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第8章
あの空の色 12
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途端に柔らかそうな黒髪が、五月の風にふわりと舞った。艶やかに踊るように弾んでいた。そして彼が俯いていた顔をすっとあげると、一気に周囲にいた人達から感嘆の声が漏れた。
「はぅ……綺麗……」
「え……涼くんにそっくりじゃない? 」
「誰? 美しすぎる」
涼とそっくりだが、俺にはもう見分けがつく。
涼よりも思慮深く影のある雰囲気。儚げに揺れる睫毛の下の湖のように澄んだ瞳。
はかなげに咲く草花のようなのに芯はしっかりとしている。風になぎ倒されそうになっても堪え、必死に上を向いて咲き続ける花。
「君、一体誰? 」
カメラマンも監督もサイガヨウに自然と近づいて行った。彼は皆を虜にしてしまうようだった。
「あの実は……俺は…涼の従兄弟なんです」
「そうか! 従兄弟か! 道理で似ていると思った。いやもう双子の域か」
「あの、さっきの話なんですが……Soilさんがあの子が殴ってしまったのは、俺のせいなんです。だからSoilさんを責めないで下さい。それで大変おこがましいのですが、俺で……俺に出来ることがあったらやらせてください」
覚悟を決めたような、物怖じしない発言に、こっちがたじろいだ。
最初に会った時のサイガヨウはもっと怯えていた。
俺にも……周りにも。一体何がこんなに彼を強くさせたのだろう。
どよめきの中、スタッフ一同が期待に満ちた目で監督のことを見ていた。それもそうだろう。こんな美形は滅多に拝めないからな。
「君、モデルの経験はあるの? 」
「えっ……あの……それは」
言い淀んでいると、後ろから軽薄な声がした。
「わぉ! 君また来てくれたんだねぇ~」
そうかカメラマンには、こいつもいたのか。あの日スタジオでサイガヨウを撮ったカメラマンの林が明るく笑っていた。スカズカと歩み寄ってサイガヨウをハグし、頭をくしゃくしゃと撫でている。
「いや~その気になってくれたんだね。あの後も君のこと撮りたくてウズウズしていたよ」
「あっあの時の……いや、その…これには理由があって」
林さんは上機嫌で監督の方を向いた。
「監督、この子最高ですよ。一度撮らせてもらったけれどもゾクゾクしました。それに午前中の撮影を見学していましたが、今日のSoilの爽やかな雰囲気に合わせるのにぴったりの逸材ですよ。この子で撮ったらどうです? 辰起は顔を怪我してしまったし休ませましょう」
「そうか、林くんが言うのなら間違いないな。ではそうしよう。実は私もこの子で撮ってみたいと思っていたんだ。じゃあ辰起……悪いが今日はもう帰って、その顔を冷やして来い」
「なっ! なんで僕が降ろされて、この涼の従兄弟って奴に、僕の座を譲らないといけないんだよ! くそっそんなの狡い! 監督なんて、サイテーだっ!」
「辰起……お前一体誰に向かって口きいている? 少し生意気過ぎるぞっ」
監督の顔色が変わった所で、わぁわぁと小さな子供が駄々をこねるようにわめく辰起はスタッフに抱えられるように、消えて行った。
「やぁやぁなんだか、すまないね。あの子はプライドが高くて、涼くんにもいつも陰で強く当たっているのを知っている。おおよそトイレで君を見かけて、涼と間違えて難癖をつけたんだろう。それをSoilが庇ったんだな。それで納得したよ。Soil……疑って悪かったな」
白髪混じりの監督はやさしく穏かな口調だったので、サイガヨウもほっとした表情を浮かべていた。
「ありがとうございます。信じていただけて……俺、精一杯頑張りますから、よろしくお願いします」
「あぁじゃあ早速、あっちにいるメイクさんのところへ行って準備をしてきてくれるか」
「はいっ!」
メイクさんの方へ駆け出そうとしたサイガヨウと俺の目が、ばっちりと交差した。
「あっ……」
言葉は出ないようだったが、軽い会釈と柔らかい微笑みを向けられて、悪い気はしなかった。
俺は今どんな顔している? 全くあいつは調子が狂うぜ。どんどん乱されているよな。俺が俺じゃなくなるような……でもそれが嫌じゃない自分が確かにいた。
