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第8章
あの空の色 13
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「んー君は素材がいいから、あまりメイクしない方がいいね。素のままで十分綺麗だ。化粧しない方が綺麗なんて子、初めて会ったよ」
ロケバスの中で、簡単にメイクを施された。
「えっと衣装は……まだ辰起から届かない? まったくあの子は、酷い癇癪起こして、監督を怒らせちゃって、あれじゃまずいよなぁ」
「……」
そうだ……あの子のことを忘れていた。俺の図々しい申し出で、あの子の立場が悪くなってしまったことを忘れてはいけない。だが不思議と心は落ち着いていた。
「入っていいですか」
この声は空さんだ。手には辰起くんの着ていた衣装を持っていた。
「空さん……」
空さんの穏やかな姿を見ると、ほっとした。
「はい衣装。辰起が脱ぎ捨てて行ってしまったから、拾ってきたよ」
「空さん、ありがとうございます。あの俺……急にこんなことして……すいません」
「ふっ洋くんは無謀だな。正直驚いたよ」
「すみません」
「でも嬉しかった。陸を庇ってくれたんだろう」
「……それは、陸さんが俺を助けてくれたから……俺も」
「はぁ参ったな、君たちには」
「何故ですか?」
「だってお互い庇い合って……陸は君のことをずっと……」
「憎まれていたのですね、俺は」
続かない言葉を続けてあげると、空さんは寂しそうに笑った。
「そうなんだ……洋くん。僕は君に謝らないと」
「何をですか。空さんが謝るようなことなんてありません。むしろ俺が勝手なことをして、空さんに詫びるのは俺の方です」
空さんは、続けて寂し気に首を振った。
「いや……陸が君を憎む気持ちに、僕もいつも便乗していたんだ。陸の気持ちに寄り添っていると、あいつは僕のことを本当に大事な存在として傍にいさせてくれたから。そんな下心があって……だからかな、こんな展開になってしまったのは」
「空さん。俺は空さんに感謝しています。陸さんはきっと空さんがいつもそばにいてくれたから心強かったと思うのです。それに空さんがいてくれたから、陸さんは、ずっと優しい心を失わずにいられたのだと思います」
空さんははっとした表情を浮かべていた。
「洋くんは……なんというか……想像よりもずっと強くて優しいね」
「いや俺は……俺にもずっと一緒に育ってきた大事な幼馴染がいて。だからかな、なんだか陸さんと空さんの二人を見ていると、そういう信頼しあっている関係の大切さを感じます」
「違うよ。僕はそんなに立派な人間ではないよ……欲張りな酷いやつさ」
「それは違います。俺、空さんがこの場にいてくれて心強いです」
空さんとこんな話が出来るなんて……まだ出会って間もないのに、なんだかその纏う空気が穏やかで居心地が良いせいか、こんなにも深い話まで出来るようになっていた。
「洋くんそろそろ着替えて」
スタッフの人に急かされたので、慌てて立ち上がった。
「洋くん、頑張って、撮影見ているよ」
「はい、陸さんに迷惑をかけないように頑張ります」
本当にそうだ。自分から言い出したことなんだ。
モデルなんてあの一度しか経験がない俺が差し出がましいことを……そう思ったが止められなかった。
義父を介して、すれ違った陸さんは少なからずとも俺と縁がある人物。
もう憎み合うだけの関係は嫌だった。
陸さんに近づいてみれば、何かが変わるのかもしれない。
陸さんの目線に歩み寄り、俺のことも知って欲しい。
そう願うだけだ。
「はい、仕度OK。洋くんじゃあ外に出て」
「行ってきます」
ロケバスから外に出ると、新緑の木々の木漏れ日が眩しかった。若葉の間から見える空を見上げた。
「洋……」
ふと誰かに呼ばれた気がした。もしかして……
「丈……?」
声の主は丈だ。すぐに分かった。
あの空の向こうには丈が待ってくれている。
今俺が出来ることをこなして、一歩一歩進んで、必ず君の元に戻るから待っていてくれ。
「頑張って来い」
