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第8章
あの空の色 1
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はぁ……スーツケースに荷物を詰め込みながら、思わずため息が漏れてしまった。
明日からの出張のことを考えると、少しだけ憂鬱だ。
僕が仲立ちとなり、洋くんを連れてニューヨークへ行くことになったが、なんだってこんな厄介なことを引き受けてしまったのか。いや……そうじゃない…すべて陸のためなんだ。
洋くんとその相手の丈さんと面会した時。洋くんが『崔加』の姓から抜けるということは、陸の長年の父親に対するわだかまりが解けるきっかけになるのではないかと……だから丈さんや洋くんにいくらか信用してもらえている僕が二人の間の仲立ちになればいいと思ってしまったのだ。
僕が同行することで陸の激しい感情の波をセーブしてやりたかったし、少しでも早く洋くんには、陸を苦しめる『崔加』の姓から抜けて欲しかった。
あの日……陸は洋くんにまるで吸い込まれるようにキスをしてしまった。
陸は認めていないが、確実に洋くんに惹かれている。まさにそう感じた瞬間だった。
陸が抱く洋くんへの感情がどのようなものなのか。恋愛相手として惹かれているのか、それとも義兄弟のような上手く言葉で言い表せない憎しみと情が絡み合ったものなのか……きっとまだ陸自身も自分の感情を持て余している状態だろう。
しかし洋くんには丈さんというこれから入籍する確たる相手がいる。だから陸のこの不安定な感情の行き場は、何処にもないはずだ。これ以上陸が傷つくことがないように……陸がこれ以上洋くんに深い感情を持たないように……そんな複雑な気持ちが僕には混じっていた。
いい人ぶって仲立ちに立候補しておきながら……実は心の中は、こんなに真っ黒だ。
****
「空、悪いな。わざわざ迎えに来てくれて」
「いや、どうせ同じ便だし」
「それにしても久しぶりだな。空と一緒に海外へ行くのは」
「そうだな、よく考えたらあのフランス旅行以来じゃないか」
「あぁそうだな。懐かしいな」
本当に久しぶりだ。
大学卒業の時、二人でフランスに行って以来かな。
モデルのような陸は、パリでもそのエキゾチックな端正な容姿で人目を惹いて、僕はそんな陸が自慢だった。シャンゼリゼ通りのカフェでも陸のやつ、いろんなフランスの女性にアタックされてモテモテだったな。ワインを飲んでほろ酔い気分で肩を組んで歩いたあの大通り、見上げたエッフェル塔。
懐かしい。
いつも僕と陸は一緒だった。僕が出版社に入社したのだって、今の部署を熱く希望したのだって、僕がいつだって陸の傍にいたかったからなんだよ。
なぁ陸……そろそろ僕のこの想いに気が付いてくれないか。
僕が言わなくても、陸が気が付いて受け入れてくれたらどんなにいいだろう。
ふっ……まったく僕は狡い奴だよな。
そんな複雑な思いを胸に秘めて空港へと向かった。
「じゃあ、空、俺はスタッフの所に行くからここで」
「ん……そうだよな。お前はビジネスクラスか。いいよな」
「ははっ。まぁな大事だ躰だからな」
「だな。じゃあまた後で」
空港の出発ロビーで陸とは別れ、僕は洋くんとの待ちあわせ場所へと向かった。
僕は困ったことに洋くんのことが嫌いではないのだ。彼は何というかあんなに美しい容姿なのに、どこか苦しげで儚く重たい空気を纏っていた。その空気は、なぜか僕の心を落ち着かせてくれるものだった。
不思議だな。
陸とずっと一緒に想像していた相手が洋くんみたいな男性で……しかも洋くんには男性の恋人がいて入籍直前だとは。入籍に至るまでには、きっと数々の困難があったのだろう。
僕はずっと陸が好きなのに驚かせたくなくて、嫌われたくなくて……ずっと気が付かれないようにしてきたのに、洋くんはそれらを乗り越えて、更に進もうとしている。そんな洋くんは、僕にとって少し眩しい存在でもあった。
どんな旅になるのか。どんな結末が待っているのだろう。
期待と不安が入り乱れたままの出発となりそうだ。
