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第8章
あの空の色 10
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「うわっ」
少年が倒れ込んだ所に、その影はもう一歩踏み込んで、また殴ろうとしていた。さっきまで俺を威嚇していた少年の顔は見事にパンチがあたったらしく鼻血を出しながら顔を歪めていた。
「Soilさん!なんで……」
「辰起、お前っ一度は見逃したが二度目はないぞ。お前が手に持っているものはなんだ?ナイフで人を斬ろうとするなんて、これは立派な犯罪だ! 」
「でも……だって……今回の仕事は僕だけのものなのに、なんでこっそりこいつが付いてきているんだよっ酷いよ……うっうっ…」
こんな状況でも、俺のことをまだ恨みがましい眼で睨み指さしてくるので、相当気の強い子だと思った。
「おいっ泣き落としは俺には通じないぞ。それにこいつは涼じゃないっ! よく見てみろ」
「えっそんなはずない。こいつは涼だ! 」
「くっ……お前はまだまだ甘いな」
そんなやりとりが繰り広げられる中、俺はまだ自分に身に起きたことが信じられなくて、呆然と立ち尽くしていた。
その時、様子を見に来た空さんの声が響いた。
「洋くん大丈夫かっ。ごめん一緒に行動すればよかった! 」
空さんが息を切らして駆け込んで来て、目の前の光景を見て唖然としていた。
「くそっやってられるかっ」
その瞬間、辰起と呼ばれるその少年は鼻血を流した顔を拭い、駆け出していた。ドンっと肩がぶつかって、思わずよろめいてしまった。
「あっ待って、辰起くん! まさか……陸、殴っちゃたのか」
「まぁな、あいつカッターを持っていた。涼にしようとしたことを繰り返そうとしていたからな」
「えっ洋くんに? もしかして涼くんと間違えたんじゃ」
「どうやら、そうみたいだな」
「そうか……洋くんが無事でよかった。でも、どうするんだよ。辰起くんまだ撮影残っているのに、あんなに顔に傷つけちゃって」
「知るか! 五月蠅いな。手加減出来なかったんだ」
俺はやっと正気に戻って自分の頬にそっと触れてみた。あの冷ややかで鋭利なカッターナイフが頬を切り刻もうとしていたのに、手には何もつかなかった。痛みもなかった。もしも陸さんが助けてくれなかったら今頃、頬が割れ血を流していただろう。そう思うとゾクリとした。
陸さんと目があったので、恐る恐る口を開いた。
「あの……助けてくれてありがとう」
「……」
陸さんの表情は逆光で見えなかった。そして何も言わずにその長身の躰を翻し撮影現場へ戻って行ってしまった。
憎まれてもしょうがない俺なのに……あんな風に感情をむき出しにしてまで助けてくれるなんて、まだ信じられなかった。
****
五月にしては暑い日だった。午後の陽射しがギラギラと輝き出し、新緑の芝に濃い影を作っていた。空さんにアクシデントもあったし今日は戻ろうと言われたが、俺を庇った陸さんのことが気になって、その場から離れられなかった。
ようやく長い休憩の後、午後の撮影が始まろうとした時、現場に監督の罵声が鳴り響いた。
「なんだって! Soilがこの傷を作っただと! Soilなんでそんなことを、この馬鹿! 撮影をなんだと思っているんだ? 今日の撮影には相手役が必要だ。どうしてくれるんだ。辰起の顔に傷をつけるなんて」
「酷いんですよ! Soilさんに僕、一方的に殴られたんです。僕の午前中の態度がなってないって、確かに午前中は僕が悪かったです。でもだからって暴力を振るわれるなんて……うっ、ぐすっ」
頬を大袈裟に押さえながら泣きながら、でたらめをまくし立てる辰起くんの様子にげんなりしてしまった。自分がしたことを棚に上げて、陸さんに罪をなすりつけようとする様子に無性に腹が立った。
「酷い。俺のことを助けようとしてなのに」
「はぁ……辰起の悪い癖が出てるな。しかし困ったな。今日の撮影は構図の関係でも絶対にもう一人相手役が必要なのに、あんな調子じゃ……とても二人の組み合わせは無理だろうし」
空さんが見かねた様子で溜息交じりに呟いた。その間にも辰起くんの主張は、一層ひどくなっていた。
「Soilさんを降ろしてください。僕に暴力を振るったんですから! こんな暴力的な人と仕事なんて出来ません」
「お前っいい加減にしろ」
かっとなった陸さんがまた殴りかかろうとしてしまった。
「ほらっ、みんなも見たでしょ。こうやってさっきトイレの物陰で僕のことを殴ったんです!」
「何っ? お前いい加減なことを言うなっ」
「まずいことになったな。このままじゃ……陸が不利になってしまう。辰起くんはしたたかだよ。いいように取り入っているスタッフも多いし」
「そんな、原因は俺なのに……」
「……残念ながら、そういう世界なんだ」
ざわつく現場の雰囲気に、怒りを露わにする陸さんの様子が居たたまれない。俺もこのままじゃ、このまま庇われたままじゃ嫌だ。
俺に出来ないだろうか。、陸さんの相手役を。
素人の俺がこんなこと考えるなんておこがましいかもしれないが、午前中に見た爽やかな五月の風に溶け込んでいきそうな陸さんとだったら、横に並んでみたい。
そんな不思議な気持ちが沸き起こり、一歩……また一歩と、俺はひとりでに歩き出していた。
「洋くん? どこへ……」
空さんの声が遠くに聴こえる。勇気を出して自分から動き出した。
俺に出来ることがあれば、やってみたい。
