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第8章
交差の時 8
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「ほら、水」
「ありがとう」
「……空が泣くなんて、一体どうしたんだよ? 」
陸はホテルの部屋に入るなり、窓際のソファに僕を座らせた。それからすぐに冷たいミネラルウォーターを冷蔵庫から持ってきてくれた。そのまま、じっと僕の瞳の奥を見つめられてなんだか気まずくて、居たたまれない。
「いや……別に」
「空さ……さっきから何か俺に言いたいことがあるんじゃないか」
「うっ……」
「もしかしてサイガヨウのことか」
「……」
「はぁやっぱりな、なにか気になることでもあったのか」
痛い所を突かれた。もう我慢できない。全部聞いてしまいたい……陸の本音を。
「陸……あの……陸は…サイガヨウのことを一体どう思っているんだ? 」
陸は怪訝そうに眉を寄せた。
「それはどういう意味だ?」
「だってこの前まであんなに憎んでいたじゃないか。それなのに急に陸の態度が変わって……じゃあ僕は僕はどうしたらいい? 」
「空? それはお前が言い出したんじゃないか。サイガヨウは俺たちが考えていたような甘ったれな人間じゃないって……なんでそんなに怒っている?」
「だって……だって…」
その通り、全く支離滅裂な話だ。
最初に僕が言い出したことなのに、それなのに……
陸は僕の話に耳を傾けてくれて、洋くんへの態度を変化させていったのに……今度はそれが気に食わないなんて、おかしな話だ。
でも陸の態度に、洋くんへの好意……いや……れ以上の熱を感じてしまったから、苦しくてしょうがないんだ。
「あーもう一体どうしたんだよ? いつも落ち着いている空らしくないぞ? バーでそんなに飲んだか」
言いたいことを最後まで言えないのが苦しくて、言葉の代わりにポタポタと涙が零れていく。自分でも、こんなことで泣くなんてと驚いてしまった。
「わっ……俺さ……空が泣くとなんだかここが苦しくなるから」
困った笑顔で、端正な陸の顔が歪んだ。
その手は心臓を指差していた。
そんな仕草を見ているうちに、ふっと自分の気持ちを吐き出せた。
「うっごめん。僕……ただ……なんだか寂しくなったんだ」
「空……」
ソファの隣に座っていた陸の逞しい腕に、突然ぐっと抱き寄せられた。
「空、ほらもう泣くなよ。どうしたんだよ? 今日は一体……」
「うっ……ごめん。陸ごめん。ほんとに……僕…今日おかしいよね」
「いや、こんな一面みせてもらうのも悪くない。お前さ……いつも俺の話ばかり聞いて、俺の言うなりで、でも空が自分の気持ちをこんな風にぶつけてくれるの……嫌じゃないから安心しろ」
陸の大きな手のひらで、何度も何度も……まるで小さい子供をなだめるように背中を擦られた。その緩やかな動きに、次第にざわついていた心が凪いできた。
「本当に? 」
「あぁ今日の空……なんか可愛いぞ」
陸に嫌われなかった。優しくしてもらい、それだけで孤独に震えていた心が満たされた。今はこれで十分だ。
陸がお父さんとのことを解決したら、その時まだ僕の隣にいてくれたら……その時は僕の気持ちを打ちあけてもいいか。その時こうやってまだ抱きしめてもらえたら、どんなに嬉しいだろう。
陸が好きだ……
告げたかった残りの言葉は、今日は呑み込んだ。
きっとまた……僕の口からちゃんと言える日がやってくる。そんな気がしたから。
こんな泣き顔じゃなくて笑顔で……言いたいよ。
****
バーの奥まった場所にある四人掛けテーブルに座った。それから最初はカクテルとオードブル…次に伯父の希望で赤ワインを頼んだ。
ブルゴーニュ型の大きなワイングラスに赤ワインがゆったりと注がれていく。香りを逃さない包み込むような形状のグラスによって、複雑な香りや甘味と苦味が舌先にゆったりと広がっていく。
グラスの中で揺らいでいるのは、まどろみのレッド。
まるでこの夢のような時間の象徴だ。
「ほぅ……洋くんは結構酒を飲めるようだね」
「あっはい。その……同居人がワインが好きなので、付き合っているうちに、結構飲めるようになっていました」
「あら? それってもしかして洋くんの恋人かしら? 」
ほろ酔い気分の朝さんが嬉しそうに会話に加わった。
「……あっ……はい…」
「そうか、洋くんはもう二十八歳だものね。じゃあその彼女とそろそろ結婚を考えているの?」
彼女……そうだよな。普通はそう思うのが当然だろう。どうしよう。適当にごまかそうかとも思ったが、こんなに優しくしてくれる伯父と伯母に隠し事は嫌だった。
丈とのこと……俺にとって恥ずかしことじゃない。
自分で決めた自分の人生だから、決心したんだ。
「……実は……日曜日に義父の所へ行くのは、その件で」
