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第8章
交差の時 11
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N.Y.ー
「辰起くん、今日は荒れてんな」
「ちょっと嫌なことがあったんだ。ねぇ林さん、お酒もうないの? 」
「もう冷蔵庫の中は空っぽだぞ。ちょっと飲み過ぎじゃないか」
「いいんだ。ねぇ上の階のバーに行ってもっと飲もうよ」
撮影の後、僕の客室でカメラマンの林さんと飲んだ。むしゃくしゃとした気持ちが収まらなくて僕から部屋に誘った。
Soilさんは完全にあの洋という奴のことを庇っていた。昨日も今日も、それを感じた。日本では涼のこと甘やかして、本当にこれがあのSoilさんかと思うほどだった。
それにしても……一体何だよ。あの顔は!
整形した僕の顔とは全く違う。自然な美しさ。持って生まれた品。
勝てない……どうあがいても勝てない。
この躰をどんなに売っても……敵わない。それを悟るのに時間はかからなかった。
だが僕は負けるわけにいかない。
勝てないなら引きずりおろせばいい。そう考えるのが当然だ。そうやって生きて来たのだから。
宿泊しているホテルの最上階には、マンハッタンの夜景を見下ろせるバーがあると、マネージャーから教えてもらって興味があった。
「着いたよ。入ってみよう」
照明を落とし、静かにピアノの生演奏が流れるバーに足を踏み入れると、そこはまるで天高く浮く宇宙船のように、眼下に摩天楼の夜景を従えていた。
「へぇカッコいいな」
「辰起くん、カウンターでいいか」
「うん」
林さんとはもう何度か寝たことがある。彼は美形好きのゲイで、僕は仕事が欲しいから、お互いの利害は一致していた。
「なぁ辰起くんさ、今日はこの後もOKか」
「……そうだね。どうしようかなぁ」
「じらすなよ。もしかして何かまたして欲しいことがあるのか」
「ふふっそうだね」
鮮やかな青色のブルーラグーンのカクテルを一口飲んでから、唇の周りをぺろりと舐めて、意図的に林さんを見つめた。
「その口、誘ってるな」
林さんに肩を抱き寄せられた。その手が熱を帯びて来ているのが布越しにも伝わって来る。
「ちょっとぉ、ここでは駄目だよ」
グラスを傾けながら、じらしていく。しかしその時、視界の端に憎き奴を見つけてしまった。
「あいつ……」
驚いたことに、涼の従兄弟の洋が奥のテーブル席に座っていた。
「あいつこんなとこに泊まっていたのか。自分のホテルにいないと思ったら」
「何? 誰かいた? あっあれ洋くんだ」
「知ってるの? 」
「うんまぁね、一度Soilに頼まれて撮影したことがあってさぁ」
林さんは口に手をあてて、しまったという表情を浮かべた。
「撮影って? 」
肩に回されていた林さんの腕を僕の腰へとゆっくり誘導し、甘ったるい甘えた声を出して耳元で囁いてやる。
「なあに? 僕にも話して欲しいな」
「あっこれはここだけの話だけど……Soilが最初涼くんだっていって連れて来たのが彼でさ。もちろんすぐに他人だって分かったけど。何を撮ってもいいってSoilが了承済みだっていうからさー本当はヌードを撮りたかったのに、残念ながら上半身のみで終わっちゃってさ。でも、彼はすごい色気と迫力で、撮っていて思わず手が震えたよ。あぁこうやって見ているとまた疼くな~全裸で撮りたいな~」
「……そう」
うっとりと話す林さんを見ていると、反吐が出るほどイライラした。そういえば昨日、すでに林さんも洋のことを知っていて、最初渋っていた監督に洋のことを擁護していたんだっけ。林さんまで奪われたような気がしてしまった。
もう一度恨みをこめた目で洋のことを見た。
それにしても品の良さそうな中年の男女に挟まれて、あんなに幸せそうな笑顔を浮かべてムカツクやつだ。あれは両親だろうか。涼からも感じたが裕福に何の苦労も知らずにぬくぬくと育った奴。そんな生ぬるい奴が僕は大っ嫌いだ。
「ねぇ林さんさ、もしも機会があったら……彼をヌードで撮りたい? 」
「あっまた辰起、なにか悪いこと考えているのか」
「ふふっ悪いことなんかじゃないよ。同意の上ならどう?」
「犯罪は嫌だけど、撮らせてくれるなら、そりゃぁ撮ってみたいよ。頼めるのか。辰起?」
「くくっ必死な顔だね。いいよ」
カウンターから洋の様子を盗み見していると、突然彼が立ち上がってパウダールームへ向かっていくのが見えた。
チャンスだ。
「ちょっと待っていて」
僕も急ぎ足で、あいつの後を追った。
「辰起くん、今日は荒れてんな」
「ちょっと嫌なことがあったんだ。ねぇ林さん、お酒もうないの? 」
「もう冷蔵庫の中は空っぽだぞ。ちょっと飲み過ぎじゃないか」
「いいんだ。ねぇ上の階のバーに行ってもっと飲もうよ」
撮影の後、僕の客室でカメラマンの林さんと飲んだ。むしゃくしゃとした気持ちが収まらなくて僕から部屋に誘った。
Soilさんは完全にあの洋という奴のことを庇っていた。昨日も今日も、それを感じた。日本では涼のこと甘やかして、本当にこれがあのSoilさんかと思うほどだった。
それにしても……一体何だよ。あの顔は!
