重なる月

志生帆 海

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第8章

交差の時 1

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 新緑の木立の中に真っ白な衣装を着た陸さんが立っていた。

 今はとても穏やかな表情で、俺を待っていてくれる。あの日感じた義父の面影は、今は影を潜めていた。

 本当はこういう人なのかもしれない。憎しみが過ぎ去れば、きっといつもこういう表情が出来る人なんだ。

 信じられる……今なら。だから陸さんが本来いるべき場所へ戻してあげたい。

「あの……」
「あぁ」

 何故だか気まずくて何を話せば良いのか浮かんでこなくて固まってしまった俺の肩を、陸さんはポンっと励ます様に軽く叩いてくれた。

「……この前みたいにやればいい。後は俺に合わせて動けばいい」

 俺はしっかりと頷いた。

 そうだ、怖気づくな。思い出せ。この前感じた遠き日の想いを。洋月の君、ヨウ、そして夕凪……君のことも。

「じゃあ行くよー洋くん準備はいい? 」
「はい!よろしくお願いします」

 カメラを向けられると、透明に澄んだ球面レンズが五月の新鮮な陽射しを受けて一際輝いて見えた。

 まるで青空に、忘れ物のように浮かぶ白い月のようだ。その月の光に誘われるように、俺はカメラのレンズの奥深くをじっと見つめた。

「こっちだよ。そう、こっちを向いて! いいね、その調子」

 そんな誰かの声に誘われるように、夢中で求められるがままにポーズを取って行った。

 この世で経験なんてなくとも……過去の俺が確かに経験したことなのだから、自分を信じて動いていけばいい!

 洋月として、新しい帝の御前で大空に手を伸ばすように精一杯心を研ぎ澄まし舞ったあの日のこと。

『ほぅ洋月の君。君の舞は言葉では言い表せないな。なんというか涙がでそうになる』
『今上帝……恐れ多きことです』
『本当に光る君だ。洋月の君はいつも、いつだって輝いているよ』

 ヨウとして、幼き王様のご所望で剣の舞をジョウと披露した日のこと。

『ヨウっヨウ! 本当にヨウは強くて綺麗で格好良くて凄いよ! 僕の近衛隊長はこんなにすごいんだって、皆に自慢したくなるよ』

 興奮して駆け寄って来るお日様の匂いのする王様を抱きしめた。

『王様そんな大袈裟な。ジョウの舞はいかがでした?』 
『うん! ジョウもなかなかよかったよ。医官なのによく躰を鍛えているんだな』
『ふっ……そうですね。医官のくせになかなかですよね』

 そして夕凪、最近は君のこともよく思い出すよ。あの人の前でデッサンのモデルをしたこともあったのだな。

『夕凪……そうだ。そのまま動くな。その位置でじっとしていろ』
『これでいいのか。なんか恥ずかしいな。しかし俺なんかを描いて、その……面白いのか』
『あぁ最高だよ。君をこうやって、紙の中の閉じ込めることが出来るなんてな』


「いいよ! いい! なんか君すごいよ」
「じゃあ次はSoilの方に歩いていって」
「そうすれ違う瞬間を撮るからねー! 」

 カメラマンと撮影監督の興奮した声の中、過去と現在が入り乱れる中、無我夢中で撮影に臨んでいた。

 ある種の興奮状態だったのだろう。足元がふわふわしてうっかり木の根に足をとられて、よろけてしまった。

「あっ!」

 そのまま芝生に転びそうになった躰が、力強い腕でぐいっと上に引き揚げられた。

「ったく、相変わらず危なっかしいな」

 耳元で響く低く甘い声に正気に戻ると、陸さんの顔が近かった。

「なっ」

 あまりの近さに驚いて思わず身を引こうとすると、逆に腰をぎゅっと抱きしめられてしまった。これじゃ傍から見たら、まるで抱き合っているようにしか見えないじゃないか。

 途端に周りから歓声が沸いた。

「おお! なんかいいね! それっ」

「Soil~それ女子が喜ぶ! そのポーズのまま、ちょっと撮らせて」


****

 サイガヨウの動きは、まるで生れてからずっとモデルでもしてきたかのように完璧だった。

 何かが乗り移ったかのようにすら感じる躰の滑らかな動き。顔つきだって、全然違う。カメラを向けられた途端に意志を持ちだした鮮やかな表情は、見惚れるほど艶やかだった。

 こいつ……何者なんだ。

 父を奪い……我が儘に甘やかされて育ったナヨナヨした奴なんかじゃない。全然違う。

 大きく膨れ上がるほど壮大な過去を抱く、どこか悲しげな月のような男。 

 それが今俺の腕の中にいるサイガヨウの姿だった。
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