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第7章
解きたい 2
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「Soilさん……今いいですか」
撮影が終わって控室に戻りメイクを落としていると、涼が控えめにノックして入って来た。何をしにきたのか、何を言わんとするのか……だいたいの予測はつく。
「あの……Soilさんは……もう僕の顔を見るのも嫌ですか」
「はっ?」
「……その……入院中に洋兄さんとSoilさんの関係を聞きました」
「そうか。あぁ……あの男からか、サイガヨウの親友だという」
「はい、安志さんからです」
「ふーん」
「あの……?」
俺の答えの返事を待ちながら不安そうな表情を浮かべる涼が可哀想になって、つい頭をポンと叩いてしまった。
そうだ涼が悪いわけじゃない。じっとその美しい顔を見て確信する。
確かに顔は似ているが、やはり俺にはもう別人だ。サイガヨウと涼を、俺は全く別の次元として捉えているのだから。
「涼は可愛い後輩だ。それとこれとは別だ。それに俺は……サイガヨウのことを……」
その先をどう答えていいのか……続ける言葉が見つからなかった。とにかくもう一度会って話をしたい。俺はそれを望んでいた。憎んでいるのか気になっているのか……自分の感情が読めずに参ってしまう。
「洋兄さんはすごく苦労していて……今やっと幸せになろうとしています。Soilさんの気持ちも分かりますが、どうか一方的に責めないで……僕にとって洋兄さんは大切な人で……それと同時にSoilさんのことも本当に憧れている大切な先輩なんです。二人が争うような姿見たくなくて……」
「分かったからもう帰れよ。病み上がりに長い撮影は疲れただろう」
何故だ。どいつもこいつも皆、寄ってたかってサイガヨウのことを守りたがる?
あいつは……ただ父の愛を奪って幸せにのうのうと生きて来た奴ではないのか。それに一体なんなんだ。あの顔、あの唇……俺としたことが彼の魅力に囚われそうになって怖くなる。これじゃサイガヨウの母に溺れた父と同類じゃないか。自嘲的な笑みが込み上げて来た。
「じゃあSoilさん、また……」
シュンとしてしまった涼を見送ると同時に、ポケットの中のスマホが鳴った。この番号は、先日空を通じて教えてもらったサイガヨウからだった。
とうとう来たか。
ゴクッと唾を呑み込んで、覚悟を決めて応答した。
****
「もしもし……あの俺……崔加洋です。陸さんですか」
「あぁやっと連絡してきたな」
「……遅くなってすいません。あのもう一度会いませんか。俺あなたに会って話したいことがあります」
「あぁそうしよう」
「それで……その……その時は、空さんも同席してもらえませんか。俺も丈を連れて行きますので」
「ふっ、二人きりで俺と会うのは怖いってわけか」
「それは……」
「いいぜ。空も連れて行く」
「じゃあ……待ち合わせ場所と日時は……」
****
「ふぅ……」
受話器を置くと肩の荷が降りたように、ほっと安堵した。ずるずると力が抜け壁を背にその場にしゃがみ込んでしまった。
俺は一体何をこんなに怖がっているのだろう。
もう一度陸さんに会うことか。それともあの義父に似た瞳に見つめられることか。
俺は母が再婚した時に、同時に養父の籍に入籍し養子縁組した。本来ならば俺には旧姓(実父の姓)と新姓(養父の姓)があるのだから、母が亡くなった時に実父の姓に戻りたいと思い一度調べたが、当時の俺にはよくその方法が分からず、そのようなことを相談できる大人も傍にいなくて……結局そのまま今の戸籍(養父の籍)のままでいたのだ。そうしているうちに義父に無理矢理躰を奪われ……もうなにも考えられない状態が長く続いていた。
丈の紹介してくれた弁護士によると俺と義父が養子縁組を解消するためには、市町村役場へ「離縁」(義父と縁を絶つ)届けをすれば良いとのことだ。ただその際、義父の署名、そして20歳以上の保証人2名の署名が必要とのことだから、俺はやはり一度アメリカにいる義父に会うことになるだろう。恐らく……その時は陸さんと共に行くことになるだろう。
それに彼と彼の母親の大切な人生は、俺と俺の母によって歪められてしまったというのも消せない事実だ。陸さんからひしひしと感じる冷たい眼差し。俺を憎んでいると感じるのは、恐らくすべてはそこからなのだろう。
どうやったらすべてが解けていくのか分からないが、まずは今の俺が出来ることからしていきたい。そう試行錯誤している時に、突然の丈から入籍の申し出……素直に嬉しかった。
悩んでいた道が開けた様な気がした。丈の家の籍にいれてもらえるなんて。丈と共に生きていく実感が途端に沸いて来た。
夕凪……洋月……ヨウのためにも俺は、この道を進む。
俺が幸せになれば、きっと過去の君たちもきっと幸せになる。
そのことを何度も何度も心の中で復唱した。
俺を信じて欲しい。
俺も自分を信じて前進するから。
気を取り直して立ち上がり、俺を待つ丈の部屋へと向かった。
「洋……ちゃんと電話出来たのか」
「うん……陸さんたちと会う日が決まったよ。丈、一緒に来てくれ。俺と一緒にいて欲しい」
