重なる月

志生帆 海

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第8章

光線 10

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 黒人の男を取り押さえ警備員に引き渡してから、俺も急いで2408号室へと向かった。

「早く! 早く来い! カイ」

 頭の中にはヨウ隊長の声がガンガン鳴り響いていた。

 2408号室のドアはすぐに開かなかった。すぐに入れずじれったい思いで、俺は立ち尽くし中の様子を伺った。

 その時悲鳴が聞こえた。

 洋の声だ! 何かに怯えるように震えている。

「洋っどうした? 」

 もう一度ドアノブに手をかけると、何故か今度は開いた。中へ飛び込もうとしたとき、ふと誰かとすれ違ったような気がした。

 慌てて後ろを振り返ると、もう光の中へ溶け込んでよく見えなかったが……あの後姿こそ、俺の先祖が仕えていたというヨウ隊長なのか。

「カイ……あとは任せたぞ。道は出来ている。進むだけだ」

 そう確かに聞こえた。

 部屋に入ると、洋が狂ったように暴れていた。

「うわっ……」

 その姿を見て、思わず目を反らしたくなった。乱れた着衣だった。さっきの黒人が洋を襲おうとした奴ならば、まだ何もその身に起きていないはずなのに、何故あんな姿に。それに……さっき助けた男性の顔を見て恐怖に引きつった表情は、一体どうした?

 決定的な言葉が洋から告げられた。

「やめて……義父さん、もうっ俺を抱かないで! もう二度としないって言ったじゃないか! 」
「えっ! なんだって、今なんて言った? 」

 そんな二人のやりとりに、俺の方もまるで雷に打たれたように動けなくなってしまった。

 義父って……あの俺がアメリカで会った車椅子の人物のことなのか。

 洋は今何と言った? あの人に洋は犯されたというのか。そんなまさか、だって……育ての親だろう? 

 だが、その信じられない言葉を、俺は信じられた。

 ずっと感じていた違和感だった。

 ニューヨークで義父に会うのを躊躇って泣いて許して……何をそんなにと思うこともあった。まさかそんな卑劣な行為を受けていたなんて。

 洋……洋は一体どんな想いで、今まで生きて来たのだろう。

 カイとしてkaiとして、俺が出来ることはなんだ?

 洋の傍にいてやること。洋を守る。洋がまっすぐ道を歩いて行けるよう傍らにいてやりたい。ただそれだけだった。

 冷静になれ。

 クローゼットから毛布を取り出し、大切な宝物にように洋を包んで、抱きしめた。

 興奮している洋に覆いかぶさるように、落ち着かすように抱きとめていた。

「洋、安心しろ。もう大丈夫だ」
「あ……Kaiが……なんで……ここに? 」
「お前に呼ばれたんだよ」

****

 とにかく、こういうわけで俺は今ここにいる。

 丁寧に事の次第を説明してやると、洋も納得したように深く頷いた。

「そうか、そうだったのか、Kai来てくれてありがとう。さっきは動揺して混乱してわけが分からなくなっていたが……お陰で我に返ることが出来たよ」
「それならよかったよ。俺は間に合ったのか……躰は大丈夫だったのか。本当に」
「大丈夫だ。Kai が来てくれたから、酷いことにならなくて助かった。それにKaiのおかげですべきことが見えてきた。俺は今から陸さんの元へ行くよ」

 洋が言いだしたことにギョッとしてしまった。

「おい? なんだってそんな奴の息子と行動を? 」
「……Kai……俺さ、実は今から義父のところへ陸さんと行く約束をしている」
「約束って、お前はアホか。そんな傷口に塩を塗るような行為を何でするんだよっ?」

 つい強い口調になってしまった。だってそうだろ。自分を無理やり犯した義父とその血が通った息子に会うなんて!お人好し過ぎる!そんな洋があまりにも健気で痛々しい。

「Kai……聞いてくれ。俺はもう前の俺のように泣き寝入りはしたくないんだ。俺はね……もう義父の戸籍から抜けたいんだ。丈の元へ行きたいから……」
「戸籍? じゃあ、いよいよ丈と一緒になるのか」
「そうだ。前に進まないと、何があっても負けないで……だから」

 少し潤んだ目をした洋は、俺の顔を見てにこっと微笑んだ。

 意外だった。洋が、こんな時にこんな風に笑えるなんて。

 俺にできることはもうないのか。もう黙って見守ることしか出来ないのか。洋が急に巣立っていくようで少しだけ寂しい気持ちがした。

「Kai、陸さんはロビーにいるんだよね? 」
「あぁ」
「じゃあ行こう。もうこの部屋にいる必要はないよ。荷物をまとめてくれてありがとう」

 扉を開けて歩み出す洋の足取りは軽く、その背中にはまるで羽が生えているように見えた。

「おっおい、待てよ! 俺も一緒に行くから」




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