整形した僕の顔とは全く違う。自然な美しさ。持って生まれた品。
勝てない……どうあがいても勝てない。
この躰をどんなに売っても……敵わない。それを悟るのに時間はかからなかった。
だが僕は負けるわけにいかない。
勝てないなら引きずりおろせばいい。そう考えるのが当然だ。そうやって生きて来たのだから。
宿泊しているホテルの最上階には、マンハッタンの夜景を見下ろせるバーがあると、マネージャーから教えてもらって興味があった。
「着いたよ。入ってみよう」
照明を落とし、静かにピアノの生演奏が流れるバーに足を踏み入れると、そこはまるで天高く浮く宇宙船のように、眼下に摩天楼の夜景を従えていた。
「へぇカッコいいな」
「辰起くん、カウンターでいいか」
「うん」
林さんとはもう何度か寝たことがある。彼は美形好きのゲイで、僕は仕事が欲しいから、お互いの利害は一致していた。
「なぁ辰起くんさ、今日はこの後もOKか」
「……そうだね。どうしようかなぁ」
「じらすなよ。もしかして何かまたして欲しいことがあるのか」
「ふふっそうだね」
鮮やかな青色のブルーラグーンのカクテルを一口飲んでから、唇の周りをぺろりと舐めて、意図的に林さんを見つめた。
「その口、誘ってるな」
林さんに肩を抱き寄せられた。その手が熱を帯びて来ているのが布越しにも伝わって来る。
「ちょっとぉ、ここでは駄目だよ」
グラスを傾けながら、じらしていく。しかしその時、視界の端に憎き奴を見つけてしまった。
「あいつ……」
驚いたことに、涼の従兄弟の洋が奥のテーブル席に座っていた。
「あいつこんなとこに泊まっていたのか。自分のホテルにいないと思ったら」
「何? 誰かいた? あっあれ洋くんだ」
「知ってるの? 」
「うんまぁね、一度Soilに頼まれて撮影したことがあってさぁ」
林さんは口に手をあてて、しまったという表情を浮かべた。
「撮影って? 」
肩に回されていた林さんの腕を僕の腰へとゆっくり誘導し、甘ったるい甘えた声を出して耳元で囁いてやる。
「なあに? 僕にも話して欲しいな」
「あっこれはここだけの話だけど……Soilが最初涼くんだっていって連れて来たのが彼でさ。もちろんすぐに他人だって分かったけど。何を撮ってもいいってSoilが了承済みだっていうからさー本当はヌードを撮りたかったのに、残念ながら上半身のみで終わっちゃってさ。でも、彼はすごい色気と迫力で、撮っていて思わず手が震えたよ。あぁこうやって見ているとまた疼くな~全裸で撮りたいな~」
「……そう」
うっとりと話す林さんを見ていると、反吐が出るほどイライラした。そういえば昨日、すでに林さんも洋のことを知っていて、最初渋っていた監督に洋のことを擁護していたんだっけ。林さんまで奪われたような気がしてしまった。
もう一度恨みをこめた目で洋のことを見た。
それにしても品の良さそうな中年の男女に挟まれて、あんなに幸せそうな笑顔を浮かべてムカツクやつだ。あれは両親だろうか。涼からも感じたが裕福に何の苦労も知らずにぬくぬくと育った奴。そんな生ぬるい奴が僕は大っ嫌いだ。
「ねぇ林さんさ、もしも機会があったら……彼をヌードで撮りたい? 」
「あっまた辰起、なにか悪いこと考えているのか」
「ふふっ悪いことなんかじゃないよ。同意の上ならどう?」
「犯罪は嫌だけど、撮らせてくれるなら、そりゃぁ撮ってみたいよ。頼めるのか。辰起?」
「くくっ必死な顔だね。いいよ」
カウンターから洋の様子を盗み見していると、突然彼が立ち上がってパウダールームへ向かっていくのが見えた。
チャンスだ。
「ちょっと待っていて」
僕も急ぎ足で、あいつの後を追った。
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