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第8章
交差の時 9
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「俺、実は義父の戸籍から抜けたいと思っています。その手続きで、義父さんに会いに来ました」
「えっ? ま……まぁそうなの。そうよね、夕が亡くなった今となっては、あなたまで崔加さんに縛られることはないものね。でも……どうして急にそんなことを思いついたの? 」
伯母は困惑した表情を浮かべていた。その顔色を窺って、やはり迷いが生じてしまった。この先はどうしよう……何処まで話せばいいのか。
言葉が詰まってしまい、俺はきゅっと唇を固く結び、思わず俯いてしまった。
「朝、そんなに質問攻めにするものじゃないよ。洋くんはもう立派な大人だ。だから彼が決めたことなら応援してあげたらいい。彼はずっと一人で頑張って来たのだから」
「伯父さん……」
嬉しい言葉だ。とても励みになる言葉だった。
伯父がワイングラスを少し傾けると、赤ワインも一緒に緩やかに動いた。暗い照明の中に、クリスタルの煌きと深紅の色が仄かに浮かび上がっていた。
「ありがとうございます。俺……」
「うん、洋くんの好きなように生きるといい。私は君を見ていると、ずっと何かを我慢して耐えて生きてきたような、悲しい気持ちになるんだ。だからそんな君が自分から何かをしたいと思ったのなら、それが世間一般と違うことでも応援してやるべきだと思っているよ。遠慮しなくていい……私たちには」
「あなた……そうね、そうよね。洋くんには夕の分も幸せになって欲しいわ」
深呼吸しゴクリと唾を呑み込んでから、躊躇していた言葉を吐き出した。
「あの……俺は義父の籍を抜けて、張矢という姓を名乗ります」
「ハリヤって……それは誰なの?」
「この五年間ずっと俺の傍にいて支えてくれた人です」
「えっ洋くんはやっぱり結婚するの? どんな女性なの? 」
「いえ……違うんです。相手は……その……実は同性です」
とうとう……とうとう言ってしまった。叔母の反応が怖くて顔を上げられない。
「えっ洋くん? 今なんて言ったの? 同性ってことは………男の人ってことは……あなたは……」
伯母の反応は予想通りだった。
「すみません。驚かせてしまって」
慌てて伯母に詫びようとすると、伯父がそれを制した。
「いいんだ、謝ることはない。洋くん、今言った通りだよ。私は君のことを応援しようと思っているのだから……君が幸せになれるのならそれが一番だ。朝、君もそれを願うのだろう。若くして亡くなってしまった妹のように洋くんまで不幸にしたいわけじゃないだろう。幸せの形はいろいろだ。洋くんが願う幸せが、君が考える幸せと形が違うことだってあるんだよ」
「あなた……でも、あぁ洋くん怯えないで。ごめんなさい。私、少しびっくりしたのよ。洋くん……あなたが決めたことなのよね。それで、そちらのお家の方にもちゃんと了解を得ているの? 」
「はい。認めてもらっています」
「そう、なら良かった。反対されているのなら、私が一緒に日本に行って、洋くんを援護してあげようと思ったわ」
「はははっ流石、朝だな。切り替えが早い! 」
伯父の朗らかな笑い声で場が和んだ。
「伯母さん……伯父さん、本当にありがとうございます」
いい人たちだ。素直で可愛い涼の人柄は、この人たちから生まれている。それを実感した。
嬉しくて、俺の味方がいることが嬉しくて……周りに誰もいなかったらワンワン泣いてしまいそうなのをぐっと堪えた。
「……あの俺ちょっと」
「あぁ気を付けて」
涙を堪えてパウダールームに入った。
鏡を見つめると、俺の目には幸せな涙がやっぱり浮かんでいた。
「くっ……」
丈……俺は今、幸せだ。
分かってもらえる人がいるって、こんなに幸せなことなんだな。
