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第8章
交差の時 5
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夢を見た。
丈と俺が鎌倉の寺の庭に立っていると、その周りに人が集まって来た。
「来てくれたのか……皆」
その人達の顔を、幸せを噛みしめながら俺はゆっくりぐるりと見回した。
安志と涼が肩を組んで、くすぐったそうに笑っている。その隣にはKaiと優也さんが手を繋いで立っていた。二人共久しぶりだ。俺たちのためにソウルからわざわざ来てくれたのか。それから部屋の窓辺では、法衣で正装をした翠さんと流さんが肩を並べ微笑んでいた。
そして……驚いたことに陸さんとその隣には空さんまで……わざわざ来てくれたなんて。
なんて幸せな夢なんだ。
久しぶりに温かく幸せな夢を見た。誰かに歓迎され祝福されるという心地良さは、一度知ってしまうと忘れられなくなってしまうものだ。
それは夢の中でも俺を満たしてくれたようだ。
「ん……何時? 」
目を覚ますと朝日が部屋に射し込み、部屋全体が白く光っているように見えた。それからすぐに、ドア先で声がした。
「洋くん、もう起きた?」
朝さんの声で焦って時計を見ると、なんと九時近くになっていた。
「あっすいません! 今起きます」
なんてことだ。自分でも苦笑してしまった。初めての家でぐっすり眠り、寝坊してしまうなんて。でも涼の部屋はそれほどまでに居心地が良かった。
ありがとう、涼、とても幸せな夢を見れたよ…
急いで仕度をしてダイニングへ向かうと、伯父と伯母が笑顔で迎えてくえた。
「おはよう、洋くんよく眠れたみたいだね」
「おはようございます。すみません寝坊してしまって」
「いいのよ。寛いでくれた証拠でしょう。あら? ここが」
伯母の手が、俺の後頭部に優しく労わるようにそっと触れた。それは母の手を思い出す仕草だった。
「ふふっ可愛い寝ぐせね、ひよこ豆みたい」
「あっ」
ひよこ豆……? 母と同じことを言われ、恥ずかしくてぱっと後頭部を手で押さえてしまった。猫っ毛の俺の髪はいつも跳ねやすく、よく朝起きると母がクスクス笑いながら触ってくれた。
『洋ってば、今日もはねてる。ここ、ひよこ豆みたいよ』
『だから母さん、ひよこ豆ってなに? 』
『あら、いつもサラダに入れているコロンとしたお豆のことよ』
『サラダ! 』
「洋くん、今日は予定はないのよね。ねぇいいこと? 日曜日までは私達に付き合うこと」
「えっ……」
「あら、どこか行く所があった? 友達と会う約束でもあったの? それならば…」
「いえ、何もないです」
アメリカには、友人と呼べる心を許せる友はいないのが事実だった。その理由は今となっては自分自身がよく分かっている。俺が逃げていたからだ。いつも人目を避けるように警戒しすぎた気持ちが伝わったのだろう。クラスでも徐々にぽつんと浮いた存在だった大学生活は、もうあまり記憶にないほどだ。
「じゃあ今日はせっかくだからミュージカルに行きましょう。それからショッピングをして……明日はそうねぇ、図書館に行きましょうか。それからお弁当を持ってセントラルパークへピクニックへ」
「おいおい、朝、欲張りすぎてないか」
「あらあなた、だって私は今まで甥っ子に何もしてやれなかったんですもの。それに涼は躰を動かすことが好きで、私の行きたい場所に付き合ってくれなかったのですもの。ねぇ洋くんはミュージカル観たり、図書館で本を読んだりするの好きよね? 」
「あっはい……」
有無を言わさぬ問いだったが、あながち間違えていない。そう……俺は外にいるよりも中にいる方が好きだった。
「じゃあ決まりね! あぁ楽しみだわ」
伯母の朗らかで快活な笑い声が、朝日で溢れるダイニングに爽やかに響いた。
****
「Soilさん、昨日は本当にすいませんでした。僕かっとなってとんでもないことをしました」
朝一番にスタジオ入りした辰起がえらく殊勝な顔をして、俺に深々と頭を下げた。いつものパターンに呆れかえってしまった。本当にこいつとは永遠に相容れない。どこまでが本心だか。そう思う瞬間だ。
だが俺がいつまでも大人げない態度を取っていてもしょうがない。撮影をスムーズに終わらせたかったので、作り笑顔で応対した。
「傷はもういいのか」
「あっはい、メイクで上手く隠せました」
確かに顔のあざは綺麗に消えている。人工的な美しさが一際引き立っているように見えた。
辰起も相当に美しい顔をしているが、どこかきつく冷たく見える。それに比べサイガヨウの美しさは……自然に出来た湖のように静かに迫って来るものがある。
「そうか……よかったな」
ふと辰起の白い胸元に目をやると、出来たばかりの小さな痣を見つけてしまった。これはキスマークか……はっアメリカにも知り合いがいるのか。お盛んなことだな。
「そうか。だがここは隠せていないぞ」
嫌味たっぷりで胸元のキスマークを指ではじいてやると、はっとした顔を浮かべた。
「あっ……」
「まぁいい。撮影は秋冬の衣装だ。問題ないだろう」
言い返せない辰起は黙ったままだが、目には炎が揺らいでいるように感じた。
本当に危なっかしい奴だ。こんな奴とサイガヨウがまた接触すれば、今度は何が起こるか分からない。近づかないように、空に頼んでおかないとな。
「はぁ……全く」
「どうしたんですか。Soilさんが溜息なんて」
「なんでもない。行くぞ」
