている洋も動揺していた。何を話しかけて良いのか分からないように戸惑っていた。

「父さん……俺は、あなたのことを見捨てません。だからもうこれ以上罪を犯さないでください。洋を先に進ませてやってくれませんか。もうあなたの手元から放してやって下さい。戸籍という足枷はもう解いてやってください」
「陸さん……」

 洋がはっとした顔で、状況を理解したらしく俺のことを見つめて来た。俺は洋に対して無言で頷いた。

 許すんだ、守るんだ。

 縁あって結びついた父の二人の息子。もう一人の俺なんだ……洋は。

「……陸……お前はこんな父でもいいのか。私がどんなに罪深いことを犯したか……洋にしたこと……お前は……すべて知っているのに……それでもいいのか」

「あぁ何もかも知った上で、俺はあえてその道を選びます。俺はあなたの息子ですから、それを受け入れていきます」



しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...