丈の気持ちがすぅっと胸に届いた。
俺の見上げた空も、丈の見上げた空も、どこまでもどこまでも透明なブルーで埋め尽くされていた。
「あの空の色」了
ロケバスの中で、簡単にメイクを施された。
「えっと衣装は……まだ辰起から届かない? まったくあの子は、酷い癇癪起こして、監督を怒らせちゃって、あれじゃまずいよなぁ」
「……」
そうだ……あの子のことを忘れていた。俺の図々しい申し出で、あの子の立場が悪くなってしまったことを忘れてはいけない。だが不思議と心は落ち着いていた。
「入っていいですか」
この声は空さんだ。手には辰起くんの着ていた衣装を持っていた。
「空さん……」
空さんの穏やかな姿を見ると、ほっとした。
「はい衣装。辰起が脱ぎ捨てて行ってしまったから、拾ってきたよ」
「空さん、ありがとうございます。あの俺……急にこんなことして……すいません」
「ふっ洋くんは無謀だな。正直驚いたよ」
「すみません」
「でも嬉しかった。陸を庇ってくれたんだろう」
「……それは、陸さんが俺を助けてくれたから……俺も」
「はぁ参ったな、君たちには」
「何故ですか?」
「だってお互い庇い合って……陸は君のことをずっと……」
「憎まれていたのですね、俺は」
続かない言葉を続けてあげると、空さんは寂しそうに笑った。
「そうなんだ……洋くん。僕は君に謝らないと」
「何をですか。空さんが謝るようなことなんてありません。むしろ俺が勝手なことをして、空さんに詫びるのは俺の方です」
空さんは、続けて寂し気に首を振った。
「いや……陸が君を憎む気持ちに、僕もいつも便乗していたんだ。陸の気持ちに寄り添っていると、あいつは僕のことを本当に大事な存在として傍にいさせてくれたから。そんな下心があって……だからかな、こんな展開になってしまったのは」
「空さん。俺は空さんに感謝しています。陸さんはきっと空さんがいつもそばにいてくれたから心強かったと思うのです。それに空さんがいてくれたから、陸さんは、ずっと優しい心を失わずにいられたのだと思います」
空さんははっとした表情を浮かべていた。
「洋くんは……なんというか……想像よりもずっと強くて優しいね」
「いや俺は……俺にもずっと一緒に育ってきた大事な幼馴染がいて。だからかな、なんだか陸さんと空さんの二人を見ていると、そういう信頼しあっている関係の大切さを感じます」
「違うよ。僕はそんなに立派な人間ではないよ……欲張りな酷いやつさ」
「それは違います。俺、空さんがこの場にいてくれて心強いです」
空さんとこんな話が出来るなんて……まだ出会って間もないのに、なんだかその纏う空気が穏やかで居心地が良いせいか、こんなにも深い話まで出来るようになっていた。
「洋くんそろそろ着替えて」
スタッフの人に急かされたので、慌てて立ち上がった。
「洋くん、頑張って、撮影見ているよ」
「はい、陸さんに迷惑をかけないように頑張ります」
本当にそうだ。自分から言い出したことなんだ。
モデルなんてあの一度しか経験がない俺が差し出がましいことを……そう思ったが止められなかった。
義父を介して、すれ違った陸さんは少なからずとも俺と縁がある人物。
もう憎み合うだけの関係は嫌だった。
陸さんに近づいてみれば、何かが変わるのかもしれない。
陸さんの目線に歩み寄り、俺のことも知って欲しい。
そう願うだけだ。
「はい、仕度OK。洋くんじゃあ外に出て」
「行ってきます」
ロケバスから外に出ると、新緑の木々の木漏れ日が眩しかった。若葉の間から見える空を見上げた。
「洋……」
ふと誰かに呼ばれた気がした。もしかして……
「丈……?」
声の主は丈だ。すぐに分かった。
あの空の向こうには丈が待ってくれている。
今俺が出来ることをこなして、一歩一歩進んで、必ず君の元に戻るから待っていてくれ。
「頑張って来い」
丈の気持ちがすぅっと胸に届いた。
俺の見上げた空も、丈の見上げた空も、どこまでもどこまでも透明なブルーで埋め尽くされていた。
「あの空の色」了
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