ツンとむせ返るような新緑の風が、俺の汚れた心を洗っていくように、ザワザワと音を立てながら、一気に吹き抜けていった。
小さくなっていく彼の綺麗な後姿を見つめ、これからの撮影は俺も全力投球しようと誓った。
「はぅ……綺麗……」
「え……涼くんにそっくりじゃない? 」
「誰? 美しすぎる」
涼とそっくりだが、俺にはもう見分けがつく。
涼よりも思慮深く影のある雰囲気。儚げに揺れる睫毛の下の湖のように澄んだ瞳。
はかなげに咲く草花のようなのに芯はしっかりとしている。風になぎ倒されそうになっても堪え、必死に上を向いて咲き続ける花。
「君、一体誰? 」
カメラマンも監督もサイガヨウに自然と近づいて行った。彼は皆を虜にしてしまうようだった。
「あの実は……俺は…涼の従兄弟なんです」
「そうか! 従兄弟か! 道理で似ていると思った。いやもう双子の域か」
「あの、さっきの話なんですが……Soilさんがあの子が殴ってしまったのは、俺のせいなんです。だからSoilさんを責めないで下さい。それで大変おこがましいのですが、俺で……俺に出来ることがあったらやらせてください」
覚悟を決めたような、物怖じしない発言に、こっちがたじろいだ。
最初に会った時のサイガヨウはもっと怯えていた。
俺にも……周りにも。一体何がこんなに彼を強くさせたのだろう。
どよめきの中、スタッフ一同が期待に満ちた目で監督のことを見ていた。それもそうだろう。こんな美形は滅多に拝めないからな。
「君、モデルの経験はあるの? 」
「えっ……あの……それは」
言い淀んでいると、後ろから軽薄な声がした。
「わぉ! 君また来てくれたんだねぇ~」
そうかカメラマンには、こいつもいたのか。あの日スタジオでサイガヨウを撮ったカメラマンの林が明るく笑っていた。スカズカと歩み寄ってサイガヨウをハグし、頭をくしゃくしゃと撫でている。
「いや~その気になってくれたんだね。あの後も君のこと撮りたくてウズウズしていたよ」
「あっあの時の……いや、その…これには理由があって」
林さんは上機嫌で監督の方を向いた。
「監督、この子最高ですよ。一度撮らせてもらったけれどもゾクゾクしました。それに午前中の撮影を見学していましたが、今日のSoilの爽やかな雰囲気に合わせるのにぴったりの逸材ですよ。この子で撮ったらどうです? 辰起は顔を怪我してしまったし休ませましょう」
「そうか、林くんが言うのなら間違いないな。ではそうしよう。実は私もこの子で撮ってみたいと思っていたんだ。じゃあ辰起……悪いが今日はもう帰って、その顔を冷やして来い」
「なっ! なんで僕が降ろされて、この涼の従兄弟って奴に、僕の座を譲らないといけないんだよ! くそっそんなの狡い! 監督なんて、サイテーだっ!」
「辰起……お前一体誰に向かって口きいている? 少し生意気過ぎるぞっ」
監督の顔色が変わった所で、わぁわぁと小さな子供が駄々をこねるようにわめく辰起はスタッフに抱えられるように、消えて行った。
「やぁやぁなんだか、すまないね。あの子はプライドが高くて、涼くんにもいつも陰で強く当たっているのを知っている。おおよそトイレで君を見かけて、涼と間違えて難癖をつけたんだろう。それをSoilが庇ったんだな。それで納得したよ。Soil……疑って悪かったな」
白髪混じりの監督はやさしく穏かな口調だったので、サイガヨウもほっとした表情を浮かべていた。
「ありがとうございます。信じていただけて……俺、精一杯頑張りますから、よろしくお願いします」
「あぁじゃあ早速、あっちにいるメイクさんのところへ行って準備をしてきてくれるか」
「はいっ!」
メイクさんの方へ駆け出そうとしたサイガヨウと俺の目が、ばっちりと交差した。
「あっ……」
言葉は出ないようだったが、軽い会釈と柔らかい微笑みを向けられて、悪い気はしなかった。
俺は今どんな顔している? 全くあいつは調子が狂うぜ。どんどん乱されているよな。俺が俺じゃなくなるような……でもそれが嫌じゃない自分が確かにいた。
ツンとむせ返るような新緑の風が、俺の汚れた心を洗っていくように、ザワザワと音を立てながら、一気に吹き抜けていった。
小さくなっていく彼の綺麗な後姿を見つめ、これからの撮影は俺も全力投球しようと誓った。
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