「とにかく行ってみよう」
深呼吸をし気を引き締めてから、洋くんの元へと一歩踏み出した。
明日からの出張のことを考えると、少しだけ憂鬱だ。
僕が仲立ちとなり、洋くんを連れてニューヨークへ行くことになったが、なんだってこんな厄介なことを引き受けてしまったのか。いや……そうじゃない…すべて陸のためなんだ。
洋くんとその相手の丈さんと面会した時。洋くんが『崔加』の姓から抜けるということは、陸の長年の父親に対するわだかまりが解けるきっかけになるのではないかと……だから丈さんや洋くんにいくらか信用してもらえている僕が二人の間の仲立ちになればいいと思ってしまったのだ。
僕が同行することで陸の激しい感情の波をセーブしてやりたかったし、少しでも早く洋くんには、陸を苦しめる『崔加』の姓から抜けて欲しかった。
あの日……陸は洋くんにまるで吸い込まれるようにキスをしてしまった。
陸は認めていないが、確実に洋くんに惹かれている。まさにそう感じた瞬間だった。
陸が抱く洋くんへの感情がどのようなものなのか。恋愛相手として惹かれているのか、それとも義兄弟のような上手く言葉で言い表せない憎しみと情が絡み合ったものなのか……きっとまだ陸自身も自分の感情を持て余している状態だろう。
しかし洋くんには丈さんというこれから入籍する確たる相手がいる。だから陸のこの不安定な感情の行き場は、何処にもないはずだ。これ以上陸が傷つくことがないように……陸がこれ以上洋くんに深い感情を持たないように……そんな複雑な気持ちが僕には混じっていた。
いい人ぶって仲立ちに立候補しておきながら……実は心の中は、こんなに真っ黒だ。
****
「空、悪いな。わざわざ迎えに来てくれて」
「いや、どうせ同じ便だし」
「それにしても久しぶりだな。空と一緒に海外へ行くのは」
「そうだな、よく考えたらあのフランス旅行以来じゃないか」
「あぁそうだな。懐かしいな」
本当に久しぶりだ。
大学卒業の時、二人でフランスに行って以来かな。
モデルのような陸は、パリでもそのエキゾチックな端正な容姿で人目を惹いて、僕はそんな陸が自慢だった。シャンゼリゼ通りのカフェでも陸のやつ、いろんなフランスの女性にアタックされてモテモテだったな。ワインを飲んでほろ酔い気分で肩を組んで歩いたあの大通り、見上げたエッフェル塔。
懐かしい。
いつも僕と陸は一緒だった。僕が出版社に入社したのだって、今の部署を熱く希望したのだって、僕がいつだって陸の傍にいたかったからなんだよ。
なぁ陸……そろそろ僕のこの想いに気が付いてくれないか。
僕が言わなくても、陸が気が付いて受け入れてくれたらどんなにいいだろう。
ふっ……まったく僕は狡い奴だよな。
そんな複雑な思いを胸に秘めて空港へと向かった。
「じゃあ、空、俺はスタッフの所に行くからここで」
「ん……そうだよな。お前はビジネスクラスか。いいよな」
「ははっ。まぁな大事だ躰だからな」
「だな。じゃあまた後で」
空港の出発ロビーで陸とは別れ、僕は洋くんとの待ちあわせ場所へと向かった。
僕は困ったことに洋くんのことが嫌いではないのだ。彼は何というかあんなに美しい容姿なのに、どこか苦しげで儚く重たい空気を纏っていた。その空気は、なぜか僕の心を落ち着かせてくれるものだった。
不思議だな。
陸とずっと一緒に想像していた相手が洋くんみたいな男性で……しかも洋くんには男性の恋人がいて入籍直前だとは。入籍に至るまでには、きっと数々の困難があったのだろう。
僕はずっと陸が好きなのに驚かせたくなくて、嫌われたくなくて……ずっと気が付かれないようにしてきたのに、洋くんはそれらを乗り越えて、更に進もうとしている。そんな洋くんは、僕にとって少し眩しい存在でもあった。
どんな旅になるのか。どんな結末が待っているのだろう。
期待と不安が入り乱れたままの出発となりそうだ。
「とにかく行ってみよう」
深呼吸をし気を引き締めてから、洋くんの元へと一歩踏み出した。
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