駆け寄って彼の胸に顔を埋め、そう願い出た。
撮影が終わって控室に戻りメイクを落としていると、涼が控えめにノックして入って来た。何をしにきたのか、何を言わんとするのか……だいたいの予測はつく。
「あの……Soilさんは……もう僕の顔を見るのも嫌ですか」
「はっ?」
「……その……入院中に洋兄さんとSoilさんの関係を聞きました」
「そうか。あぁ……あの男からか、サイガヨウの親友だという」
「はい、安志さんからです」
「ふーん」
「あの……?」
俺の答えの返事を待ちながら不安そうな表情を浮かべる涼が可哀想になって、つい頭をポンと叩いてしまった。
そうだ涼が悪いわけじゃない。じっとその美しい顔を見て確信する。
確かに顔は似ているが、やはり俺にはもう別人だ。サイガヨウと涼を、俺は全く別の次元として捉えているのだから。
「涼は可愛い後輩だ。それとこれとは別だ。それに俺は……サイガヨウのことを……」
その先をどう答えていいのか……続ける言葉が見つからなかった。とにかくもう一度会って話をしたい。俺はそれを望んでいた。憎んでいるのか気になっているのか……自分の感情が読めずに参ってしまう。
「洋兄さんはすごく苦労していて……今やっと幸せになろうとしています。Soilさんの気持ちも分かりますが、どうか一方的に責めないで……僕にとって洋兄さんは大切な人で……それと同時にSoilさんのことも本当に憧れている大切な先輩なんです。二人が争うような姿見たくなくて……」
「分かったからもう帰れよ。病み上がりに長い撮影は疲れただろう」
何故だ。どいつもこいつも皆、寄ってたかってサイガヨウのことを守りたがる?
あいつは……ただ父の愛を奪って幸せにのうのうと生きて来た奴ではないのか。それに一体なんなんだ。あの顔、あの唇……俺としたことが彼の魅力に囚われそうになって怖くなる。これじゃサイガヨウの母に溺れた父と同類じゃないか。自嘲的な笑みが込み上げて来た。
「じゃあSoilさん、また……」
シュンとしてしまった涼を見送ると同時に、ポケットの中のスマホが鳴った。この番号は、先日空を通じて教えてもらったサイガヨウからだった。
とうとう来たか。
ゴクッと唾を呑み込んで、覚悟を決めて応答した。
****
「もしもし……あの俺……崔加洋です。陸さんですか」
「あぁやっと連絡してきたな」
「……遅くなってすいません。あのもう一度会いませんか。俺あなたに会って話したいことがあります」
「あぁそうしよう」
「それで……その……その時は、空さんも同席してもらえませんか。俺も丈を連れて行きますので」
「ふっ、二人きりで俺と会うのは怖いってわけか」
「それは……」
「いいぜ。空も連れて行く」
「じゃあ……待ち合わせ場所と日時は……」
****
「ふぅ……」
受話器を置くと肩の荷が降りたように、ほっと安堵した。ずるずると力が抜け壁を背にその場にしゃがみ込んでしまった。
俺は一体何をこんなに怖がっているのだろう。
もう一度陸さんに会うことか。それともあの義父に似た瞳に見つめられることか。
俺は母が再婚した時に、同時に養父の籍に入籍し養子縁組した。本来ならば俺には旧姓(実父の姓)と新姓(養父の姓)があるのだから、母が亡くなった時に実父の姓に戻りたいと思い一度調べたが、当時の俺にはよくその方法が分からず、そのようなことを相談できる大人も傍にいなくて……結局そのまま今の戸籍(養父の籍)のままでいたのだ。そうしているうちに義父に無理矢理躰を奪われ……もうなにも考えられない状態が長く続いていた。
丈の紹介してくれた弁護士によると俺と義父が養子縁組を解消するためには、市町村役場へ「離縁」(義父と縁を絶つ)届けをすれば良いとのことだ。ただその際、義父の署名、そして20歳以上の保証人2名の署名が必要とのことだから、俺はやはり一度アメリカにいる義父に会うことになるだろう。恐らく……その時は陸さんと共に行くことになるだろう。
それに彼と彼の母親の大切な人生は、俺と俺の母によって歪められてしまったというのも消せない事実だ。陸さんからひしひしと感じる冷たい眼差し。俺を憎んでいると感じるのは、恐らくすべてはそこからなのだろう。
どうやったらすべてが解けていくのか分からないが、まずは今の俺が出来ることからしていきたい。そう試行錯誤している時に、突然の丈から入籍の申し出……素直に嬉しかった。
悩んでいた道が開けた様な気がした。丈の家の籍にいれてもらえるなんて。丈と共に生きていく実感が途端に沸いて来た。
夕凪……洋月……ヨウのためにも俺は、この道を進む。
俺が幸せになれば、きっと過去の君たちもきっと幸せになる。
そのことを何度も何度も心の中で復唱した。
俺を信じて欲しい。
俺も自分を信じて前進するから。
気を取り直して立ち上がり、俺を待つ丈の部屋へと向かった。
「洋……ちゃんと電話出来たのか」
「うん……陸さんたちと会う日が決まったよ。丈、一緒に来てくれ。俺と一緒にいて欲しい」
駆け寄って彼の胸に顔を埋め、そう願い出た。
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