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第8章
あの空の色 11
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辰起がごねだして、現場は騒然としてしまった。
悪いのは、いつも感情のままに行動してしまうせいだ。そのことは自分が一番よく分かっているさ。だが、さっきトイレで辰起のことを殴ったことを俺は後悔していない。
****
「おい空、あいつ、どこ行った? 」
「あぁ洋くんなら、トイレで顔洗ってくるって」
ふん、顔を合わせる勇気もないっていうのか。ずっと俺のことを見ていたくせに。俺の前にすぐに顔を出さないことに腹が立ち、公園内のトイレを見ると、ちょうど辰起がその建物に入って行くところだった。
ふとそのイライラとした表情の横顔に、日本での事件のことを思い出してしまった。
あいつはロッカールームで涼にナイフを向けたことがある。もしも、辰起がトイレでサイガヨウと鉢合わせしてしまったら、どうなるか。
涼と瓜二つのサイガヨウの顔を見て、逆上しないといいが……何か胸の奥がざわつくような変な気持が込み上げて来た。
「空、悪い、俺もトイレに行ってくる」
「えっ……待てよ」
悪い予感は的中した。
トイレに入る寸前のところで、サイガヨウと辰起の言い争う声がした。
まずいっ。
そう思い飛び込むと、まさに辰起がサイガヨウの顔を目がけてカッターナイフを振り下ろすところだった。
「よせっ! 」
俺は容赦なく一思いに辰起の上半身をドカッっと足蹴りにすると、躰の華奢な辰起はトイレのコンクリートの壁に吹っ飛んでしまった。
その後サイガヨウの無事を確かめるために顔を見ると、何で助けてくれたのか理解できないといった表情を浮かべているのが滑稽だった。
何故って、俺だって分からない。
俺の人生を踏みにじった女の子供。
俺の代わりに父の息子の座を奪った憎い奴だった。
ずっとずっと憎んでいた。
再会した暁には、滅茶苦茶にしてやろうとも思っていた。
なんで俺は……何故なんだ。
あいつにこの前は庇われ、今は助けてやったのだろう。
サイガヨウの口から零れた言葉
「あの……助けてくれて、ありがとう」
砂糖菓子のように甘い言葉に激しく動揺した。
そんな動揺、絶対に悟られたくなくて、逆光をいいことに顔を背け、無言で戻ってきてしまった。
****
カサリと芝を踏む音がした。
振り返るとサイガヨウが立っていた。
俺と辰起とスタッフの輪の中に、一歩また一歩と近づいて来る。
覚悟を決めたような真剣な表情だ。
一体何をするつもりだ?
「あの……それは全部俺のせいなんです」
「おい? お前何を言い出す? 」
監督に向かって、突然口を開いたサイガヨウの動きを制止しようとその華奢な肩を思わずぎゅっと掴んで揺さぶってしまった。
「おいっこれは俺の問題だ。お前は関係ないからひっこんでいろ! 」
「いや、そんな訳にいかない。誤解は解かないと駄目だ」
そう言いながらサイガヨウは目深に被っていたキャップに手をあてて、それを一気に投げ捨てた。
悪いのは、いつも感情のままに行動してしまうせいだ。そのことは自分が一番よく分かっているさ。だが、さっきトイレで辰起のことを殴ったことを俺は後悔していない。
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「おい空、あいつ、どこ行った? 」
「あぁ洋くんなら、トイレで顔洗ってくるって」
ふん、顔を合わせる勇気もないっていうのか。ずっと俺のことを見ていたくせに。俺の前にすぐに顔を出さないことに腹が立ち、公園内のトイレを見ると、ちょうど辰起がその建物に入って行くところだった。
ふとそのイライラとした表情の横顔に、日本での事件のことを思い出してしまった。
あいつはロッカールームで涼にナイフを向けたことがある。もしも、辰起がトイレでサイガヨウと鉢合わせしてしまったら、どうなるか。
涼と瓜二つのサイガヨウの顔を見て、逆上しないといいが……何か胸の奥がざわつくような変な気持が込み上げて来た。
「空、悪い、俺もトイレに行ってくる」
「えっ……待てよ」
悪い予感は的中した。
トイレに入る寸前のところで、サイガヨウと辰起の言い争う声がした。
まずいっ。
そう思い飛び込むと、まさに辰起がサイガヨウの顔を目がけてカッターナイフを振り下ろすところだった。
「よせっ! 」
俺は容赦なく一思いに辰起の上半身をドカッっと足蹴りにすると、躰の華奢な辰起はトイレのコンクリートの壁に吹っ飛んでしまった。
その後サイガヨウの無事を確かめるために顔を見ると、何で助けてくれたのか理解できないといった表情を浮かべているのが滑稽だった。
何故って、俺だって分からない。
俺の人生を踏みにじった女の子供。
俺の代わりに父の息子の座を奪った憎い奴だった。
ずっとずっと憎んでいた。
再会した暁には、滅茶苦茶にしてやろうとも思っていた。
なんで俺は……何故なんだ。
あいつにこの前は庇われ、今は助けてやったのだろう。
サイガヨウの口から零れた言葉
「あの……助けてくれて、ありがとう」
砂糖菓子のように甘い言葉に激しく動揺した。
そんな動揺、絶対に悟られたくなくて、逆光をいいことに顔を背け、無言で戻ってきてしまった。
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カサリと芝を踏む音がした。
振り返るとサイガヨウが立っていた。
俺と辰起とスタッフの輪の中に、一歩また一歩と近づいて来る。
覚悟を決めたような真剣な表情だ。
一体何をするつもりだ?
「あの……それは全部俺のせいなんです」
「おい? お前何を言い出す? 」
監督に向かって、突然口を開いたサイガヨウの動きを制止しようとその華奢な肩を思わずぎゅっと掴んで揺さぶってしまった。
「おいっこれは俺の問題だ。お前は関係ないからひっこんでいろ! 」
「いや、そんな訳にいかない。誤解は解かないと駄目だ」
そう言いながらサイガヨウは目深に被っていたキャップに手をあてて、それを一気に投げ捨てた。
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