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第8章
交差の時 7
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Majestic Theater 247 West 44th Street, New York, NY 10036
マジェスティック劇場 44丁目の7番街と8番街の間の道を、俺は伯父と伯母と共に歩いていた。こんな風に身内に挟まれ安心してこの Streetを歩けるなんて……不思議な感じだ。
「洋くん、どうだった? ミュージカル面白かったか」
「はい。舞台装置も豪華で、歌声もすごくてまだ興奮しています」
「はははっ流石本場ブロードウェイのミュージカルだろう。※オペラ座の怪人は私達夫婦も好きで何度も何度も観ている演目だよ。洋くんは観るの初めてか」
「ええ……まぁ」
本当は大学の頃、義父と一緒に一度観たことがあった。その時の思い出は最悪だ。ミュージカルを楽しむどころではなかった。
あれはちょうど二人で渡米してから、義父のスキンシップがますます多くなって困惑していた時期だった。さりげなく俺の膝に置かれた義父の熱い手が気になって、ミュージカルに集中出来なかったし、内容にもどこか恐ろしいものを感じてしまった。
主人公のクリスティーヌは父の面影を宿した怪人に恍惚となり、作曲に没頭する怪人に忍び寄り、好奇心から付けていた仮面を剥ぎ取ってしまい……その仮面の下の醜い顔を見られた怪人は怒りに震え彼女に呪いの言葉を浴びせるが、クリスティーヌはうろたえながらも彼の孤独な心と憧れを宿した瞳に気付く……その内容に怯えてしまったのだ。
あの時の俺は、何が怖かったのだろうか。もしかしたら……怪人が義父と被って見えたのかもしれない。
「洋くん、明日はお昼間出かけましょうね、伯母さん頑張ってお弁当作るわね。ねぇ洋くんはサンドイッチの中身何が好き?」
「ありがとうございます。えっと卵かな」
「ふふ、そう言うと思った。夕もそうだったから」
あっまただ。
伯母と話していると母のことを、どんどん思い出してしまう。
****
『洋、明日の遠足のお弁当何がいい?』
『なんでもいいよ』
あの頃はもう父が亡くなっていて、母は働きに出ては病気になるの繰り返しで経済的にも苦しい時期だったのだろう。毎日の食事もかなり質素で、子供心にひしひしとそれを感じていた。
『じゃあ洋の好きな卵のサンドイッチはどう?』
『んっそれがいい』
『本当? これはねママの大好物でもあるのよ。昔……ママも小さい頃、お弁当といえば卵サンドだったのよ。ふふっ、あの頃が懐かしいわ』
遠い昔を懐かしむ母の優しい目。
そんな母のことを、俺はじっと見上げていた。
****
「おいおいそんな話していたら腹が空いて来たよ。なぁどこかに寄って帰ろうか」
「まぁあなたったら、お酒飲みたいのね。いいわよ」
「よし、じゃあ洋くん、少し飲んでいくか」
「あっはい」
「嬉しいもんだな。涼と違って君とは酒が飲めるから」
伯父に誘われ、高層ホテルのバーに行った。
エレベータが上昇するにつれて、窓から見える夜景がどんどん小さくなっていった。懐かしい摩天楼の夜景だ。夜景は地上に輝く小さな星のように、その光は俺の気持ちと相まってとても幻想的だった。
****
「空? 一体どうしたんだよ。あーもうかなり酔ってるな」
「ん……陸……実は僕は……」
僕は陸のことが好きなんだ。僕じゃ駄目か……
この言葉を何度飲み込んだことか。でも今なら言えそうだ。
もう……早く言わないと、僕の陸が遠くへ行ってしまいそうで怖い。
僕の言葉は陸を繋ぎとめられるのだろうか。
「ストップ! 今はそれ以上しゃべるな。お前本当に顔色悪いな。少し俺の部屋で休んで行けよ」
「陸……」
違うんだ。どうして分かってくれない。そんな悲しい想いが込み上げて、迂闊にも陸の前で涙がポロっとこぼれてしまった。
「えっ! なっなんだよ、泣くなんて……参ったな。本当に辛いんだな、さぁ行こう」
酔っぱらって具合が悪くなったと思った陸は、僕を立たせて肩に手を置いて出口へと誘導してくれた。
「ほら乗るぞ」
「……うん」
エレベータに二人で乗りこむと、ちょうど向かいのエレベーターが到着して、中から驚いたことに洋くんが現れた。
中年の男性と女性に囲まれ幸せそうな笑顔を浮かべ頬を薔薇色に上気して、裕福な家の息子のように大事にエスコートされていた。
なんて光景だ。このタイミングで……
「あっ……」
「どうした? 」
「いや……なんでもない。ごめん陸、早く部屋で休ませてくれ」
慌てて僕の手は、エレベーターのcloseボタンを押していた。
陸は洋くんに気が付いてなかった。洋くんも気が付かなかった。
そして僕のこの醜い心にも……誰も気が付いていない。
