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第8章
光線 8
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シャワーのお湯で躰を温めて身体を解した。それから勇気を出して自分の手で傷の状態を確認してみた。
幸い出血は微量で止まっていた。この位の傷ならば、薬を塗っておけばなんとかなりそうだ。多少違和感と痛みは残っているが我慢できない痛みではない。これなら今日のうちに義父のもとへ予定通り行けるのでは……いや行ってしまいたい。
少し前の俺だったら、こんな目にあった後は絶対に無理だった。逃げて隠れて怯えてきっと数日間寝込でしまっただろうに。
バスローブ姿でそっと部屋を覗くと、Kaiが神妙な顔でソファに座っていた。
「Kai……」
「あっ……洋あがったのか」
「うん」
「ほら、これ着替えと薬だ」
「……ありがとう」
さっき……とうとうKaiも知ってしまった。Kaiにはあの時、拳銃で撃たれた父の見舞いにアメリカまで付いてきてもらっておきながら、肝心なことをまだ話せないでいた。
ずっと隠していたのに、このタイミングで陸さんにもKaiにも、俺が義父に犯された身であることを知られてしまったのには、きっと深い意味があるのだろう。
しっかりしろ。もう五年も前のことだ。丈も、義父とすでに和解している。
もう気にするな。
ひきずられるな。
負の感情に。
そう心の中で呟いて、奮い立たせた。
「Kaiお待たせ、すっきりしたよ」
「もう躰大丈夫なのか。その……」
「うん大丈夫だ。それよりKaiは何故アメリカに来ていたんだ? こんなタイミングよく」
「あぁ自分でも驚いたよ。実はさ」
*****
『カイ……すぐに行ってくれ。君が必要だ』
そんな声が仕事中に突然天から降って来た。
幻聴か、いや……この声には聞き覚えがある。
「どうしたの? Kaiくんぼんやりとして」
休憩室にぼんやりと座って、さっきの声の主について考えていると、突然目の前に香ばしい珈琲の湯気が立ち込めた。その先の……思わず掴みたくなるほっそりとした優しい手をじっとみつめて、はっと我に返った。
「あっ優也さん! 」
「考え事? 」
「うーん……それがなんといっていいか」
「なに? 」
俺の隣に優也さんも座り、じっと心配そうに見つめてきた。優也さんの話す口調はいつも心地良い。穏かな口調が俺を安心させ緊張を解してくれるんだよな。
年上だからなのか、たまに無性に甘えたくなってしまう時もあるし、それでいて守ってやりたくてしょうがなくもなるんだ。本当にやっと手に入れた可愛い俺の恋人だ。
「優也さんに何から話していいのか。俺さ……もしかしたら俺ちょっと韓国を離れるかも」
「えっ急だね。それはどういうこと? 」
「変な話していい? なぁ優也さんは前世って信じる? 」
「突拍子もないことを言うね。そうだね、でもきっと存在すると思う」
「うん、じゃあ……俺と洋が遠い昔繋がっていたというのは信じられる? 」
「つっ繋がっているって?」
途端に優也さんは一層不安気に眉を寄せた。
「あー違う違う! そうじゃなくって…そういう繋がりじゃなくてさっ、例えばさ、洋が前世で武将で隊長だったら、俺が部下みたいな関係でつながっていたっていう意味」
あー支離滅裂だ。また優也さん不安が増しちまったじゃないか。ただでさ優也さんは心配性なんだから、俺は言葉をもっと選ぶべきだ。
「そうか……そういう意味なんだね。Kaiくんの武将姿、カッコいいだろうね。強そうだな。そんな君の姿……僕もその時代に行って見てみたいよ」
「優也さん……」
「んっなに? 」
俺の話を笑いもせずに真面目に受け止めてくれる優也さんの横顔が、心の底から愛おしいと思った。ここが職場じゃなかったら今すぐ抱きしめたい気分だった。
「そうだな。もしかしたらすれ違っていたかもよ。優也さんと俺。今こうやって俺達がつきあっているのも、きっと何かの縁だろうから」
「そうかな、それなら嬉しいことだね」
ニコっと微笑む優也さんの笑顔は、ここに来た当初よりも去年よりもずっと明るく元気なものになってきていて、ほっとした。
そんな風に休憩時間に二人で語らっていると、突然部長から呼び出された。
「部長、何でしょう? 」
「あぁ悪いが明日からにニューヨーク出張に行けるか」
「はいっもちろんですが、明日って随分、急ですね」
「そうなんだよ、悪いな。今日になって向こうのホテルから助っ人の要請だ。君は何回かニューヨークに行っているから慣れているだろう」
「はぁ」
それにしてもずいぶん急な話だな。今までこんな急な出張なんてなかったのに。
あ……もしかして、さっきのあの声が関係しているのだろうか。
あの声の主は、まさかヨウ隊長か。それならば……何か洋にあったのか。いや、これから起こるのか。