「えっどういうこと?」
「ありがとう」
「……空が泣くなんて、一体どうしたんだよ? 」
陸はホテルの部屋に入るなり、窓際のソファに僕を座らせた。それからすぐに冷たいミネラルウォーターを冷蔵庫から持ってきてくれた。そのまま、じっと僕の瞳の奥を見つめられてなんだか気まずくて、居たたまれない。
「いや……別に」
「空さ……さっきから何か俺に言いたいことがあるんじゃないか」
「うっ……」
「もしかしてサイガヨウのことか」
「……」
「はぁやっぱりな、なにか気になることでもあったのか」
痛い所を突かれた。もう我慢できない。全部聞いてしまいたい……陸の本音を。
「陸……あの……陸は…サイガヨウのことを一体どう思っているんだ? 」
陸は怪訝そうに眉を寄せた。
「それはどういう意味だ?」
「だってこの前まであんなに憎んでいたじゃないか。それなのに急に陸の態度が変わって……じゃあ僕は僕はどうしたらいい? 」
「空? それはお前が言い出したんじゃないか。サイガヨウは俺たちが考えていたような甘ったれな人間じゃないって……なんでそんなに怒っている?」
「だって……だって…」
その通り、全く支離滅裂な話だ。
最初に僕が言い出したことなのに、それなのに……
陸は僕の話に耳を傾けてくれて、洋くんへの態度を変化させていったのに……今度はそれが気に食わないなんて、おかしな話だ。
でも陸の態度に、洋くんへの好意……いや……れ以上の熱を感じてしまったから、苦しくてしょうがないんだ。
「あーもう一体どうしたんだよ? いつも落ち着いている空らしくないぞ? バーでそんなに飲んだか」
言いたいことを最後まで言えないのが苦しくて、言葉の代わりにポタポタと涙が零れていく。自分でも、こんなことで泣くなんてと驚いてしまった。
「わっ……俺さ……空が泣くとなんだかここが苦しくなるから」
困った笑顔で、端正な陸の顔が歪んだ。
その手は心臓を指差していた。
そんな仕草を見ているうちに、ふっと自分の気持ちを吐き出せた。
「うっごめん。僕……ただ……なんだか寂しくなったんだ」
「空……」
ソファの隣に座っていた陸の逞しい腕に、突然ぐっと抱き寄せられた。
「空、ほらもう泣くなよ。どうしたんだよ? 今日は一体……」
「うっ……ごめん。陸ごめん。ほんとに……僕…今日おかしいよね」
「いや、こんな一面みせてもらうのも悪くない。お前さ……いつも俺の話ばかり聞いて、俺の言うなりで、でも空が自分の気持ちをこんな風にぶつけてくれるの……嫌じゃないから安心しろ」
陸の大きな手のひらで、何度も何度も……まるで小さい子供をなだめるように背中を擦られた。その緩やかな動きに、次第にざわついていた心が凪いできた。
「本当に? 」
「あぁ今日の空……なんか可愛いぞ」
陸に嫌われなかった。優しくしてもらい、それだけで孤独に震えていた心が満たされた。今はこれで十分だ。
陸がお父さんとのことを解決したら、その時まだ僕の隣にいてくれたら……その時は僕の気持ちを打ちあけてもいいか。その時こうやってまだ抱きしめてもらえたら、どんなに嬉しいだろう。
陸が好きだ……
告げたかった残りの言葉は、今日は呑み込んだ。
きっとまた……僕の口からちゃんと言える日がやってくる。そんな気がしたから。
こんな泣き顔じゃなくて笑顔で……言いたいよ。
****
バーの奥まった場所にある四人掛けテーブルに座った。それから最初はカクテルとオードブル…次に伯父の希望で赤ワインを頼んだ。
ブルゴーニュ型の大きなワイングラスに赤ワインがゆったりと注がれていく。香りを逃さない包み込むような形状のグラスによって、複雑な香りや甘味と苦味が舌先にゆったりと広がっていく。
グラスの中で揺らいでいるのは、まどろみのレッド。
まるでこの夢のような時間の象徴だ。
「ほぅ……洋くんは結構酒を飲めるようだね」
「あっはい。その……同居人がワインが好きなので、付き合っているうちに、結構飲めるようになっていました」
「あら? それってもしかして洋くんの恋人かしら? 」
ほろ酔い気分の朝さんが嬉しそうに会話に加わった。
「……あっ……はい…」
「そうか、洋くんはもう二十八歳だものね。じゃあその彼女とそろそろ結婚を考えているの?」
彼女……そうだよな。普通はそう思うのが当然だろう。どうしよう。適当にごまかそうかとも思ったが、こんなに優しくしてくれる伯父と伯母に隠し事は嫌だった。
丈とのこと……俺にとって恥ずかしことじゃない。
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「……実は……日曜日に義父の所へ行くのは、その件で」
「えっどういうこと?」
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