残酷な交差は、僕をますます醜くさせていく。
マジェスティック劇場 44丁目の7番街と8番街の間の道を、俺は伯父と伯母と共に歩いていた。こんな風に身内に挟まれ安心してこの Streetを歩けるなんて……不思議な感じだ。
「洋くん、どうだった? ミュージカル面白かったか」
「はい。舞台装置も豪華で、歌声もすごくてまだ興奮しています」
「はははっ流石本場ブロードウェイのミュージカルだろう。※オペラ座の怪人は私達夫婦も好きで何度も何度も観ている演目だよ。洋くんは観るの初めてか」
「ええ……まぁ」
本当は大学の頃、義父と一緒に一度観たことがあった。その時の思い出は最悪だ。ミュージカルを楽しむどころではなかった。
あれはちょうど二人で渡米してから、義父のスキンシップがますます多くなって困惑していた時期だった。さりげなく俺の膝に置かれた義父の熱い手が気になって、ミュージカルに集中出来なかったし、内容にもどこか恐ろしいものを感じてしまった。
主人公のクリスティーヌは父の面影を宿した怪人に恍惚となり、作曲に没頭する怪人に忍び寄り、好奇心から付けていた仮面を剥ぎ取ってしまい……その仮面の下の醜い顔を見られた怪人は怒りに震え彼女に呪いの言葉を浴びせるが、クリスティーヌはうろたえながらも彼の孤独な心と憧れを宿した瞳に気付く……その内容に怯えてしまったのだ。
あの時の俺は、何が怖かったのだろうか。もしかしたら……怪人が義父と被って見えたのかもしれない。
「洋くん、明日はお昼間出かけましょうね、伯母さん頑張ってお弁当作るわね。ねぇ洋くんはサンドイッチの中身何が好き?」
「ありがとうございます。えっと卵かな」
「ふふ、そう言うと思った。夕もそうだったから」
あっまただ。
伯母と話していると母のことを、どんどん思い出してしまう。
****
『洋、明日の遠足のお弁当何がいい?』
『なんでもいいよ』
あの頃はもう父が亡くなっていて、母は働きに出ては病気になるの繰り返しで経済的にも苦しい時期だったのだろう。毎日の食事もかなり質素で、子供心にひしひしとそれを感じていた。
『じゃあ洋の好きな卵のサンドイッチはどう?』
『んっそれがいい』
『本当? これはねママの大好物でもあるのよ。昔……ママも小さい頃、お弁当といえば卵サンドだったのよ。ふふっ、あの頃が懐かしいわ』
遠い昔を懐かしむ母の優しい目。
そんな母のことを、俺はじっと見上げていた。
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「おいおいそんな話していたら腹が空いて来たよ。なぁどこかに寄って帰ろうか」
「まぁあなたったら、お酒飲みたいのね。いいわよ」
「よし、じゃあ洋くん、少し飲んでいくか」
「あっはい」
「嬉しいもんだな。涼と違って君とは酒が飲めるから」
伯父に誘われ、高層ホテルのバーに行った。
エレベータが上昇するにつれて、窓から見える夜景がどんどん小さくなっていった。懐かしい摩天楼の夜景だ。夜景は地上に輝く小さな星のように、その光は俺の気持ちと相まってとても幻想的だった。
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「空? 一体どうしたんだよ。あーもうかなり酔ってるな」
「ん……陸……実は僕は……」
僕は陸のことが好きなんだ。僕じゃ駄目か……
この言葉を何度飲み込んだことか。でも今なら言えそうだ。
もう……早く言わないと、僕の陸が遠くへ行ってしまいそうで怖い。
僕の言葉は陸を繋ぎとめられるのだろうか。
「ストップ! 今はそれ以上しゃべるな。お前本当に顔色悪いな。少し俺の部屋で休んで行けよ」
「陸……」
違うんだ。どうして分かってくれない。そんな悲しい想いが込み上げて、迂闊にも陸の前で涙がポロっとこぼれてしまった。
「えっ! なっなんだよ、泣くなんて……参ったな。本当に辛いんだな、さぁ行こう」
酔っぱらって具合が悪くなったと思った陸は、僕を立たせて肩に手を置いて出口へと誘導してくれた。
「ほら乗るぞ」
「……うん」
エレベータに二人で乗りこむと、ちょうど向かいのエレベーターが到着して、中から驚いたことに洋くんが現れた。
中年の男性と女性に囲まれ幸せそうな笑顔を浮かべ頬を薔薇色に上気して、裕福な家の息子のように大事にエスコートされていた。
なんて光景だ。このタイミングで……
「あっ……」
「どうした? 」
「いや……なんでもない。ごめん陸、早く部屋で休ませてくれ」
慌てて僕の手は、エレベーターのcloseボタンを押していた。
陸は洋くんに気が付いてなかった。洋くんも気が付かなかった。
そして僕のこの醜い心にも……誰も気が付いていない。
残酷な交差は、僕をますます醜くさせていく。
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