重なる月

志生帆 海

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第8章

あの空の色 2

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 航空会社のカウンター前に、洋くんはすっと立っていた。

 その美しいすっきりとした姿は、空港な雑多な人混みに埋もれることなく、気高い百合のように凛と目立っていた。陸のような派手な華やかさではなく、静かな湖に映る月夜のような美しさを持っている。

 洋くん……本当に綺麗だな。
 
 彼なりに、かなりの覚悟を持って一人で空港まで来たのだろう。少し緊張した面持ちで、でも真っすぐ顔を上げて……そんな心の内面が僕には手に取るように分かった。

「洋くん、お待たせ」
「空さん」
「準備はいい? 行こうか」
「………あの今回は本当にありがとうございます。道中……お世話になります」

 瞬きするたびに、バサっと音が聞こえそうな程長い睫毛だ。涼くんも本当に美しい顔立ちだと思ったけれども、洋くんの方はそれにさらに色気を足した感じで、間近で接していると、僕ですら動揺してしまうほどだ。

「うん、もう一度スケジュールを確認しておくと、最初の四日間は雑誌の特集でニューヨークの街中での写真撮影が入っていて、その後陸は二日間オフになるんだ。だからその時間を利用してお義父さんに会ってくるといいよ。それまではなるべく僕の傍に洋くんはいてもらえるかな」
「はい。そうします」
「じゃあ行こうか」

****

 飛行機は無事に離陸した。

 眼下の街並みがどんどん小さくなり、飛行機はやがて真っ白な雲を突き破り、広がる青空のもとへ到達した。此処からは一気に水平にアメリカを目指して羽ばたいていく。

 ニューヨーク……
 そこに俺の父はいたのか。

 銃弾にあたり下半身不随になっていると空から報告を受けた時は、さすがに動揺してしまった。ずっと俺の記憶の中の父は、背が高くスマートで、ビジネススーツをぴしっと着こなしているようなイメージだったから。

 まさか、そんな不幸に遇い、車椅子での生活を余儀なくされているなんて想像もしなかった。そしてそんな父を残してサイガヨウは日本に戻っていた。一体何故……お前は父とあんなに仲良く暮らしていたじゃないか。

 あの幼い日……俺の目に焼き付いてしまった光景が忘れられないからそう思うのか。

……
「洋、おいで」
「はい……お父さん」
……

 父は愛おしそうにお前を見つめ、お前は恥ずかしそうにその手を繋いでもらっていた。あの日こっそり見てしまった光景が、いつまでも俺を苦しめていたなんて、サイガヨウは知らないのだろう。

 そして今、この飛行機にサイガヨウも乗っている。

 空と一緒にいる姿を搭乗前に見ないで良かったのかもしれない。姿を見たわけでもないのに、こんなに心がざわついてしまっているのだから。いずれにせよ向こうに着いたら嫌でも顔を合わせることになる。それまでは空にすべてを任せよう。空がいてくれるから大丈夫だ。

 しかし、本当に俺はいつだって空に頼りきりだよな。

 今回のこんな重たい話だって……本来ならば誰にも相談できないようなことなのに、空にだけは洗いざらい打ち明けられる。

 それにあいつと海外へ行くのは本当に久しぶりだ。フランス以来なのか、大学の卒業旅行の話がさっき出て、懐かしい気分になった。

 ふっ……そうえいばあいつフランスでボーイッシュな女の子と間違えられて赤面して可愛かったな。あの時のあいつの顔を思い出すと心が和む。空は自分じゃ地味な顔って卑下しているが、穏やかで優しそうな顔をしていて、俺は空の顔を見ていると心がいつも落ち着くんだ。せっかく整った綺麗な顔をしているのにあんな眼鏡で隠して……まぁそれがいいんだけどな。

 空のことを考えていると、自然とざわついていた気持ちも和らいできた。

 少し眠れそうだ。 
 いい夢を見たい。

 窓の外に広がる青空に抱かれるような…穏やかで伸びやかな夢を……

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