重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
483 / 1,657
第8章

交差の時 11

しおりを挟む
 N.Y.ー

「辰起くん、今日は荒れてんな」
「ちょっと嫌なことがあったんだ。ねぇ林さん、お酒もうないの? 」
「もう冷蔵庫の中は空っぽだぞ。ちょっと飲み過ぎじゃないか」
「いいんだ。ねぇ上の階のバーに行ってもっと飲もうよ」

 撮影の後、僕の客室でカメラマンの林さんと飲んだ。むしゃくしゃとした気持ちが収まらなくて僕から部屋に誘った。

 Soilさんは完全にあの洋という奴のことを庇っていた。昨日も今日も、それを感じた。日本では涼のこと甘やかして、本当にこれがあのSoilさんかと思うほどだった。

 それにしても……一体何だよ。あの顔は!

 整形した僕の顔とは全く違う。自然な美しさ。持って生まれた品。

 勝てない……どうあがいても勝てない。

 この躰をどんなに売っても……敵わない。それを悟るのに時間はかからなかった。

 だが僕は負けるわけにいかない。

 勝てないなら引きずりおろせばいい。そう考えるのが当然だ。そうやって生きて来たのだから。

 宿泊しているホテルの最上階には、マンハッタンの夜景を見下ろせるバーがあると、マネージャーから教えてもらって興味があった。

「着いたよ。入ってみよう」

 照明を落とし、静かにピアノの生演奏が流れるバーに足を踏み入れると、そこはまるで天高く浮く宇宙船のように、眼下に摩天楼の夜景を従えていた。

「へぇカッコいいな」
「辰起くん、カウンターでいいか」
「うん」

 林さんとはもう何度か寝たことがある。彼は美形好きのゲイで、僕は仕事が欲しいから、お互いの利害は一致していた。

「なぁ辰起くんさ、今日はこの後もOKか」
「……そうだね。どうしようかなぁ」
「じらすなよ。もしかして何かまたして欲しいことがあるのか」
「ふふっそうだね」

 鮮やかな青色のブルーラグーンのカクテルを一口飲んでから、唇の周りをぺろりと舐めて、意図的に林さんを見つめた。

「その口、誘ってるな」

 林さんに肩を抱き寄せられた。その手が熱を帯びて来ているのが布越しにも伝わって来る。

「ちょっとぉ、ここでは駄目だよ」

 グラスを傾けながら、じらしていく。しかしその時、視界の端に憎き奴を見つけてしまった。

「あいつ……」

 驚いたことに、涼の従兄弟の洋が奥のテーブル席に座っていた。

「あいつこんなとこに泊まっていたのか。自分のホテルにいないと思ったら」
「何? 誰かいた? あっあれ洋くんだ」
「知ってるの? 」
「うんまぁね、一度Soilに頼まれて撮影したことがあってさぁ」

 林さんは口に手をあてて、しまったという表情を浮かべた。

「撮影って? 」

 肩に回されていた林さんの腕を僕の腰へとゆっくり誘導し、甘ったるい甘えた声を出して耳元で囁いてやる。

「なあに? 僕にも話して欲しいな」

「あっこれはここだけの話だけど……Soilが最初涼くんだっていって連れて来たのが彼でさ。もちろんすぐに他人だって分かったけど。何を撮ってもいいってSoilが了承済みだっていうからさー本当はヌードを撮りたかったのに、残念ながら上半身のみで終わっちゃってさ。でも、彼はすごい色気と迫力で、撮っていて思わず手が震えたよ。あぁこうやって見ているとまた疼くな~全裸で撮りたいな~」

「……そう」

 うっとりと話す林さんを見ていると、反吐が出るほどイライラした。そういえば昨日、すでに林さんも洋のことを知っていて、最初渋っていた監督に洋のことを擁護していたんだっけ。林さんまで奪われたような気がしてしまった。

 もう一度恨みをこめた目で洋のことを見た。

 それにしても品の良さそうな中年の男女に挟まれて、あんなに幸せそうな笑顔を浮かべてムカツクやつだ。あれは両親だろうか。涼からも感じたが裕福に何の苦労も知らずにぬくぬくと育った奴。そんな生ぬるい奴が僕は大っ嫌いだ。

「ねぇ林さんさ、もしも機会があったら……彼をヌードで撮りたい? 」
「あっまた辰起、なにか悪いこと考えているのか」
「ふふっ悪いことなんかじゃないよ。同意の上ならどう?」
「犯罪は嫌だけど、撮らせてくれるなら、そりゃぁ撮ってみたいよ。頼めるのか。辰起?」
「くくっ必死な顔だね。いいよ」

 カウンターから洋の様子を盗み見していると、突然彼が立ち上がってパウダールームへ向かっていくのが見えた。

 チャンスだ。

「ちょっと待っていて」

 僕も急ぎ足で、あいつの後を追った。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...