重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
458 / 1,657
第7章 

解きたい 5

しおりを挟む
「わっ! 洋っごめん」

 洋が着ていた上着に派手にビールが飛び散ってしまったので、俺は慌ててハンカチを取り出して上着を拭いた。ゴシゴシっと擦るように手を動かしていると、洋は突然、真っ赤な顔で躰をプルプルと震わせた。

「あ……安志っ、へっ変なとこ触るなっ」
「えっ? 」

 叫ぶように洋に言われたので不思議に思いながらも、洋の手によって制止させられた自分の手の位置を見ると、ちょうど洋の胸の上だった。

 布越しに感じる小さな微かな突起。

 うぉ!これって……もしかして……洋のち…くび……なのかっ!

「うわっ!」

 俺の方も慌てて手を離すと、ハンカチが足元にぽとりと落ちてしまった。慌てて拾おうとしゃがむと、丈さんの低く冷たい声が上からした。

 まずい……

「……安志くんは迂闊だな」
「はっはは……ごめん。洋」
「俺……トイレに行って洗ってくる」

 洋は胸元を押さえ、きゅっと唇を噛みしめたままトイレに行ってしまった。

 洋の奴、あの位の刺激であんになるなんて……本当に丈さんに愛されているんだな。そんなことをつい考えてしまった。

「……安志くんは、余計なことは考えなくていい」
「あっはい」
「それから、私に何か言いたいことがあるんじゃないか」
「え? あっはい、すいませんっ本当に……洋を刺激しちゃって……」

 頭を下げて謝罪すると、丈さんが苦笑いしていた。

「まぁもういいよ。でも君を驚かせてしまったな。アメリカ行きのことなんだが……実は私も不安だ。空くんが一緒で撮影旅行に同行という形だが、洋のことだからまた何か変なことに巻き込まれないといいが」

「ですよね。俺も心配ですよ。一緒に行きたい位だ! あーでもその時期は日本での仕事が詰まってるしなぁ。それに陸さんという人は本当に大丈夫ですか。洋にあの時キスした奴ですよ!」

「……確かにそうだな。本当に彼があの洋のお義父さんの息子だとは」

「そうか……丈さんはアメリカで洋のお義父さんには会ったことがあるのですよね」

「あぁ一応、私も共に……和解というか、もう今後関わらないようにするような別れ方をしてきたな。今回は洋が完全に『崔加』の姓から離れるためにも、陸さんと一緒に行った方がいいとは思うのだが、どうにも不安だ。空さんにはよく頼んでおくよ。彼は信頼できそうだからな」

「そうですね……何もないといいけれども」


****

 トイレに駆け込んで、鏡に映る自分の火照った顔を見つめた。

 はぁ……まったく安志の奴は、昔からそそっかしい。よくあいつの家でジュースを飲んでいてもひとりで溢して、絨毯をびちゃびちゃにして、おばさんに叱られていたっけ。

 まだざわついている胸元を、そっと自分の手でなぞった。

 まずい……目立つかな……全く丈がいつもここをしつこい程愛撫するからいけないんだ。あんなちょっとのことで尖ってしまって、本当に恥ずかしいよ。

 安志に気づかれなかっただろうか。俺の躰がこんなに過敏になってしまっていること。後悔しているわけじゃないのに、安志に知られるのはやっぱり少し恥ずかしい。きっとお互い小さい頃からの成長を知りすぎているからだろう。そして今、安志は涼を抱いているから。

 なんだかいろんなことがごちゃ混ぜになって恥ずかしくてしかたがなかった。

 それにしてもあんなに驚くなんて……

 アメリカ行きのこと、丈も安志も心配している。
 本当にそれがひしひしと伝わってきていた。

 心配かけてしまうことは分かっているが、夏前までに義父のところへ行って、離籍の署名をもらいたかった。義父がすんなり受け入れてくれるか分からない。でも本当の息子……本当に義父が愛すべき息子とこうして出会ったのも縁なら、今こういう展開になっているのもそうなるべき道のはずだ。


 それを信じて、丈を残し、アメリカに行ってくるよ。
 きっと大丈夫。そう信じている。


 解きたいから──
 この手で絡まった糸を元通りに真っすぐに。

「行ってきます」


第7章 完






****

こんにちは、志生帆 海です。いつも読んでくださってありがとうございます。いつもありがとうございます。嬉しいです。第7章がとても長くなってしまったので、アメリカに行く前迄で一旦区切らせていただきます。さて陸さんと洋のアメリカへの旅。どうなることやら……私も不安ですが。また次の章でお会いしましょう!

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

処理中です...