俺の身内……母さんのお姉さん夫婦が応援してくれたよ。
こんなこと信じられない。
「えっ? ま……まぁそうなの。そうよね、夕が亡くなった今となっては、あなたまで崔加さんに縛られることはないものね。でも……どうして急にそんなことを思いついたの? 」
伯母は困惑した表情を浮かべていた。その顔色を窺って、やはり迷いが生じてしまった。この先はどうしよう……何処まで話せばいいのか。
言葉が詰まってしまい、俺はきゅっと唇を固く結び、思わず俯いてしまった。
「朝、そんなに質問攻めにするものじゃないよ。洋くんはもう立派な大人だ。だから彼が決めたことなら応援してあげたらいい。彼はずっと一人で頑張って来たのだから」
「伯父さん……」
嬉しい言葉だ。とても励みになる言葉だった。
伯父がワイングラスを少し傾けると、赤ワインも一緒に緩やかに動いた。暗い照明の中に、クリスタルの煌きと深紅の色が仄かに浮かび上がっていた。
「ありがとうございます。俺……」
「うん、洋くんの好きなように生きるといい。私は君を見ていると、ずっと何かを我慢して耐えて生きてきたような、悲しい気持ちになるんだ。だからそんな君が自分から何かをしたいと思ったのなら、それが世間一般と違うことでも応援してやるべきだと思っているよ。遠慮しなくていい……私たちには」
「あなた……そうね、そうよね。洋くんには夕の分も幸せになって欲しいわ」
深呼吸しゴクリと唾を呑み込んでから、躊躇していた言葉を吐き出した。
「あの……俺は義父の籍を抜けて、張矢という姓を名乗ります」
「ハリヤって……それは誰なの?」
「この五年間ずっと俺の傍にいて支えてくれた人です」
「えっ洋くんはやっぱり結婚するの? どんな女性なの? 」
「いえ……違うんです。相手は……その……実は同性です」
とうとう……とうとう言ってしまった。叔母の反応が怖くて顔を上げられない。
「えっ洋くん? 今なんて言ったの? 同性ってことは………男の人ってことは……あなたは……」
伯母の反応は予想通りだった。
「すみません。驚かせてしまって」
慌てて伯母に詫びようとすると、伯父がそれを制した。
「いいんだ、謝ることはない。洋くん、今言った通りだよ。私は君のことを応援しようと思っているのだから……君が幸せになれるのならそれが一番だ。朝、君もそれを願うのだろう。若くして亡くなってしまった妹のように洋くんまで不幸にしたいわけじゃないだろう。幸せの形はいろいろだ。洋くんが願う幸せが、君が考える幸せと形が違うことだってあるんだよ」
「あなた……でも、あぁ洋くん怯えないで。ごめんなさい。私、少しびっくりしたのよ。洋くん……あなたが決めたことなのよね。それで、そちらのお家の方にもちゃんと了解を得ているの? 」
「はい。認めてもらっています」
「そう、なら良かった。反対されているのなら、私が一緒に日本に行って、洋くんを援護してあげようと思ったわ」
「はははっ流石、朝だな。切り替えが早い! 」
伯父の朗らかな笑い声で場が和んだ。
「伯母さん……伯父さん、本当にありがとうございます」
いい人たちだ。素直で可愛い涼の人柄は、この人たちから生まれている。それを実感した。
嬉しくて、俺の味方がいることが嬉しくて……周りに誰もいなかったらワンワン泣いてしまいそうなのをぐっと堪えた。
「……あの俺ちょっと」
「あぁ気を付けて」
涙を堪えてパウダールームに入った。
鏡を見つめると、俺の目には幸せな涙がやっぱり浮かんでいた。
「くっ……」
丈……俺は今、幸せだ。
分かってもらえる人がいるって、こんなに幸せなことなんだな。
俺の身内……母さんのお姉さん夫婦が応援してくれたよ。
こんなこと信じられない。
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