一体何故俺が……こんなにもサイガヨウの身を心配しているのだと呆れ返り、自分自身に深い溜息をついてしまったのだった。
丈と俺が鎌倉の寺の庭に立っていると、その周りに人が集まって来た。
「来てくれたのか……皆」
その人達の顔を、幸せを噛みしめながら俺はゆっくりぐるりと見回した。
安志と涼が肩を組んで、くすぐったそうに笑っている。その隣にはKaiと優也さんが手を繋いで立っていた。二人共久しぶりだ。俺たちのためにソウルからわざわざ来てくれたのか。それから部屋の窓辺では、法衣で正装をした翠さんと流さんが肩を並べ微笑んでいた。
そして……驚いたことに陸さんとその隣には空さんまで……わざわざ来てくれたなんて。
なんて幸せな夢なんだ。
久しぶりに温かく幸せな夢を見た。誰かに歓迎され祝福されるという心地良さは、一度知ってしまうと忘れられなくなってしまうものだ。
それは夢の中でも俺を満たしてくれたようだ。
「ん……何時? 」
目を覚ますと朝日が部屋に射し込み、部屋全体が白く光っているように見えた。それからすぐに、ドア先で声がした。
「洋くん、もう起きた?」
朝さんの声で焦って時計を見ると、なんと九時近くになっていた。
「あっすいません! 今起きます」
なんてことだ。自分でも苦笑してしまった。初めての家でぐっすり眠り、寝坊してしまうなんて。でも涼の部屋はそれほどまでに居心地が良かった。
ありがとう、涼、とても幸せな夢を見れたよ…
急いで仕度をしてダイニングへ向かうと、伯父と伯母が笑顔で迎えてくえた。
「おはよう、洋くんよく眠れたみたいだね」
「おはようございます。すみません寝坊してしまって」
「いいのよ。寛いでくれた証拠でしょう。あら? ここが」
伯母の手が、俺の後頭部に優しく労わるようにそっと触れた。それは母の手を思い出す仕草だった。
「ふふっ可愛い寝ぐせね、ひよこ豆みたい」
「あっ」
ひよこ豆……? 母と同じことを言われ、恥ずかしくてぱっと後頭部を手で押さえてしまった。猫っ毛の俺の髪はいつも跳ねやすく、よく朝起きると母がクスクス笑いながら触ってくれた。
『洋ってば、今日もはねてる。ここ、ひよこ豆みたいよ』
『だから母さん、ひよこ豆ってなに? 』
『あら、いつもサラダに入れているコロンとしたお豆のことよ』
『サラダ! 』
「洋くん、今日は予定はないのよね。ねぇいいこと? 日曜日までは私達に付き合うこと」
「えっ……」
「あら、どこか行く所があった? 友達と会う約束でもあったの? それならば…」
「いえ、何もないです」
アメリカには、友人と呼べる心を許せる友はいないのが事実だった。その理由は今となっては自分自身がよく分かっている。俺が逃げていたからだ。いつも人目を避けるように警戒しすぎた気持ちが伝わったのだろう。クラスでも徐々にぽつんと浮いた存在だった大学生活は、もうあまり記憶にないほどだ。
「じゃあ今日はせっかくだからミュージカルに行きましょう。それからショッピングをして……明日はそうねぇ、図書館に行きましょうか。それからお弁当を持ってセントラルパークへピクニックへ」
「おいおい、朝、欲張りすぎてないか」
「あらあなた、だって私は今まで甥っ子に何もしてやれなかったんですもの。それに涼は躰を動かすことが好きで、私の行きたい場所に付き合ってくれなかったのですもの。ねぇ洋くんはミュージカル観たり、図書館で本を読んだりするの好きよね? 」
「あっはい……」
有無を言わさぬ問いだったが、あながち間違えていない。そう……俺は外にいるよりも中にいる方が好きだった。
「じゃあ決まりね! あぁ楽しみだわ」
伯母の朗らかで快活な笑い声が、朝日で溢れるダイニングに爽やかに響いた。
****
「Soilさん、昨日は本当にすいませんでした。僕かっとなってとんでもないことをしました」
朝一番にスタジオ入りした辰起がえらく殊勝な顔をして、俺に深々と頭を下げた。いつものパターンに呆れかえってしまった。本当にこいつとは永遠に相容れない。どこまでが本心だか。そう思う瞬間だ。
だが俺がいつまでも大人げない態度を取っていてもしょうがない。撮影をスムーズに終わらせたかったので、作り笑顔で応対した。
「傷はもういいのか」
「あっはい、メイクで上手く隠せました」
確かに顔のあざは綺麗に消えている。人工的な美しさが一際引き立っているように見えた。
辰起も相当に美しい顔をしているが、どこかきつく冷たく見える。それに比べサイガヨウの美しさは……自然に出来た湖のように静かに迫って来るものがある。
「そうか……よかったな」
ふと辰起の白い胸元に目をやると、出来たばかりの小さな痣を見つけてしまった。これはキスマークか……はっアメリカにも知り合いがいるのか。お盛んなことだな。
「そうか。だがここは隠せていないぞ」
嫌味たっぷりで胸元のキスマークを指ではじいてやると、はっとした顔を浮かべた。
「あっ……」
「まぁいい。撮影は秋冬の衣装だ。問題ないだろう」
言い返せない辰起は黙ったままだが、目には炎が揺らいでいるように感じた。
本当に危なっかしい奴だ。こんな奴とサイガヨウがまた接触すれば、今度は何が起こるか分からない。近づかないように、空に頼んでおかないとな。
「はぁ……全く」
「どうしたんですか。Soilさんが溜息なんて」
「なんでもない。行くぞ」
一体何故俺が……こんなにもサイガヨウの身を心配しているのだと呆れ返り、自分自身に深い溜息をついてしまったのだった。
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