途端に部下としての……カイの人格が蘇り、気が引き締まった。
俺の先祖であって俺の前世のカイの心は隊長を護衛する任務一筋だったようだ。
幸い出血は微量で止まっていた。この位の傷ならば、薬を塗っておけばなんとかなりそうだ。多少違和感と痛みは残っているが我慢できない痛みではない。これなら今日のうちに義父のもとへ予定通り行けるのでは……いや行ってしまいたい。
少し前の俺だったら、こんな目にあった後は絶対に無理だった。逃げて隠れて怯えてきっと数日間寝込でしまっただろうに。
バスローブ姿でそっと部屋を覗くと、Kaiが神妙な顔でソファに座っていた。
「Kai……」
「あっ……洋あがったのか」
「うん」
「ほら、これ着替えと薬だ」
「……ありがとう」
さっき……とうとうKaiも知ってしまった。Kaiにはあの時、拳銃で撃たれた父の見舞いにアメリカまで付いてきてもらっておきながら、肝心なことをまだ話せないでいた。
ずっと隠していたのに、このタイミングで陸さんにもKaiにも、俺が義父に犯された身であることを知られてしまったのには、きっと深い意味があるのだろう。
しっかりしろ。もう五年も前のことだ。丈も、義父とすでに和解している。
もう気にするな。
ひきずられるな。
負の感情に。
そう心の中で呟いて、奮い立たせた。
「Kaiお待たせ、すっきりしたよ」
「もう躰大丈夫なのか。その……」
「うん大丈夫だ。それよりKaiは何故アメリカに来ていたんだ? こんなタイミングよく」
「あぁ自分でも驚いたよ。実はさ」
*****
『カイ……すぐに行ってくれ。君が必要だ』
そんな声が仕事中に突然天から降って来た。
幻聴か、いや……この声には聞き覚えがある。
「どうしたの? Kaiくんぼんやりとして」
休憩室にぼんやりと座って、さっきの声の主について考えていると、突然目の前に香ばしい珈琲の湯気が立ち込めた。その先の……思わず掴みたくなるほっそりとした優しい手をじっとみつめて、はっと我に返った。
「あっ優也さん! 」
「考え事? 」
「うーん……それがなんといっていいか」
「なに? 」
俺の隣に優也さんも座り、じっと心配そうに見つめてきた。優也さんの話す口調はいつも心地良い。穏かな口調が俺を安心させ緊張を解してくれるんだよな。
年上だからなのか、たまに無性に甘えたくなってしまう時もあるし、それでいて守ってやりたくてしょうがなくもなるんだ。本当にやっと手に入れた可愛い俺の恋人だ。
「優也さんに何から話していいのか。俺さ……もしかしたら俺ちょっと韓国を離れるかも」
「えっ急だね。それはどういうこと? 」
「変な話していい? なぁ優也さんは前世って信じる? 」
「突拍子もないことを言うね。そうだね、でもきっと存在すると思う」
「うん、じゃあ……俺と洋が遠い昔繋がっていたというのは信じられる? 」
「つっ繋がっているって?」
途端に優也さんは一層不安気に眉を寄せた。
「あー違う違う! そうじゃなくって…そういう繋がりじゃなくてさっ、例えばさ、洋が前世で武将で隊長だったら、俺が部下みたいな関係でつながっていたっていう意味」
あー支離滅裂だ。また優也さん不安が増しちまったじゃないか。ただでさ優也さんは心配性なんだから、俺は言葉をもっと選ぶべきだ。
「そうか……そういう意味なんだね。Kaiくんの武将姿、カッコいいだろうね。強そうだな。そんな君の姿……僕もその時代に行って見てみたいよ」
「優也さん……」
「んっなに? 」
俺の話を笑いもせずに真面目に受け止めてくれる優也さんの横顔が、心の底から愛おしいと思った。ここが職場じゃなかったら今すぐ抱きしめたい気分だった。
「そうだな。もしかしたらすれ違っていたかもよ。優也さんと俺。今こうやって俺達がつきあっているのも、きっと何かの縁だろうから」
「そうかな、それなら嬉しいことだね」
ニコっと微笑む優也さんの笑顔は、ここに来た当初よりも去年よりもずっと明るく元気なものになってきていて、ほっとした。
そんな風に休憩時間に二人で語らっていると、突然部長から呼び出された。
「部長、何でしょう? 」
「あぁ悪いが明日からにニューヨーク出張に行けるか」
「はいっもちろんですが、明日って随分、急ですね」
「そうなんだよ、悪いな。今日になって向こうのホテルから助っ人の要請だ。君は何回かニューヨークに行っているから慣れているだろう」
「はぁ」
それにしてもずいぶん急な話だな。今までこんな急な出張なんてなかったのに。
あ……もしかして、さっきのあの声が関係しているのだろうか。
あの声の主は、まさかヨウ隊長か。それならば……何か洋にあったのか。いや、これから起こるのか。
途端に部下としての……カイの人格が蘇り、気が引き締まった。
俺の先祖であって俺の前世のカイの心は隊長を護衛する任務一筋だったようだ。
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