そんな強い気持ちが生まれていた。
少年が倒れ込んだ所に、その影はもう一歩踏み込んで、また殴ろうとしていた。さっきまで俺を威嚇していた少年の顔は見事にパンチがあたったらしく鼻血を出しながら顔を歪めていた。
「Soilさん!なんで……」
「辰起、お前っ一度は見逃したが二度目はないぞ。お前が手に持っているものはなんだ?ナイフで人を斬ろうとするなんて、これは立派な犯罪だ! 」
「でも……だって……今回の仕事は僕だけのものなのに、なんでこっそりこいつが付いてきているんだよっ酷いよ……うっうっ…」
こんな状況でも、俺のことをまだ恨みがましい眼で睨み指さしてくるので、相当気の強い子だと思った。
「おいっ泣き落としは俺には通じないぞ。それにこいつは涼じゃないっ! よく見てみろ」
「えっそんなはずない。こいつは涼だ! 」
「くっ……お前はまだまだ甘いな」
そんなやりとりが繰り広げられる中、俺はまだ自分に身に起きたことが信じられなくて、呆然と立ち尽くしていた。
その時、様子を見に来た空さんの声が響いた。
「洋くん大丈夫かっ。ごめん一緒に行動すればよかった! 」
空さんが息を切らして駆け込んで来て、目の前の光景を見て唖然としていた。
「くそっやってられるかっ」
その瞬間、辰起と呼ばれるその少年は鼻血を流した顔を拭い、駆け出していた。ドンっと肩がぶつかって、思わずよろめいてしまった。
「あっ待って、辰起くん! まさか……陸、殴っちゃたのか」
「まぁな、あいつカッターを持っていた。涼にしようとしたことを繰り返そうとしていたからな」
「えっ洋くんに? もしかして涼くんと間違えたんじゃ」
「どうやら、そうみたいだな」
「そうか……洋くんが無事でよかった。でも、どうするんだよ。辰起くんまだ撮影残っているのに、あんなに顔に傷つけちゃって」
「知るか! 五月蠅いな。手加減出来なかったんだ」
俺はやっと正気に戻って自分の頬にそっと触れてみた。あの冷ややかで鋭利なカッターナイフが頬を切り刻もうとしていたのに、手には何もつかなかった。痛みもなかった。もしも陸さんが助けてくれなかったら今頃、頬が割れ血を流していただろう。そう思うとゾクリとした。
陸さんと目があったので、恐る恐る口を開いた。
「あの……助けてくれてありがとう」
「……」
陸さんの表情は逆光で見えなかった。そして何も言わずにその長身の躰を翻し撮影現場へ戻って行ってしまった。
憎まれてもしょうがない俺なのに……あんな風に感情をむき出しにしてまで助けてくれるなんて、まだ信じられなかった。
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五月にしては暑い日だった。午後の陽射しがギラギラと輝き出し、新緑の芝に濃い影を作っていた。空さんにアクシデントもあったし今日は戻ろうと言われたが、俺を庇った陸さんのことが気になって、その場から離れられなかった。
ようやく長い休憩の後、午後の撮影が始まろうとした時、現場に監督の罵声が鳴り響いた。
「なんだって! Soilがこの傷を作っただと! Soilなんでそんなことを、この馬鹿! 撮影をなんだと思っているんだ? 今日の撮影には相手役が必要だ。どうしてくれるんだ。辰起の顔に傷をつけるなんて」
「酷いんですよ! Soilさんに僕、一方的に殴られたんです。僕の午前中の態度がなってないって、確かに午前中は僕が悪かったです。でもだからって暴力を振るわれるなんて……うっ、ぐすっ」
頬を大袈裟に押さえながら泣きながら、でたらめをまくし立てる辰起くんの様子にげんなりしてしまった。自分がしたことを棚に上げて、陸さんに罪をなすりつけようとする様子に無性に腹が立った。
「酷い。俺のことを助けようとしてなのに」
「はぁ……辰起の悪い癖が出てるな。しかし困ったな。今日の撮影は構図の関係でも絶対にもう一人相手役が必要なのに、あんな調子じゃ……とても二人の組み合わせは無理だろうし」
空さんが見かねた様子で溜息交じりに呟いた。その間にも辰起くんの主張は、一層ひどくなっていた。
「Soilさんを降ろしてください。僕に暴力を振るったんですから! こんな暴力的な人と仕事なんて出来ません」
「お前っいい加減にしろ」
かっとなった陸さんがまた殴りかかろうとしてしまった。
「ほらっ、みんなも見たでしょ。こうやってさっきトイレの物陰で僕のことを殴ったんです!」
「何っ? お前いい加減なことを言うなっ」
「まずいことになったな。このままじゃ……陸が不利になってしまう。辰起くんはしたたかだよ。いいように取り入っているスタッフも多いし」
「そんな、原因は俺なのに……」
「……残念ながら、そういう世界なんだ」
ざわつく現場の雰囲気に、怒りを露わにする陸さんの様子が居たたまれない。俺もこのままじゃ、このまま庇われたままじゃ嫌だ。
俺に出来ないだろうか。、陸さんの相手役を。
素人の俺がこんなこと考えるなんておこがましいかもしれないが、午前中に見た爽やかな五月の風に溶け込んでいきそうな陸さんとだったら、横に並んでみたい。
そんな不思議な気持ちが沸き起こり、一歩……また一歩と、俺はひとりでに歩き出していた。
「洋くん? どこへ……」
空さんの声が遠くに聴こえる。勇気を出して自分から動き出した。
俺に出来ることがあれば、やってみたい。
そんな強い気持ちが生まれていた。
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